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「トラファルガー先生、やっと一息つきましたね!」

「あァ、そうだな」

「今日はゆっくり休んでくださいね! じゃあお先しまーす!」


 ローのサポートとして長い間激務をこなしたドクターはそう元気よく挨拶をすると、弾む足取りで院外へ向かっていった。


 ローは大きく息をつくと、白衣からスマートフォンを取り出す。


『今日 八時 いつもの店』


 手慣れた手つきでそう打つと、送信ボタンを押した。


 着替えを済ませて、またスマートフォンを見る。


 ……遅ェ。


 一向に音沙汰のない送信相手に、ローは苛々し始めた。


 すぐさま、次のメールを送信する。


『さっさと返事しろ』


 乱暴にスマートフォンをバッグへ放り込むと、ローは院外への道を歩いていく。


 外へ出て、またスマートフォンを見る。返信はない。


 ……あの野郎。


 ローの苛々は頂点に達して、アドレス帳からその相手を表示すると、発信ボタンを押した。


 コールが鳴るが、応答はない。


 五コール目で終話ボタンを押す。


 ……何してやがる。


 メールの新規画面を開くと、すぐにメールを打った。


『いい加減にしろ まさかペンギンといるんじゃねえだろうな』


 送信ボタンを押して車に乗り込むと、背もたれに大きく寄りかかる。


 ……今日は三十分説教だな。


 そう思った矢先、ローのスマートフォンが鳴った。


 通話ボタンを押す。


『あっ、も、もしもし。ロー?』

「遅ェよ、てめェ。何してやがる」

『ご、ごめんね。でも、この時間は大体仕事中だからさ』

「あァ? おまえ六時までだろうが。嘘ついてペンギンと会ってんじゃねェだろうな」

『な、なんでそうなるの。今日はちょっとバタバタしてて終わらなくて……』

「うるせェ、いいから早くこい。おれは家に車置いてくるから、店で待ってろ」

『は、はい』

「じゃあな」


 終話ボタンを押す。


 ローはエンジンをかけると、勢いよくアクセルを踏んだ。





「よォ」

「あ、お疲れ様」


 言いつけ通りいつもの席で待っていた***に、ローは口の端を上げた。


 適当に注文を済ませたあと、さっそく本題に入る。


「で?」

「へ? な、なに?」

「なにじゃねェよ。この前何があったか言え」

「こ、この前ってなに?」


 頭にはてなマークを浮かべている***に、ローは苛つきをおぼえた。


「ペンギンと会ってただろうが」

「へ、あ、うん」

「何があったか話せ」

「こ、この前話したじゃん」

「メシ食ったしか聞いてねェ」

「だ、だから、それだけだよ」


 ローは眉をしかめた。


「会話の内容とかいろいろあんだろうが。さっさと話せよ」

「か、会話? そ、そんなこと聞いてどうするの?」

「どうもしねェ。おれの苛立ちが増すだけだ」

「じゃ、じゃあ聞かない方がいいんじゃ」

「言え」

「はい」


 何話したっけな、と***は首を傾げる。


 その拍子に、***の耳にぶら下がった見慣れないピアスがローの目に入った。


「……おい」

「ちょ、ちょっと待ってよ。今思い出して」

「なんだ、そのピアス」

「え? ……あ」


 一瞬、ほんの一瞬、***の瞳に動揺が見えた。


「あ、こ、この前買ったの」

「……」

「な、なんで睨むの」

「おれが笑ってるうちに本当のこと言え」

「い、今も笑ってないよ」

「……」


 ローのそのカオを見て、***はあきらめたように、ぽつりと言った。


「……ペンギンさんにもらった」

「……」

「で、でもべつにっ、変な意味でじゃないよ! 誕生日プレゼントだって、言って一緒に選んでくれてっ」

「……『一緒に選んでくれて』?」

「……あ。あ、いや」


 ローの眉間の皺は、たちまち深くなっていった。


「……外せ」

「……はい」


 ローがこうなると、もう何を言ってもダメなことは、***が一番よくわかっている。


 ***は逆らうことなく、ピアスを外した。


「はい、外したよ」

「よこせ」

「え?」

「それ。よこせよ」

「や、やだよ。なんで?」

「気にいらねェから捨てる」

「だ、ダメだよっ。なに言ってるの。せっかくもらったのに……」

「***」


 ギロッと鋭い視線で、ローは***を見た。


「おれの言うこと……聞けねェのか」


 ***は身体を強ばらせて、ローを見た。


 こうなったら、ローは手がつけられない。


 しかし、***はまっすぐローを見つめ返すと、強い口調で言った。


「やだ。せっかくペンギンさんがくれたのに、捨てるなんてできない」

「……」


 それを聞いたローは、乱暴に立ち上がった。


 椅子が大きく音を立てて、***の身体がびくっと揺れる。


「……勝手にしろ」


 そう吐き捨てるように言うと、ローは店を出ていった。


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