08

 ……遅いな。


 ただいま、ローの働く病院の前で、一人佇んでおります。


 ローからの返信は、夜明け頃に受信していた。


『今日仕事終わったら病院の入り口で待ってろ 着いたら連絡よこせ』


 こんなドSオーラ全開のメールにも、ときめいてしまう自分が憎い。


 そんなこんなで、『着きました』メールを送ってから三十分。


 今に至ります。


「……やっぱり相当忙しいんだなー」


 身体大丈夫かな。ただでさえ、ローはあまり眠らないのに。


 ……差し入れ、栄養ドリンクじゃなくて安眠グッズでも買ってきてあげたほうが良かったかな。


 ほんと私ってこういうとこ気が利かな


「どうかされましたか?」


 綺麗な声に反応すると、その声に似つかわしい綺麗な人が私を見ていた。格好からしてナースさんのようだ。


「先程からずっとそちらにいらっしゃるので……何かご用ですか?」


 ちょうどよかった。ローのこと聞いてみよう。優しそうだし、きっと親切に教えてくれるに違いない。


「あ、あの、私、ロ……じゃなくて……ト、トラファルガー先生を待ってまして」

「……トラファルガー先生を?」


 途端、ナースさんの表情がいっきに変わった。


「は、はい……あの」

「トラファルガー先生は本日お帰りになりました。お引き取りください」


 そう言って、ふんっと鼻を鳴らしてナースさんは去っていった。


 え、な、何が起きたの、今。


 ……っていうか、ロー帰ったって言ったよね、今。


 突然のことに頭がついていかず、ぼう然と立ち尽くしてしまった。


「ふふっ。意地悪な人ね」


 またもや綺麗な声がして、自然とそちらへ視線が奪われる。


 ……わっ、すっごい美人。


 そこには、「綺麗」だけでは表現できないような、美しい女性が立っていた。


 こんな衝撃は、ロビンに初めて会ったとき以来だ。


「トラファルガー先生ならまだいらっしゃるわよ。……ごめんなさいね、嫌な思いをさせてしまって。トラファルガー先生って人気があるから」

「え、い、いや、あの」


 こんな美人に話しかけられたら、女の私でもドキドキしてしまう。


 思わず返答を忘れてしまった。


「……あら、大丈夫かしら?」

「えっ? あっ、ああっ、はい!」


 しまった。またやってしまった。なんかこの前もこんなことあったな。


「す、すみません。ご親切に……ありがとうございます」

「ふふっ、いいえ。もしかして……トラファルガー先生の恋人?」

「……はい?」


 い、今なんて? 恋人って言った? ローと私が?


「いっ、いやっ……! 違いますっ! まさかそっ、そんなっ」

「あら、そうなの?」


 びっ、びっくりした……! 初めて言われた!


 ローと並んで歩いてても大体ストーカーか、よくて使いっ走りとしか言われなかったのに!


 ……あれ、なんかひどくない? よくよく考えたら。


「あら、噂をすれば」

「………え?」


 その美人さんの視線を辿ると、久しぶりに会う隈男。


 どきっと一つ、胸が高鳴った。


「よォ、待たせたな」

「あ、う、うん。大丈夫。久しぶり」


 ……かわいくないな。もっと素直によろこべばいいのに。


「い、忙しいときにごめんね。えっと、預かってたものがあって」


 なんだか照れてしまって、ローのカオがうまく見られない。


 バッグの中をごそごそやってたら、ふとカオに影が降ってきた。


 ぱっとカオを上げて見ると、至近距離にローがいた。


「なっ、なっ、なっ、なにっ」

「照れてんだろ、おまえ。久しぶりにおれに会えて」


 口の端を上げて、薄く笑う。


 ……ううっ、このカオ弱い。


「なっ、なに言ってるの。……はい、これ」


 ペンギンさんから預かっていた書類を、ローの胸に押し付けた。


「あァ? なんでおまえがこれ持ってんだよ」


 それを見たローが、これでもかというくらいに眉をしかめた。


「あ、あの、昨日偶然ペンギンさんに会って。あ、な、中は見てないよ」

「……」


 こ、こわー……。


 睨まれてる。睨まれてるよ、これ。


「偶然だァ? おまえおれに会えねェからってペンギンなんかとふらふらしてんじゃねェよ」

「ふ、ふらふらって」


 ローと久々にそんなやりとりをしていたら、クスクスと笑われてしまった。


 ……しまった。すっかり忘れてた。


「あ、ロ、ロー。この方にさっき親切にして頂いたの。……すみませんでした。お恥ずかしいところを」

「私はべつになにもしてないわ。……それに」


 そう言って、その美人さんはローを見た。


「とても貴重なトラファルガー先生の素顔を見られて、うれしい」


 その視線に、ローへの愛しさが込められている。


 この人……好きなんだ。ローのこと。


 こんな綺麗な人が。


 ……なんでそういうのわかっちゃうかな、私。


「うるせェよ。おまえに関係ねェだろ」

「ちょっ、ちょっとロー」

「それより***、おまえペンギンとただ会っただけじゃねェだろ。何してやがったんだよ」


 なんて口聞くの、親切にしてもらったのに!


 美人さんがローの暴言にショックを受けてしまったんじゃないかと思って、そっと顔色を窺った。


 が、相変わらずその美人さん(いい加減名前が知りたい)はクスクスと綺麗に笑ったままだった。


 つ、強い。


「た、誕生日覚えててくれたみたいで、ご飯ごちそうになっただけだよ」

「あァ? 一緒にメシ食っただァ?」


 眼光鋭く私を捕らえた。


 こ、怖い。殺られる。


「トラファルガーせんせー! そろそろ戻ってくださーい!」


 遠くからドクターらしき男性がローを呼んだ。


 た、助かった。ありがとう、ドクターAさん。


「チッ、邪魔しやがって」

「まだお仕事あるんだね。頑張ってね。……はい、これ」


 そう言って私は、栄養ドリンクを差し出した。


「……おれにもっと働けってか」

「うん。頑張ってたくさん救ってあげてね。ローにしか治せない人、いっぱいいるんだから」


 そう言った私に、ローはまた口の端を上げて笑った。


 ローはなんだかんだ言っても、この仕事が好きなんだ。嫌なことを、仕方なくやるような人じゃない。自分がどんなに辛くても、きっと苦しんでる人を見たら放っておけない。


 ……やっぱり栄養ドリンク買ってきて良かったな。


「落ち着いたらまたかまってやるから、拗ねんじゃねェぞ」

「す、拗ねないよ」

「あとペンギンともう会うんじゃねェ」


 こだわるな、ペンギンさんに。ケンカでもしたんだろうか。


「頑張ってね、ロー」


 そう言うと、ローはぐしゃっと私の頭をなでて去っていった。


 ……今の……今の、かなりときめいたんですけどっ……!


 一人で悶えてると、視線を感じた。


 ……また忘れてた。


「あっ、す、すみません」

「ふふっ、おもしろいもの見ちゃった。……ねェ、これからお時間あります?」

「……へ?」

「よかったら、これから一緒にお食事でもどうですか?」


 美人さんのそんな突然のお誘いに、いつのまにか「はい、よろこんで」と言っていた。


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