20
「ぶっちゃけ、キャプテンとダリアってなんなんですか?」
酒を呑み交わしている最中、突然シャチがそんなことを口にした。
「どうしたのよ、シャチ。突然そんなこと聞くなんて…」
「だってよ、ヤることはヤってるワケだろ?」
「シャチ、女性にそんなこと聞くもんじゃないぞ。」
「ふふっ…いいのよ、ペンギン。」
困ったように眉を上げて、ダリアは笑った。
「…別にいいだろ、なんでも。」
ローが興味なさげにそう答える。
「トラファルガー先生の言うとおりよ、シャチ。関係なんて、なんでもいいの。」
ローとダリアのその答えに、シャチは首をかしげた。
「ダリアはキャプテンの恋人になりたくないのか?」
「そんなことないわ。なれるならなりたいと思ってる。」
そう答えてからローを見ると、ローはふいっとカオをそらした。
「ふふっ…こういうひとだもの。『恋人』という存在に縛られるのが好きなひとではないでしょう?」
「それはそうだけどよー…」
「シャチ、」
そう呼び掛けて、ダリアは上目遣いでシャチを見た。
その、ごく自然になされた仕草に、シャチはカオを赤くする。
「うわべの関係がどういうものかなんて、私にとってはどうでもいいの。もっと大切なことが他にあるわ。」
「…じゃあなにが大切なんだ?」
「要するに、心のつながりが大切………そういうことだろう、ダリア。」
シャチのその問い掛けに、ダリアではなくペンギンが答えた。
「ふふっ…さすがペンギンね!」
「ふーん…おまえらむずかしいこと言うんだな。」
どうやらますますわからなくなったらしく、シャチは諦めたように酒を流しこむ。
「あら、シャチは恋をしたことがないの?」
「んなワケねェだろ!あるよ!おれだって恋くらい!」
「じゃあ私のキモチ、わかるはずよ?」
「いーやっ!わかんねェっ!おれは好きな女がいたら、コイツはおれのもんだって言いふらしてェっ!」
シャチはそう反論して、大きく胸を張った。
「ふふっ…まっすぐでとても素敵!シャチらしいわ!」
「そっ、…そうか?」
ダリアが綺麗にそう笑うと、シャチはてれたように頬をかいた。
「シャチはどういう女の子がタイプなの?」
「おれはなー、カオがすっげェ綺麗でー、目が大きくてー、足も長くてー、胸が大きくてー…」
「あきれたわ、ぜんぶ見た目じゃない。」
「だからおまえは女にすぐだまされるんだよ。」
「そんなはっきり言わないでくださいよぉ、キャプテン…」
「ふふっ…ところで、ペンギンはどうなの?」
突然、白羽の矢が自分に立てられて、ペンギンは目をまるくした。
「おれ?」
「えぇ、ジェントルマンなペンギンがどんな女の子に惹かれるのか…とても興味深いわ!」
「そういやおまえもテキトーに遊んでるけど、恋人ってなると、いままでいたことねェよな?」
「あら、そうなの?ならますます知りたい!よかったら私のお友だち紹介するわよ!」
「いや…おれは…」
ダリアとシャチに問い詰められたペンギンは、チラリとローを見た。
その視線を感じたローは、眉を寄せる。
「おれは……………素直でかわいらしい……………一途な女性が好きだ。」
ペンギンは、ローから目をそらさずにそう言った。
ペンギンのその意味ありげな行為に、ローは口の端を上げる。
「…ずいぶんはっきりとした理想じゃねェか、ペンギン。………だれか心当たりがいんのかよ。」
「…そんなのいませんよ、キャプテン。」
「言っておくが***は素直じゃねェし、かわいくもねェ。」
「だれも***だなんて言ってません。…それに…***は素直でかわいいです。」
「…あァ?」
「はーい!ストップストップ!やめなさいよ、あなたたち!」
突如始まったその冷ややかな言い合いに、ダリアは声を張り上げて終止符をうつ。
「ほんとにトラファルガー先生ったら…***ちゃんのことになるといつもこうなんだから…」
「………うるせェ。」
ローは苛立ちをわざと表すように、手にしていたグラスを乱暴にテーブルへ置いた。
「それで思い出した。ダリア、おれ日曜はいねェからな。」
「えぇ?そうなの?1日ずっと?」
「いや、午前中だけだ。午後には戻る。」
「そう…」
そのローの一言に、ダリアは不安そうな表情を浮かべた。
「あァ、例の通り魔ですか…」
そのダリアの表情を読みとって、ペンギンが言う。
「あァ…最近は重体がほとんどだからな…うちの病院にぜんぶ回ってくる。」
「ふざけた野郎がいるよな、ほんと…」
シャチがめずらしく真面目なカオをして、ポツリと呟いた。
「不安だわ…トラファルガー先生がいないなんて…」
「…だから午前中だけにしてやったんだ。ありがたく思え。」
「え?」
そのローのことばに、ダリアは目をまるくした。
「いまんとこ急患が運ばれてくるのは夕方から夜にかけてだけだ。」
「……………あ、そう言われてみればそうだわ!」
「恐らくその時間帯しか行動できねェんだろ…その鬼畜野郎は。」
ローは苦々しく口にして、テーブルの上のグラスを手にした。
「愛っすねェ!キャプテン!」
