12

 どうしよう。ほんとにどうしよう。


 ……ローを怒らせてしまった。


 グレーの空気を身にまとって、とぼとぼと帰路に着いている。


 ……謝ろうかな。謝っちゃおうかな、もう。うだうだ考えてるのもなんか嫌だし。


 ……。


 ……でも私、悪くないよね。だって、せっかくペンギンさんが私のために時間割いて選んでくれたのにさ。それを捨てろだなんてさ。


 ……そうだ。やっぱり私は悪くない。


 うう、でも……このままなんて、やだ。


 あの日から、ずっとこんな感じだ。考えが堂々巡りしてる。


 ……もし、


 もし連絡して「もう連絡寄越すな」とか言われたらどうしよう……。


 今ちょっと想像したけど、それだけで窒息死できる。


「うう、ロー……」


 ローからの連絡は、もう二週間以上ない。


 へそ曲げると長いんだよね、ローって。


 ……そういえば、


 ローとケンカしたのって、いつぶりだっけ?


 いや、ケンカっていっても、ローが一方的に怒るんだけど。


 ええっと……確かあれは……。


 そこまで考えたところで、着信音が鳴った。


 ……まさかっ!


 ごそごそとバッグを漁ってスマートフォンを取り出す。


「……あ」


 そこに表示されたのは、意外な名前だった。





「***! こっちこっち!」

「シャチくん!」


 お店に着くと、トレードマークであるキャスケット帽子をゆらゆらと揺らしてご機嫌に迎えてくれた。


「久しぶりだね、シャチくん」

「そうだな! おまえに会うとキャプテンに怒られるからよ。なかなか連絡できねェんだよ」

「あ、はは……」


 そう曖昧に笑って席に着く。


「それより……どうしたの? シャチくんが私を呼び出すなんて」


 シャチくんも言っていた通り、二人で会ったりすると、言ってもいないのにローにバレて怒られる。


 以前バレた時は、二人して正座させられた。


 悪いことは何一つしていない。会っているだけで怒られる。


 だからシャチくんは、あまり私に連絡は寄越さない。


 どうしても用がある時は、それこそ不倫カップルさながらにこそこそと会ったりする。


 でも、それでもやっぱりバレる。


「今日はどうしても***に頼みがあってさ!」

「頼み? 私に?」


 そう! と元気よく相槌を打つと、シャチくんがそのかわいいカオを近づけてくる。


「キャプテンが最近一緒にいるすっっっげェ綺麗な人、知ってるかっ?」

「へ? あ、うん。ダリアさんでしょ?」

「なんでおまえ名前知ってるんだよっ?」


 そう叫んで目をまるくする。


 なんとなくローに見られていたらと、周りを見回してしまった。


「この前……って言っても結構前だけど、一緒にご飯食べたよ」

「そっ、その美女と二人でかっ?」

「う、うん」


 マジかよォ! と、シャチくんはオーバーにその身を仰け反らせた。


「ダリアさんがどうかしたの?」

「会わせてくれっ!」

「……へ?」

「頼むよ***! このとおりっ!」


 そう叫ぶと、テーブルに額を打ち付けた。


「ちょっ、シャチくん!」

「なァ、ダメか?」


 そう言って、うるうるした大きな瞳で見つめられる。


 か、かわいい。


「なんでダリアさんに会いたいの?」


 シャチくんのことだ。なんとなく想像はつくけど、念のため訊いてみる。


「すっげェ美人だから!」

「……」


 ……相変わらずだな、シャチくん。


「わ、私じゃなくて、ローに頼んでみたらどうかな。私からよりもローから頼まれたほうが、ダリアさん来ると思うけど」

「……」


 そう提案すると、なぜかシャチくんは口を尖らせて私を睨んだ。


「……おまえ、キャプテンと最近会ってるか?」

「へ? ……な、なんで?」


 シャチくんは、あきれたように頬杖をついた。


「ケンカしただろ、キャプテンと」

「……へ」


 私のその様子を見て、シャチくんがやっぱりな、と大きく項垂れた。


「い、いや……ケ、ケンカっていうか」

「わかってるよ。どうせキャプテンが一方的に怒ってるだけだろ?」


 そうため息をつくと、シャチくんはグラスに口をつけて、お酒を飲み干した。


「そ、それがなにか関係あるの?」


 そこで私が出てくる原因が、いまいちよくわからない。


「……機嫌悪いんだよ、キャプテン」

「……は?」


 ……ますますわからない。


「誰かさんとケンカしたせいだろ」


 そう言って、私にじとっとした視線を向けた。


「わっ、私のせいっ?」

「あたりまえだろ。それ以外何があんだよ」

「そ、そんな……私とケンカしたくらいで……ローが機嫌悪いのなんて、いつものことだよ」


 わかってねェな、と、両手の平を天に向けて、シャチくんは首を振った。


「おまえ……高校の時キャプテンとケンカしたの、覚えてるか?」

「高校の時?」


 ……高校。


 ……。


 ……なんだっけ。


「おまえ……」

「いっ、いやっ、私も今日考えてたんだけど……ちょっと思い出せなくて」


 ははっ、と笑いながら言うと、シャチくんがあきれたように大きなため息をつく。


「ケンカの理由はよく知らねェけどよ。キャプテンあの時すげェ荒れて!」

「で、でもあの頃ってロー荒れてたし、私のせいじゃ」


 そう反論すると、シャチくんは左右に首を振った。


「あんなもんじゃねェの! あの時キャプテンほんと手つけられなくてよォ」

「な、なんかあったの?」

「聞きてェか?」

「……や、やっぱりいい」

「暴走族グループ潰した。数百名半殺し」

「……」


 ……何したっけ。私何したんだっけ。忘れたなんて言ったら、私も殺られる。


「そんな危険なキャプテンにそんな理由で連絡できるわけねェだろ?」

「じゃ、じゃあローの機嫌が直るまで待つとか……」

「じゃあおまえ謝れよ、キャプテンに」

「う」


 そ、それを言われると……。


「なァ? だからおまえからダリアさんに連絡してくれよ!」


 頼むよォ! と頭を下げて両手を合わせる。


「……れ」

「れ?」

「連絡するくらいなら……」

「……マジでっ?」


 やったァ! と、シャチくんは大きく拳を上げた。


 ……なんか、ちょっと責任感じるし。


「で、でも、来てくれるかはわからないからね? あくまで連絡してみるだけで」

「わーってるって! じゃあ連絡きたらおれにもよろしくな!」


 じゃあなっ!と、シャチくんは爽やかに去っていった。


「もう……相変わらずシャチくんには困るな」


 そう言いながらも、口元は綻ぶ。


 ペンギンさんが頼れるお兄さんなら、シャチくんはかわいい弟みたいなものだ。


「きっとまだ仕事中だよね……ダリアさん」


 ……メール送ってみようかな。


 先日交換したダリアさんのアドレスを表示する。


「……」


 ……ダリアさんは、


 毎日ローと会ってるんだよね。


 それだけじゃない。


 私の知らないローを、知ってるんだ。


 そこまで考えて、ふるふると頭を振った。


 それだけの努力を、ダリアさんはしてる。


 ……私とは、違う。


 メールを打つと、送信ボタンを押した。


「……元気かな、ロー」


 ……会いたいな。


 ふらりと立ち上がると、店をあとにした。


 ダリアさんから返信があったのは、その翌朝のことだった。


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