11

「今日はまたずいぶんとご機嫌ナナメね」


 からかうように笑いながら、ダリアはベッドから出て煙草に火をつけた。


「あァ?」

「あなたって感情がそのままセックスにでるわ。……今日は随分と激しかったから」

「……」


 確かに、あの日からローの機嫌はすこぶる悪い。











『せっかくペンギンさんがくれたのに、捨てるなんてできない』










 ……あの馬鹿。あんなピアス一つで手懐けられやがって……。


 ローはベッドから出ると、ダリアの手から煙草を奪ってそれを口にくわえた。


「ふふっ……***ちゃんのことでしょう?」

「……」

「かわいいものね、***ちゃんって。きっと男性にモテるわね」

「……んなわけねェだろ。あんなガキくせェ女」


 捨てるつもりなんてなかった。ただ、ペンギンに突き返してやろうとしただけで。


 それをアイツ、ムキになりやがって……。

「あんまり意地悪すると、***ちゃんに嫌われちゃうわよ」

「……」


 ダリアはそう笑いながら、浴室へ向かう。


 ローは、その後ろ姿に目をやった。


 初めてだな、ああいう女は。


 今まで言い寄ってきた女は皆、束縛がひどく、上辺だけを飾ってるような女だけだった。


 でも、ダリアは違う。


 自分の「情けない、弱いところ」をよく曝け出す。


 なぜそんなことを言うのかと問えば、「ありのまま」を知ってほしいからと答えた。


 セックスはしても、恋人ぶらない。約束もほしがらない。「愛されること」をねだらない。


 あっちも身体だけほしいのかと思いきや「私は違う。あなたの心もほしい」と言う。


 「自分はそこまで求めてない」と言うと、「今はそれでいい」と言った。


 ……楽だな、アイツは。


 一緒にいて、苛つかない女は、今までいなかった。


 べたべた引っ付いてきたり、ヒステリックに叫んだり、プライドが高かったり……。


 それでも、身体の相性がよければ継続、悪ければ捨てる。よくても、面倒になればそれで終わり。


 ……アイツでいいな、当分は。面倒なことは言わないし、身体の相性も今までで一番いい。


 ローは、ダリアから奪った煙草を灰皿へ押しつけた。


 ……そんなことより。


 今問題なのはあの馬鹿だな。


 店を出る前の、***の小さく俯いた姿を思い出す。


 今頃相当へこんでるだろうな。


 ローはそれを思い浮かべて、口の端を上げる。


 それでいい。***は、おれのことだけ考えてればいい。他の男のことを考える隙なんて与えねェ。


 ***は、『おれの幼なじみ』なんだからな。


「……アイツにも釘刺しとくか」


 ローはその男のカオを思い浮かべると、スマートフォンを手にした。





「キャプテン……」

「よォ」


 ローに呼び出されて向かった店で、ローがすでに待っていた。


 ……めずらしいこともあるもんだな。よっぽど大切な話なんだろうか。


 ……それとも。


 ペンギンはそんなことを思いながら、ローの向かいに座った。


「どうしたんですか、キャプテン。こんな急に」

「どういうつもりだ?」

「……は?」


 ローのその問いかけに、ペンギンは目をまるくした。


「とぼけんな。ピアスやっただろうが」

「ピアス? ……あァ」


 やっぱりなと、ペンギンは心の中で呟いた。


「***ですか」

「他に誰がいる」


 ローは苛立ったように、グラスに口付けた。


「アイツを勝手に手懐けんな」

「……じゃあキャプテンに許可取ればいいんですか」

「いいわけねェだろ。ふざけんな」

「……」


 ペンギンは小さくため息をついた。


 ローが自分を呼び出すときは、八割方***の話だ。


『***と二人だけで会うな』『***にモノをやるな』『***を口説くな。』


 ひどいときは『***を見るな』と言われた。数えたらキリがない。


「……そんなに束縛したら***に嫌われますよ。恋人でもないのに」

「幼なじみだ。おれのな」

「……」


 ふつうはたかだか幼なじみをそんなに束縛しない。


 ペンギンは喉までそれが出かかったが、後々面倒なのでやめた。


「……わかりました」

「わかりゃいい」


 ペンギンのその一言を聞くと、ローは立ち上がって店の出口に向かう。


「キャプテン」

「……あァ?」


 ペンギンはグラスに口をつけたまま、ローを見ずに言った。


「あんまり首輪をきつく絞めすぎると、犬は窒息死しますよ」


 ローはそれを聞くと、ゆっくりと振り向いて、口に弧を描いた。


「好都合だな。そしたら他のヤツに尻尾振ることもできなくなる」


 ローは乱暴にドアを開けて、店をあとにした。


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