17

「こ、こんばんはー…」


外からでもわかるほど、中が尋常じゃないくらいにぎわっているのがわかった。


お店のドアをあけると、案の定すごい数のひと、ひと、ひと…


思わずたじろいでしまった。


「おぅっ、***っ!!」


聞きなれたその声に、ほっと息をついた。


「シャチくん!」

「おまえおっせェよ!」

「ご、ごめんね、迷っちゃって…」

「またかよっ!相変わらず鈍くせェなっ!」


そう笑ってポンポンと頭を叩く。


とてもご機嫌だ。


「今日は楽しんでけよなっ!」

「うん、ありがとう!」


そう言ってシャチくんは店の奥へと消えていった。


「おっ!***じゃねェか!久しぶりだな!」

「あっ、お久しぶりです!こんばんは…」

「はははっ…!相変わらず固い女だな!」


そう豪快に笑って私の肩を叩く。


「おいおいやめておけ、***ちゃんに手を出すのは。キャプテンに殺されるぞ。…久しぶり、***ちゃん。」

「お久しぶりです!お元気そうで…」


店の中を歩いていくと、たくさんのひとが話し掛けてくれた。


ローのお友達は皆強面で見た目は怖いけど、やさしくていいひとたちばかりだ。


年を重ねる毎に、パーティーに参加する人数が増えている。


ローの人徳のなせる技だろう。


そう思うと、胸がホワリと暖かくなる。


「***。」


そんなことを考えていたら、落ち着いた低めの声に呼ばれた。


「ペンギンさん!」

「久しぶりだな、***。」


そう言ってフワリと私の頭をなでる。


なんでペンギンさんといるとこんなに落ち着くんだろう。


やっぱりお兄ちゃんみたいだ。


「ピアスの件は悪かったな。キャプテンに怒られただろう。」

「いっ、いえっ…!そんなっ…!謝らないでくださいっ…!ほんとにうれしかったのでっ…!」


あわててそう叫ぶように言うと、ペンギンさんは少し目をまるくして、ふっと笑った。


「それに………じ、じつは…」

「?」

「……………ローに会わない日はこっそり着けてます。」


こそこそと周りを見回しながらペンギンさんに耳打ちをすると、ペンギンさんはとても柔らかく笑った。


「かわいいな、おまえは。」

「……………へ、」


サっ、サラリとなんてことをっ…!


モテる男はやっぱり違う…


「そ、そういえば、ローは…」


なんだか恥ずかしくなってごまかすようにそう問い掛けた。


「あァ、もう少しでくるはずだが」


ペンギンさんがそう答えたところで、シャチくんがパンパンっと手を叩いた。


「いまからキャプテンがくるぞーっ!!野郎ども!!用意しろっ!!」


おぉぉぉっ!!と猛々しく雄叫びが地面を揺らす。


ペンギンさんに渡されたクラッカーを手に、息をひそめてその瞬間をまった。


数分後、男女の声がしたかと思うと…


ドアがギィっと動いた。










「キャプテーンっ!!ハッピーバースデーっ!!」










数百名の男性のその叫び声と、パンパンっ!!と、ところどころでクラッカーが鳴った。


ローはドアのまえに立ったまま、目を丸くしている。


その後ろには…


ほのかにドレスアップをした、いつもより美しいダリアさんの姿があった…


「………あァ、そういえば今日だったな。」


そのローの一言に、全員がドッと笑い出す。


「キャプテンっ!!相変わらずだなっ!!」

「あァ、それでこそキャプテンだ!!」

「さっ!!キャプテンこっちこっち!!」


あっというまにワラワラとローの周りにひとだかりができる。


どことなく、いつもよりおだやかなその表情を見て、頬が弛んでしまった。


「ダリアっ!!大成功だっ!!ありがとなっ!!」

「ふふっ…!やったわ、シャチ!」


パンっとふたりでハイタッチをする。


お互いの呼び方がかわっていることから、あの後も交流があったのだということがわかった。


見ていると、ダリアさんは四方八方からいろんなひとに声を掛けられている。


その中には、ペンギンさんや私の知らないひとたちもいた。


……………ダリアさん、人懐っこいもんな。


あんなに綺麗なのにきどったところもないし…


愛されキャラだ。


あたりまえのように、ダリアさんはローのとなりの席を勧められている。


「…………………。」


…………………あ、


あのへん座ってようかな…


私は端にポツンと置かれた椅子に、そっと座った。


―…‥


「はーいっ!!ここでプレゼントタイムでーすっ!!」


何時間か過ぎたところで、シャチくんがそう叫んだ。


またも、おぉぉぉっ!!と雄叫びが鳴る。


……………きっ、きたっ…!!


