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『もしもしっ、***か?おれおれ!』

「シャチくん!どうしたの?」


そう言いながら時計を見ると、針は8時をさしていた。


『今日キャプテンから連絡きてよ!これから皆で呑むんだよ!ほら!キャプテンの病院近くのあの店!』

「そうなんだ…」


夕方の、ローとの会話を思い出す。


だから『病院こい』って言ってたのか。


『おまえもこいよ!ペンギンやダリアもくるからよ!』

「あ…ごめんね、シャチくん…行きたいのは山々なんだけど、」


これから片付けなければならないことをすべて頭に思い浮かべると、私は小さく溜め息をついた。


「私はむずかしいかな…」

『あァ?なんでだよ。』

「まだ仕事が終わらなくて…」

『おまえまだ仕事してんのか?あいかわらず仕事遅ェな!』

「う、………ローとおなじこと言わないで…」

『しょうがねェな!じゃあこられそうだったら連絡しろよ!』

「うん、わかった!誘ってくれてありがとう、シャチくん。」

『おう!じゃあな!』


シャチくんの爽やかなその声を最後に、耳には終話を知らせる音が届く。


「はぁ…」


行きたかったな…


でも今日は仕方がない。


思ったように進まなかったし…


携帯電話の発信履歴を表示する。


17:06 ロー


……………よくやった。


発信ボタンを押した自分の勇気を褒め称えたい。


このこと考えてたら電話するまで緊張しちゃって…


まったく仕事が手につかなかった。


ダメだな、もう。


ちゃんとやろう。


頬をペチンと叩いて、私はまた仕事にとりかかった。


―…‥


「やっと終わったー…」


伸びをしながら時計を見ると、もう10時を回っている。


……………帰ろう。


寄りたいところもあるし。


私はデスクを簡単に片付けると、会社をあとにした。


―…‥


「あっ!あった!」


うれしさのあまり声に出てしまったため、周りのひとたちにジロジロと見られてしまった。


……………は、恥ずかしい…


それを持ってそそくさとレジへ向かう。


売り切れ続出の本だってテレビでやってたからちょっと諦めてたんだけど…


あってよかった。


会計を済ませて外へ出た。


おなか空いたなー…


時計を見ると、10時半を少し過ぎた頃だった。


どうしようかな。


行けなくもないけど…


今日はちょっと疲れちゃったな。


シャチくんには悪いけど、今日はまっすぐ帰ろう。


あとでシャチくんにはメールをして…


…………………あ。


カツ丼食べたい。


カツ丼買って帰ろう。


そんなことを考えながら空を見上げると、夜空には星がたくさん散らばっていた。


「晴れるかなー…日曜日…」


晴れるといいな。


晴れてたら、ベポと一緒にお昼寝するローが見られる。


それを想像して、思わずカオがにやけてしまった。


バッグにいれた本を見る。


よろこんでくれるかな、ロー。


よろこんでくれるといいな。


久しぶりだな、ローと白くま園。


それに、朝からローとお出掛けするのも久しぶりだ。


歩く足どりが、どこか浮かれている。


楽しみだなー…


日曜、










ドンっ…!!










「あっ!!すっ、すみませんっ…!!」


あわてて後ろを振り向くと、ぶつかったであろう男性はそのままスタスタと歩いていってしまった。


……………いけないいけない。


考えごとしてたらつい。


ちゃんとまえ見て歩かなきゃ。


ローにもぼぉっとするなって言われてた。


そんなことを考えながら、再び歩き出そうとしたときだった。










足が、動かない。










なんでだろう。


そう思って、ふいっと右足を見ると…


右脇腹あたりが、赤くなっている。


さっきぶつかったときだろうか。


そう思いながらそこにふれると、


生暖かいものが手につく。


ゆっくり手を見ると、


手も、赤くなった。


それを見た瞬間、身体全体から、力が抜けた。


立っているのが、ツライ。


呼吸が苦しくて、まるで長距離を走ったあとのように息が切れている。


私は、道路に倒れこんでしまった。


かすむ視界に、


ひとの影が見える。


なんとかカオを動かして、そのひとを見上げた。


さっき、ぶつかった男性だ。


その手には、


鈍く光るものが握られている。


そこからポタポタと、水滴が落ちていた。










『通り魔殺人鬼がまた現れました。』










もしかして…


このひと…


そう思ったのと同時に、私は身体をズルズルと引きずった。


……………逃げなきゃ。


殺されちゃう。


そう思って必死に身体を動かしているつもりなのに、思ったとおりに身体が動いてくれない。


そのなんとも言えない歯がゆさに、私はジワリと涙を浮かべた。


いやだ。


死にたくない。


だって、


日曜日は、ローと出掛けるんだもん。


約束したもん、ローと。


落ちたバッグの中から、さっき買った本がとびだしている。


それに向かって手を伸ばした。


もう……………少し…


そのとき、乱暴に身体を仰向けにされた。


男が馬乗りになって、笑いながら私を見下ろしている。


そのまま、


その男はゆっくりと両腕を振り上げた。










『***。』










ねぇ、ロー。


日曜日、晴れるといいね。


お弁当、頑張っておいしくつくるよ。










目を閉じると、










まぶたの裏で、ローが穏やかに笑っている。










ロー…










助けて。


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