「あァ?」
突然感激したようにそう口にしたシャチに、ローは眉を寄せた。
「ダリアへの愛を感じますっ!これが心のつながりか…」
「…馬鹿なのかおまえは。」
「ありがとう、トラファルガー先生…」
「…だから、」
「よかったな、ダリア!思いが伝わって!」
「えぇ!ありがとう、シャチ!」
「……………もういい。めんどくせェ。」
はしゃぐ二人に冷ややかな視線を流して、ローは諦めたように大きく溜め息をついた。
「なにか大切な用でもあるんですか?そんなたてこんでいるときにわざわざ休みをとるなんて…」
ペンギンがローに問い掛けると、ローは勝ち誇ったように口の端を上げた。
「ベポんとこに行くんだよ。……………***と、な。」
「……………へェ…それはそれは…」
「ベっ…ベポんとこ行くんすか!そういや最近会ってねェな!おい!おれたちも行こうぜ、ペンギン!」
また冷ややかな視線が絡まったことを感じとったシャチは、少しオーバーめに声を張り上げる。
「…勝手に行けよ。おれは***と行く。」
「そんなこと言わずにおれたちもまぜてくださいよぉ!キャプテン!」
「ねぇ、ベポってだれのことなの?そんなひといたかしら?」
聞きなれないその名に、ダリアは首をかしげた。
「白くまだ。ハートの白くま園というところがあってな。」
ペンギンがそう答えると、ダリアは驚きの表情を見せた。
「えぇ?トラファルガー先生が白くまに会いに行くの?」
「うるせェな、悪ィか。」
「ふふっ…いいえ?やっぱりあなたって不思議だわ!」
そう答えて、ダリアはとても楽しそうに笑った。
「つぎは私を連れていって?」
「……………まァ、気が向いたらな。」
「ふふっ…楽しみにしてる!」
「そういえばキャプテン…今日***はこないんですか?」
二人の会話を割って、ペンギンがローにそう問い掛けた。
「…あァ、アイツは…」
…………………そういえば、
アイツ、ちゃんと帰っただろうな…
ローは携帯電話に表示された時刻に視線を落とした。
すでに夜の11時を回っている。
……………一応、確認しとくか。
ローが携帯電話を手に、席を立とうとした時だった。
テーブルに置いた、シャチの携帯電話が震える。
「おっ!うわさをすれば!キャプテン!***っす!」
「あァ?……………なんでおまえに掛かってくんだよ。」
「しっ、知りませんよそんなことっ!」
シャチが、しまった、というカオをしてあわてて首を振る。
「……………くんなって言っておけ。」
「もう、どうしてそんな意地悪言うのよ。私、***ちゃんに会いたいわ。」
「そうじゃない、ダリア。」
ペンギンはそう否定すると、ローを見た。
「『夜遅くて危険だからまっすぐ帰れ』……………そういう意味だ。」
「…ふふっ…なるほどね!やっぱり素直じゃないひと!」
「うるせェんだよおまえらはいちいち…」
「じゃ、じゃあそう伝えますね!……………もしもしっ!***か?………あァ?………なんだよ、聞こえねェ!」
店内の音に邪魔されて、***の声が聞きとれなかったらしいシャチは店の外へと走っていった。
「…………………。」
あの馬鹿…
なんでおれじゃねェ。
「…大方、最後に話したのがシャチだったんじゃないですか?」
ローの表情を読みとって、ペンギンがローに言った。
「そういう問題じゃねェ。」
「もう…***ちゃんも苦労するわね、こんな幼なじみをもって…」
「馬鹿か。苦労してんのはおれのほうだ。」
「またそんなこと言って……………あら、シャチ!」
ダリアの視線を追うと、いつのまにかシャチが戻ってきていた。
「***ちゃん、なんて…………………シャチ…?」
なぜか、シャチはただそこに突っ立ったまま、なにも言わない。
携帯電話を持つ手がダラリと力なく落ちて、薄暗い店内でもわかるくらいにカオが蒼ざめている。
「…おい、シャチ。」
「どうしたんだ?具合でも悪いか?」
ただならぬシャチのその様子にローとペンギンが眉を寄せる。
「……………最後の……………通話記録が……………おれだったからって……………おれに電話が…」
シャチが、ポツリポツリと、なぜか怯えたように言葉を紡ぐ。
「やだわ、シャチ。震えてるの?もう…トラファルガー先生が怒ったりするからよ。ところで***ちゃん、なんて」
「…***じゃない。」
「…………………え?」
意味がわからず、ダリアは困ったように眉を寄せてローを見た。
「……………おい………電話、だれからだ。」
嫌な胸騒ぎが、ローを襲った。
「っ…!!………………警察ですっ…!!」
ガタガタと、大きく震えながら、シャチは泣き叫ぶように言った。
「……………***がっ…!!
通り魔に刺されてっ…!!……………意識不明の重体だってっ…!!」[ 20/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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