09
「……あの」
「何かしら?」
「い、いつもこういうところ……来られるんですか?」
「ええ、そうよ。……あ、もしかして苦手だったかしら?」
「い、いえっ、そんなことはっ」
ローと同じ外科医さんだという絶世の美女は、ダリアさんというらしい。やっと名前が知られてよかった。
華やかなこの外見から、いったいどんな高級レストランに連れていかれるのだろうと身体を強ばらせていたら……
着いた先は、ごくごくふつうの居酒屋だった。
……浮いている。ダリアさん、居酒屋がまったく似合わない。
店内にいる全員の視線が、ダリアさんに突き刺さっている。
しかしダリアさんはそんなことにはおかまいなしで、大きな声で「生二つ!」と注文をした。
「おいしいっ! やっぱり仕事のあとのビールは最高ね! そう思わない?」
「お、思います」
なんか……
いいな、この人。
「それにしてもびっくりしちゃった!」
「へ?」
「トラファルガー先生よ! あんな一面があるなんて知らなかったわ。それに、トラファルガー先生を名前で呼んで怒られない人を初めて見たわ。私もとても怒られたのよ」
「そっ、それは……私とローが幼なじみで、付き合いが長いからだと思います。私も知り合ってすぐは、トラファルガーくんって呼んでましたから」
「そうなの? 彼って、小さい頃からずっとあんな感じ?」
「小さい頃からあんな感じです」
ふふっ、おもしろい、と、ダリアさんはとても綺麗に笑った。
「あ、あの……」
「え?」
「……ローのこと、好きなんですか?」
私のその問いかけに、ダリアさんは一瞬だけ目をまるくして、それからふわりと笑って言った。
「ええ。とても惹かれているわ」
やっぱり……。
「***ちゃんとトラファルガー先生って、ほんとにただの幼なじみ?」
「へ? は、はい」
「ふふっ、そのわりにはトラファルガー先生、***ちゃんにベッタリね」
……え。あのやりとりの、どこにそんな要素が。
「他の男性と***ちゃんが会っているのがとてもおもしろくないみたいだったから」
「あ、ああ。あれは違うんです」
「え?」
「ローって、とにかく独占欲が強いんです。何に対しても」
「ええ? どういうこと?」
そう。あれはヤキモチでもなんでもない。
ローは、とにかく『自分のモノ』が勝手に使われたり、触られたりするのを嫌う。
学生のとき、ローのペンを勝手に使った同級生がローの手によって半殺しにされたことがあった。
今結構サラッと言ったけど、あの時のローはかなり怖かった。今思い出しても鳥肌が立つ。
あの頃は荒れてたからね、あの子。
つまり、私はその『ペン』と同じ。
『自分の幼なじみ』が、勝手に連れ出されたことがおもしろくなかった。ただ、それだけの話。
そんなローの束縛に、「もしかしてローも私のこと」なんて思ったこともあったけど……。
ローに恋人ができるたびに、そんな淡い期待は薄れていった。
でも……
なぜか、『自分の恋人』にはまったく執着しないんだよね、ローって。
あれだけがいまだになぜなのか、よくわからない。
「ふふっ、ほんとに不思議な人ね、彼って。知れば知るほどハマりそう」
「……あ、あの」
「え?」
「ロ、ローとは、その……付き合ってるんですか?」
聞きたくない。けど、聞いておかないと。
もしダリアさんがローの恋人なら、ローに呼ばれてもあんまり家に行かないようにしなきゃいけない。この前のこともあるし。
やっぱりいくら幼なじみでも、その辺はわきまえなきゃいけない。
「付き合ってはないわ」
「そ、そうなんですか?」
なんとなく、心の中でほっとしてしまった。
「……***ちゃんって」
「はい?」
「トラファルガー先生のこと、好き?」
「えっ」
な、なんで突然、そんな。
「も、もちろん幼なじみとしては好きですけど……異性としては、みてないです。」
心が、ズキズキとする。
でもこれは、自分の気持ちに嘘をついてローの隣にいる代償。
「そう! ならよかった!」
「……え?」
ダリアさんは、その綺麗なカオを私に寄せて、そっと耳打ちした。
「実はね、この前、トラファルガー先生とセックスしたの」
「……はい?」
「とってもステキな夜だったわ」
そう言って、うっとりと宙を見つめた。
「で、でも付き合ってはないって……」
「ええ、そうよ?」
あ、あれ。なんかよくわかんない。
「トラファルガー先生って、縛られたりするの嫌いでしょう?」
「た、多分」
「私、カタチにはこだわらないの。今、その瞬間、彼が私を求めてくれればそれでいい。セックス一つで彼を繋ぎ止めようなんて気は、さらさらないの」
そうきっぱりと言ったダリアさんの表情が、なぜかとても官能的で、女の私でもドキドキしてしまった。
「私、トラファルガー先生の心がほしいの。そのためには、自分のすべてを曝け出して、まずは私を知ってもらうことが大切だわ」
「……自分のすべてを?」
「ええ。なりふり構わずね」
ドキリとした。
だって、私とは真逆な考え方だったから。
私は、ローにも、自分にも嘘をついて、ローと一緒にいる。
外見以上に、ダリアさんが美しく見えた。
「ねェ、***ちゃん!」
「はい?」
「これからも私と仲良くしてくれる? あっ、もちろん、トラファルガー先生の幼なじみだからってことじゃないわよ? 今日とても楽しかったから」
「もっ、もちろんですっ」
「ほんとっ? よかった!」
そう言って笑うダリアさんは、とてもかわいらしくて。
ローが本気で好きになる人は、この人かもしれない。
そんな予感がした。[ 9/70 ][*prev] [next#]
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