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『楽しみにしてるね、ロー。』
ローたちが病院に着いたのとほぼ同時に、救急車が慌ただしく病院に向かって走ってきた。
そのスピードが、ローにはやけに遅く感じる。
『人違いかもしれない。』
『きっと、***の携帯電話がたまたまそこに落ちていただけだ。』
ここに向かうまでのあいだ、シャチが自分に言い聞かせるように呟いていた言葉だ。
そんなこと、あるわけがない。
携帯電話の持ち主が刺されたと考えるのが自然だ。
いつものローなら、そう答えていたに違いなかった。
しかし、シャチのその言葉を聞いたローは、
『そうかもしれない。』
『その可能性がないとはいえない。』
そんな、らしからぬことを考えた。
そう考えてはみても、まとわりつくような嫌な胸騒ぎがローから離れることはない。
救急車が停車して、中から慌ただしくストレッチャーが押し出される。
そこにいたのは…
「***…」
だれもが、言葉を失った。
いつも赤みのさしている頬や唇は、まるでおしろいを塗ったように真っ白い。
黒く変色した赤が、***の上半身を汚している。
それはまるで、***に似せてつくった人形のようだった。
「***………***っ…!!」
真っ先に反応したのはシャチだった。
泣き叫ぶように***の名を呼びながら***の身体にすがる。
「なんでっ…!!なんでおまえがっ…!!こんな目にっ…!!」
「シャチっ…!!落ち着けっ…!!出血がひどいんだっ…!!あまり***の身体を揺らすなっ…!!」
ペンギンがシャチの身体を抑えながらそう叫んだ。
その手が、大きく震えている。
「刺し傷は一箇所ですが、傷口が深く、出血が止まりません…!!」
そう報告する救急隊の言葉に、ダリアはハッと我にかえった。
自分は、医者なのだ。
すぐにオペをしなければ。
「トラファルガー先生っ…!!すぐにオペの用意をっ…!!…………………トラファルガー………先生…?」
ダリアは、自分の目を疑った。
ローが、
放心している。
瞬きもせず、***から目をそらさずに、
ただただ、そこに突っ立っている。
いつもの、隙のないローはそこにはいない。
あきらかな動揺が、手にとるように伝わった。
「…………………。」
ローがおもむろに手を伸ばす。
まるで、スローモーションのように、ゆっくりと。
その行く先は、***の頬だった。
ローはおそるおそるといったように、少しだけ***の頬に触れる。
ヒヤリと冷たい感触が、ローの手に伝わった。
『楽しみにしてるね、ロー。』
「…!!」
ローは突然、***の身体にとりつけられた器具をすべて外すと、***を抱き上げた。
「ちょっ…!!ちょっとっ…!!」
「トラファルガー先生っ…!?ダメよっ…!!」
救急隊員とダリアの制止も聞かず、ローは院内へ走っていった。
「キャプテンっ…!!***をっ…!!***を助けてくださいっ…!!」
シャチが泣き崩れながら、ローの背中にそう叫ぶ。
院内へ入ると、全員の視線がローへ向いた。
「どけっ!!」
ローは叫びながら廊下を全速力で走った。
そんなローの様子を、皆があっけにとられて見ている。
当然のことだった。
どんなときでも冷静沈着。
己を見失ったりすることなどない人間が、
取り乱している。
「急患だっ!!どけっ!!」
その勢いに圧されて、皆が考えるより早く道を譲る。
オペ室はどこが空いてる。
血液のストックはあるのか。
急患が続いていた。
もし、
もし、切れていたら、
***は、
「ふざけんじゃねェっ…!!」
『楽しみにしてるね、ロー。』
「ベポんとこっ…行くんだろうがっ…!!」
約束しただろ、***。
おれと、おまえは、
ずっと、
『ずっと一緒にいようね、ロー。』
***…
おれを、独りにするな。[ 22/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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