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「ごめんなさい…!!」


待ち合わせした店に着くなり、ダリアさんは突然、そう詫びて頭を下げた。


「え、えっ、ええっ?ダっ、ダリアさん?どうし、」

「私、知らなかったの…!!***ちゃんがトラファルガー先生を好きだったなんて、ほんとに…!!」

「わーわーわー…!!とっ、とりあえず座りましょう!ねっ?」


土下座でもしそうな勢いのダリアさんをなんとか宥めながら、私はダリアさんの手を引いて一緒に席についた。


「あははっ、あー、ビックリした。あの、…ローに聞いたんですか?」

「…………………。」


そう問うと、ダリアさんはゆっくり首を横に振った。


「ここ最近、トラファルガー先生の様子がおかしかったから…ペンギンに何かあったのかって聞いたの。」

「ペ、ペンギンさんに?」

「ええ、…それでペンギンが、トラファルガー先生に連絡を取ってくれて…」

「そうだったんですね…」


っていうことは…


ペンギンさんは、私がローにフラれたことを知ってるのか…


お、おお、なんか恥ずかし、


「***ちゃんの気持ちも知らずに、私ったら今までとても無神経なことを…」

「え、あ、いえいえ…!そんなことないんですよ、」

「***ちゃんの気持ち考えたら、っ、私…」

「ダ、ダリアさん…」


とうとう、ダリアさんの大きな瞳からは宝石のような涙が溢れてしまった。


「……………謝らなきゃいけないのは、私のほうなんです。」

「え…?」


そう言うと、ダリアさんは涙目のまま私を見上げた。


「私は、…ダリアさんが、ローと真剣に向き合ってくれているときに、嘘をついてローのとなりにのうのうといたんですから。」

「そんな…そんなこと…」

「ズルいんです。ダリアさんの気持ちもローの気持ちも知っていて、それでも私は…」

「***ちゃん…」


これ以上ダリアさんの哀しそうなカオを見るのが辛くて、私はわざとらしいくらいに明るい声を出した。


「あははっ、じつは失恋初体験なんです、私!恥ずかしいですよね、こんな歳して!」

「…………………。」

「初恋がローなんで、…あ、そう考えるとちょっと気持ち悪いかも…」

「…………………。」

「でっ、でも、こう見えても結構元気なんですよ?今日なんてお昼に150グラムのステーキを、」

「そんなことないわ。」

「え?」


キッパリとそう言い切ると、ダリアさんはまっすぐな目で私を見た。


「恥ずかしくも、気持ち悪くもないわ。」

「…………………。」

「一人の人をそんなふうに一途に想えるなんて、とても素敵なことだわ…」

「…………………。」

「***ちゃんは、……………とっても芯の強い子だわ…」


しだいに声を小さくしながら、ダリアさんはその長いまつげを伏せた。


「私は、強くなんて…」

「…………………。」

「いつも、ローや、みんなに支えられないと、立っていられなくて…」

「…………………。」

「だから、…ローを失うのが怖くて、…嘘ついて、」

「…………………。」

「私が、……………私が弱いから、っ、ローは…」


ローのカオを思い浮かべたら、今まで必死に我慢していたのに、涙が溢れてしまった。


「…トラファルガー先生が、なぜフランスに行くかを…?」

「……………自分にしかできないことをしに行く、とだけ…」

「ええ、そうよ。…トラファルガー先生は、たとえどんなことがあっても、成し遂げるまでは決して帰らないわ。」

「わかってます、…だって、っ、ダリアさんも一緒だし…」


つい卑屈なことを口にしてしまって、すぐに訂正しようと思ったけど、それを遮ってダリアさんは否定した。


「それは違うわ、***ちゃん。」

「え…?」

「それは、全然違うのよ。」


そう言うと、ダリアさんはバッグの中から一枚の写真を取り出した。


「これは…?」

「中心に男の子がいるでしょう?詳しくは言えないけど、その子はとても重い病気にかかっているの。」

「この子が…?」


それは、病室のようなところで撮られている外国の家族写真だった。


中心にいる男の子は、かわいいパジャマを着て笑顔でベッドに横たわりながらピースしている。


「もしかして、この子を…?」


そう聞くと、ダリアさんはにっこり笑って大きく頷いた。


「トラファルガー先生が治すのよ。」

「…………………。」


再び、写真の中の男の子を見つめた。


「そうですか…」

「…………………。」

「よかった…」


あどけない笑顔に向かって、そう呟いた。


ローに治せない病気なんてない。


この子は、生きられるんだ。


そう思ったら、自然と口をついてそんな言葉が出てきた。


「トラファルガー先生にこの話を持ちかけたあと、二人でフランスまでこの子に会いに行ったの。」

「そうなんですか?」

「ええ、…トラファルガー先生、迷っていたから。」

「迷ってた?ローが?」


てっきり即決したんだと思ってたのに…


「だから、この子やあっちの主治医に会って、ほんとに自分にしかできないことなのか、見極めたいって言われたの。」

「そうだったんですか…」

「そこでね、…ある女の子に出会ったの。」

「お、女の子、ですか…?」

「ええ、…この子よ。」


