15
「トラファルガー先生、いま少しいいかしら?」
「あァ。」
「この患者さんなんだけど…」
「………あァ、このまえおまえがオペしたやつか。」
「えぇ、そうなの。術後の経過がいまいち良くなくて…」
ダリアが赴任してからというもの、すぐにその頭角を現し、いまや大きなオペを任されることも少なくなかった。
もちろん、勤務中ふたりはあくまで医者と医者。
そのメリハリも、ローにとっては心地の良いものだった。
ただでさえ存在感のあるローとダリアのうわさは、高級ホテルでの目撃情報をきっかけにすぐに広まった。
ナースたちも影でやっかんではいるが、ダリアのあの美貌と知性には文句のつけようがない。
ふたりはいつしか公認の仲になっていた。
「ありがとうトラファルガー先生!さすがね!」
ローのアドバイスをうけて、ダリアが勢いよく立ち上がる。
「安心してんじゃねェよ。その患者はこれからが難しい。」
「えぇ、大丈夫。細心の注意を払うわ。ありがとう!」
ふわりと笑って去っていく。
「………ダリア。」
「え?」
振り向いたダリアに向かって、ローがゆっくりと歩いてくる。
まえまできたかと思うと、上からダリアを見下ろした。
その視線が、情事中のローのそれと重なって、ダリアは思わずぞくりと身体を揺らした。
すると、ローはおもむろに自分の口元を人差し指でトントンっと叩く。
「……………ソース。」
「…………………え?」
「ついてる。口。」
「えぇっ!?」
驚いたダリアを横目に、ローはティッシュペーパーをとると、ダリアの口元をぐいっとぬぐった。
「ト、トラファルガーせん」
「おまえはしっかりしてんだかしてねェんだか、わかんねェ女だな。」
そう言って意地悪く口の端を上げる。
その表情に、ダリアの胸がきゅうっと悲鳴を上げる。
いつのまに、こんなに好きになってしまったのだろう。
知れば知るほど、トラファルガー・ローという男の魅力にとりつかれていく。
心も身体も、もう戻れないほどに深く溺れてしまっている。
いますぐ、ほしい。
心も、身体も、ぜんぶ。
「トラファルガー先生。」
「なんだ。」
いつのまにか自身のデスクに戻っていたローは、振り向くことなくそれに答えた。
「…今晩、いつものところでまっているわ。」
そうとだけ言うと、ダリアはくるりと踵をかえした。
ローの答えは聞かずに立ち去る。
きっと、きてくれる。
最近、ローと一緒にいて思うことがある。
ローは、自分に惹かれはじめている。
自惚れではない。
おそらく、いままでにない女なのだろう。
はじめのうちは刺々しかった視線や言動が、ひとつひとつ糸をほどくように和らいでいっている。
ダリアはそう感じていた。
いまは、一刻も早くあの視線に啼かされたい。
つい先日の夜のことが思い出されて、ダリアはふるふると首を振った。
「勤務中、勤務中…」
そう呪文のように呟くと、ダリアは歩くスピードを早めて廊下を行った。
―…‥
『あっ!!キャプテンでたでたっ!!おれですっ!!シャチでー』
終話ボタンをおした。
つんざくようなその声のせいで、耳がキンキンとしている。
となりで眠っているダリアの耳まで届いていたのか、うーん、と唸りながら眉をしかめている。
しばらくすると、また着信が鳴った。
「……………なんだ。」
『ひどいっすよぉキャプテン!!切っちゃうなんて!!』
「………声がでけェんだよ、おまえは。」
ローはベッドから出ると、ソファに座って煙草に火を付けた。
「…なんの用だ。」
『キャプテンいまどこいるんですか?』
「………どこでもいいだろ。なんの用だと聞いてる。」
『いまからいつもんとここれないですか?ペンギンたちも一緒なんすけど…』
「……………あァ、」
ローはチラリとダリアを見た。
「わかった。…ダリアも連れてくぞ。」
『えぇっ!?ダリアさんもいるんですか!?』
その叫び声に、ローはまた眉をしかめた。
見ると、ダリアもおなじ表情をしている。
あそこまで届いているのか。
『なにしてたんですかキャプテーン!!やーらーし』
終話ボタンをおした。
ローは立ち上がると、ベッドへ向かってダリアの頬をペチペチと叩く。
「う、ん………どうしたの………トラファルガーせんせ…」
掠れた声が、いやらしい。
「…出掛けるぞ。」
「えぇ?いまから?」
「あァ、シャチや他の奴らもいる。」
「シャチくん?」
ダリアの瞳が輝いた。
よほどこのまえは楽しかったらしい。
「他の奴らって………皆トラファルガー先生のお友達?」
「……………まァそんなとこだ。」
「行くわ。用意するから少しまって。」
ローは、立ち上がろうとするダリアの腕を掴んで、そのままベッドにしずめた。
ダリアの目が大きく見ひらかれている。
「トラファルガーせんっ…!」
言い終わるより早くその唇に深く口付けると、ダリアはローの首に腕を回した。[ 15/70 ][*prev] [next#]
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