10
「トラファルガー先生、やっと一息つきましたね!」
「あァ、そうだな」
「今日はゆっくり休んでくださいね! じゃあお先しまーす!」
ローのサポートとして長い間激務をこなしたドクターはそう元気よく挨拶をすると、弾む足取りで院外へ向かっていった。
ローは大きく息をつくと、白衣からスマートフォンを取り出す。
『今日 八時 いつもの店』
手慣れた手つきでそう打つと、送信ボタンを押した。
着替えを済ませて、またスマートフォンを見る。
……遅ェ。
一向に音沙汰のない送信相手に、ローは苛々し始めた。
すぐさま、次のメールを送信する。
『さっさと返事しろ』
乱暴にスマートフォンをバッグへ放り込むと、ローは院外への道を歩いていく。
外へ出て、またスマートフォンを見る。返信はない。
……あの野郎。
ローの苛々は頂点に達して、アドレス帳からその相手を表示すると、発信ボタンを押した。
コールが鳴るが、応答はない。
五コール目で終話ボタンを押す。
……何してやがる。
メールの新規画面を開くと、すぐにメールを打った。
『いい加減にしろ まさかペンギンといるんじゃねえだろうな』
送信ボタンを押して車に乗り込むと、背もたれに大きく寄りかかる。
……今日は三十分説教だな。
そう思った矢先、ローのスマートフォンが鳴った。
通話ボタンを押す。
『あっ、も、もしもし。ロー?』
「遅ェよ、てめェ。何してやがる」
『ご、ごめんね。でも、この時間は大体仕事中だからさ』
「あァ? おまえ六時までだろうが。嘘ついてペンギンと会ってんじゃねェだろうな」
『な、なんでそうなるの。今日はちょっとバタバタしてて終わらなくて……』
「うるせェ、いいから早くこい。おれは家に車置いてくるから、店で待ってろ」
『は、はい』
「じゃあな」
終話ボタンを押す。
ローはエンジンをかけると、勢いよくアクセルを踏んだ。
*
「よォ」
「あ、お疲れ様」
言いつけ通りいつもの席で待っていた***に、ローは口の端を上げた。
適当に注文を済ませたあと、さっそく本題に入る。
「で?」
「へ? な、なに?」
「なにじゃねェよ。この前何があったか言え」
「こ、この前ってなに?」
頭にはてなマークを浮かべている***に、ローは苛つきをおぼえた。
「ペンギンと会ってただろうが」
「へ、あ、うん」
「何があったか話せ」
「こ、この前話したじゃん」
「メシ食ったしか聞いてねェ」
「だ、だから、それだけだよ」
ローは眉をしかめた。
「会話の内容とかいろいろあんだろうが。さっさと話せよ」
「か、会話? そ、そんなこと聞いてどうするの?」
「どうもしねェ。おれの苛立ちが増すだけだ」
「じゃ、じゃあ聞かない方がいいんじゃ」
「言え」
「はい」
何話したっけな、と***は首を傾げる。
その拍子に、***の耳にぶら下がった見慣れないピアスがローの目に入った。
「……おい」
「ちょ、ちょっと待ってよ。今思い出して」
「なんだ、そのピアス」
「え? ……あ」
一瞬、ほんの一瞬、***の瞳に動揺が見えた。
「あ、こ、この前買ったの」
「……」
「な、なんで睨むの」
「おれが笑ってるうちに本当のこと言え」
「い、今も笑ってないよ」
「……」
ローのそのカオを見て、***はあきらめたように、ぽつりと言った。
「……ペンギンさんにもらった」
「……」
「で、でもべつにっ、変な意味でじゃないよ! 誕生日プレゼントだって、言って一緒に選んでくれてっ」
「……『一緒に選んでくれて』?」
「……あ。あ、いや」
ローの眉間の皺は、たちまち深くなっていった。
「……外せ」
「……はい」
ローがこうなると、もう何を言ってもダメなことは、***が一番よくわかっている。
***は逆らうことなく、ピアスを外した。
「はい、外したよ」
「よこせ」
「え?」
「それ。よこせよ」
「や、やだよ。なんで?」
「気にいらねェから捨てる」
「だ、ダメだよっ。なに言ってるの。せっかくもらったのに……」
「***」
ギロッと鋭い視線で、ローは***を見た。
「おれの言うこと……聞けねェのか」
***は身体を強ばらせて、ローを見た。
こうなったら、ローは手がつけられない。
しかし、***はまっすぐローを見つめ返すと、強い口調で言った。
「やだ。せっかくペンギンさんがくれたのに、捨てるなんてできない」
「……」
それを聞いたローは、乱暴に立ち上がった。
椅子が大きく音を立てて、***の身体がびくっと揺れる。
「……勝手にしろ」
そう吐き捨てるように言うと、ローは店を出ていった。[ 10/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]