そう言って、ダリアさんは写真の端に写っている女の子を指さした。


歳は、患者の男の子と同じくらいに見えた。


みんなが笑顔で写っているなか、この子一人だけなぜか泣きっ面だ。


「その子ね、男の子と小さい頃からずっと一緒にいた近所の子なんですって。」

「それって、つまり…」


ローと私と同じ。


幼なじみだ。


「トラファルガー先生って見た目怖いでしょう?はじめは、あちらの主治医やご家族の方も話しかけるのをためらっていてね。」

「あはは、でしょうね。」

「そんななかで、この女の子だけは会ってすぐにトラファルガー先生に話しかけたの。」

「す、すごい勇気ですね。なんて声をかけたんですか?」

「…………………。」


そう尋ねると、ダリアさんはその光景を思い出すかのように遠くを見つめた。


「…『私の大切な友だちを、どうか助けてください』って。」

「…………………。」

「何回も何回も、…小さな手で、トラファルガー先生の服を力強く握りながら。」

「そうですか…」


その女の子の気持ちが手にとるようにわかって、心が痛かった。


私だって、もしローが死んでしまうかもしれないと知ったら。


ローが助かるなら、私はきっと、悪魔にだって土下座する。


「きっとローは、その子の涙を見て決意したんでしょうね。」

「たしかにそうなんでしょうけど、トラファルガー先生の場合、少し違ったわ。」

「?どういうことですか?」


ダリアさんのその言葉の意味がわからず、私は目を丸くした。


「あの子に会ったあと、トラファルガー先生ったらなんて言ったと思う?」

「え?」


ダリアさんは、その時のことを思い描いているんだろう。


目を瞑りながら言った。


「…『あの子どもが泣いてるとき、










『あのガキが泣いてるとき、











なんだか、***が泣いてるみてェにみえた。』











「それからすぐよ。トラファルガー先生がフランス行きを決めたのは。」

「…………………。」

「ふふっ、変よね。患者さんより、その幼なじみに感情移入しちゃうなんて。」


困ったように笑うダリアさんのカオが、歪んで見えなくなっていく。


ぱたぱたぱた、と、涙が握った拳の上に音をたてておちた。


「ほんとに、っ、変な人ですね…」


なんて、どうしようもない人なんだろう。


重病な患者さんより、


綺麗な恋人より、


自分より、だれより、


泣いている幼なじみに、弱いなんて。


なんて、どうしようもなくて、


なんて、愛しい人なんだろう。


「ほんとはね、トラファルガー先生は***ちゃんも連れていくつもりだったの。」

「え…?」

「でも、自分もきっと患者さんにかかりっきりになってしまうし、フランスにはペンギンやシャチのように信用できる仲間もいない。」

「…………………。」

「知らない土地で、言葉も通じないのに、そんなところで***ちゃんを一秒でも一人きりにしたくないって。」

「っ、」

「だから、悩んだあげく、***ちゃんと離れることを選んだの。」

「……………ははっ…」


私は、ローの何をみていたんだろう。


いつだって、ローは、


私のことを、あんなに大切にしてくれていたのに。


「ねェ、***ちゃん。たしかに***ちゃんは、みんなに支えられて立っていると思うわ。」

「…………………。」

「でも、それが弱いことだとは、私は思わない。」


ハンカチを私の頬に優しくあてながら、ダリアさんは言った。


「どんなにたくさんの人に支えられていても、そこから歩きだしているのは他のだれでもない。***ちゃん自身よ。」

「…………………。」

「そんな***ちゃんだから、きっとトラファルガー先生もみんなも、支えたくなるんだと思うの。」

「ダリアさん…」


そう言って微笑んでくれたダリアさんは、今までで一番、優しいカオをしてた。


「私ほんとは、……………ダリアさんがうらやましかった。」

「…………………。」

「ダリアさんみたいになりたいって、っ、……………ずっとずっと、思ってたんです…」

「***ちゃん…」


ほんとに、よかった。


「ローの選んだ人がダリアさんで、ほんとによかった…」


素直な気持ちだった。


ふっきれたわけでも、ローへの気持ちがなくなったわけでもないけど。


それでも私は、心からそう思えた。


「ローは、っ、何かに集中すると食べない癖があるので、っ、その時は、おにぎり目の前に置いてもらえればちゃんと食べます…」

「…お米、持っていくわ。」

「あと、4日続けて眠らない時は、っ、気をつけてください、っ、車に轢かれかけたことが何回かあります…」

「…ぶん殴ってでも眠らせるわ。」

「っ、それから、」


ローのことを、ひとつひとつ、記憶を辿るように思い出していた。


好きなところも、困るところも、


たくさんありすぎて、


すべてを伝えるには、私たちはずいぶん長い時を一緒に過ごした。


「ローのこと、…どうかよろしくお願いします…」


最後にそう告げて頭を下げると、ダリアさんはまたカオを歪めた。


賑やかな店内で、私たちは二人でただただ、泣いた。


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