私はバッグの中の「それ」を、ぎゅっと握りしめた。


人数が多いので、だいたいはまとまったひとたちでお金を出し合って用意しているのだろう。


……………高価なものが多い。


…………………な、


なんか…


少しは覚悟してたけど…


…………………やっぱり出しづらい。


…でも、せっかくベポに協力してもらったし…


「それ」を握る手に、ジワリと汗が滲んだ。


「さぁっ!!いよいよおつぎはっ!!キャプテンのとなりに凛と咲いた美しい恋人っ!!ダリアからですっ!!」


ヒューヒューっとはやしたてられて、ダリアさんが困ったように笑った。


「だから恋人じゃないって言ってるじゃない、シャチ…」

「似たようなもんだろっ!!さっ、ほらほらっ!!」

「ふふふっ…じゃあ、」


そう笑って、ダリアさんはバッグの中から綺麗にラッピングされた袋を出した。


「お誕生日おめでとう、トラファルガー先生。」

「…あァ。」


ヒューっと、またはやしたてられて、ダリアさんは綺麗に笑った。


なんだか今日は、一段と綺麗に見える。


ローが遠慮なくバリバリと袋をやぶると、中から現れたのは…


「…………………あ。」

「ん?どうしたんだ?***ちゃん。」

「いっ、いえっ…なんでも…」


そう答えて、ダリアさんのプレゼントに視線を戻す。


あれは、たしか…


「……………財布か。」

「えぇ、私も使ってるお店のなんだけど、革にとてもこだわっていて使い心地がいいの。」


……………やっぱり。


ローの誕生日プレゼントを探していたとき、じつはひとつだけ「これだ!」と思ったものがあった。


でも値段を見て、とてもじゃないけど手が出せなくて…


泣く泣く諦めたのだ。


まさにそれが、いまローの手の中にある。


「……………へェ、悪くねェな。」


ローが口の端を上げてそう言った。


「ほんとう?よかったっ…!」


ダリアさんがうれしそうに胸をなでおろすと、そんな二人をはやしたてる皆の声。


「…………………。」


バッグの中で握っていた「それ」から、そっと手を離した。


「さぁっ!!いよいよラストですっ!!ラストはもちろんこのひと!!キャプテンが唯一ずっと一緒にいる女…」


パッと光があてられて、思わず目を瞑った。


「キャプテンの幼なじみっ!!***でーす!!」


おぉぉぉ!!と皆が楽しそうに騒ぎ立てる。


「ほら、***ちゃん!!立って立ってっ!!」

「あ、いや、あの、」


ふとローに目を向けると、口の端を上げたローと目が合う。


「***っ!おまえなんでそんな遠くにいるんだよ!」


シャチくんがあきれたようにそう言うと、皆がドッと笑いだす。


「あ……………あの……………私、」

「ほら***っ!こっちこっち!」


いつのまにか私の傍まできていたシャチくんが、ぐいぐいと手を引いていく。


「ほらっ***!早く渡せよっ!」


そう笑って、シャチくんは私の頭をポンっと叩く。


カオを上げると、


ローとダリアさんが、一緒になって私を見ている。


テーブルの上には、先程ダリアさんからプレゼントされた、あの財布が置いてあった。


「あの……………私…」

「……………***ちゃん?」


深くうつむいてしまった私のカオを、ダリアさんがのぞきこむ。


「私…」

「ど、どうした?***…」


私のそんな様子に、シャチくんも不安そうに問い掛けた。


皆がザワザワとざわめきだした。


ローが眉をしかめて、ジッと私を見ている。


「……………ごめん、ロー…………私、」

「…………………。」


いままでのにぎわいがまるでうそのように、皆が黙ってしまった。


「……………忘れちゃって…」

「……………は?」


全員の目が丸くなる。


「じ、じつは………誕生日プレゼント………玄関に忘れてきちゃって…」


小さく呟くようにそう言った。


「……………玄関に…」

「………忘れた…」


皆が口々にそう復唱すると…


ドッと身を捩って笑いだした。


「げっ、玄関に忘れたってっ…!なんてベタなっ…!」

「相変わらずおっちょこちょいだなっ!***ちゃんは!」

「そう言ってやるな!それが***のいいところだ!」


そう口々に言いながらガシガシと私の頭をなでていく。


そんな皆に、私はヘラヘラと笑いかえした。


……………ローのカオが、


怖くて、見れない。


「相変わらずの***のドジが見れたところでっ!!つぎの企画にいっきまーすっ!!」


シャチくんがそう叫ぶと、全員がまたシャチくんに注目した。


そのすきに、私は自分のバッグを手にすると、そっと店をあとにした。


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