44
「へっくしょんっ…」
汚れひとつない天井をぼんやりと見つめながら、私は小さくくしゃみをした。
「***?大丈夫?」
「あ、ロビン…」
それを聞きつけたのか、ロビンがキッチンからカオを出してくれる。
綺麗な薄紫のエプロンが、ビックリするくらいに似合っていてビックリした。
「うん、大丈夫だよ。げほっ、ごめんね。泊めてもらったのに熱まで出しちゃって…」
「ふふっ、そんなこといいのよ。お粥、もう少しでできるわ。お薬も買ってきたから。」
「ううっ、何から何までほんとにごめんね…」
「ふふっ、それ以上謝ったりしたら***もお粥と一緒に煮詰めてしまうわよ?」
「……………あ、はは、ご、ごめ、いやっ、ありがとう…」
カオをひきつらせながらそう言うと、ロビンは満足げに微笑んでキッチンへと戻っていった。
こ、怖かった。
ほっと小さく息をつくと、私は再び天井を見上げた。
あれからロビンは、泣き続けていた私を、ずっとだきしめてくれていた。
いつのまにか眠っていたと思ったら、目が覚めた途端、身体が動かないくらいにダルくなってしまい…
こんな情けない現状となってしまった。
けほけほと小さく咳をしながら、私はゆっくり目を閉じた。
『おれは、…おまえのことを、そんなふうにみたことはねェ。』
……………フラれちゃった。
なくなっちゃった、なにもかも。
あんなに長いあいだ、大切にしてきた想いだったのに。
結局私は、ローも、ローへの恋心の行き先も、なにもかも失ってしまった。
これはきっと、今まで嘘を吐き続けてきた私への罰なのかもしれない。
「っ、」
瞑った目の中で、また涙が溢れ出してきた。
私は、なんて弱いんだろう。
こんなことで、すぐに心が壊れてしまいそうになって。
いつだって私は、だれかに頼らないと生きていけない。
刺されたときも、空き巣のときも、ペンギンさんやシャチくん、ロビン、
それに、ロー。
みんなに助けてもらえないと、頑張れなくて。
こんなに弱い私を、
ローみたいな強い人が、好きになんてなるわけないのに。
「…***?」
「…!」
突然、カオの上からロビンの声が聞こえてきて、私はハッと目を開けた。
その拍子に涙がボロッと溢れて、慌ててそれを拭う。
「あ、ははっ…」
「…………………。」
「……………ごめん。」
「…お粥、できたわ。起き上がれる?」
優しく目を細めて、ロビンは私の手をそっと引いてくれた。
「わー…おいしそう!」
「口に合うといいけれど、どうかしら。」
困ったように笑うロビンに、私は大きく首を横に振った。
ロビンの作る料理が不味かったことなんてない。
それを証明するかのように、お茶碗からはダシの効いてるおいしそうな匂いが立ち上っていた。
いただきます!と、ほんとに病人なのかと思うくらいに元気よく手を合わせると、れんげに乗せたお粥をはふはふと口に運んだ。
「…!おっ、おいしい…!」
「そう?ならよかったわ。」
パクパクと休むことなくお粥を平らげていく私を見て、ロビンはうれしそうに微笑んだ。
「おかわり、あるわよ。」
「ほんとっ?食べる!ごほっ、」
「ほらほら、落ち着いて食べなさい。」
「……………ねェ、ロビン?」
「なにかしら。」
優雅に頬杖をつきながら、ロビンは小さく首を傾げた。
「私、……………間違ってなかったよね?」
「…………………。」
「これで、……………よかったんだよね…?」
ほわほわと漂っている湯気に向かってそう呟くと、ロビンはクスリと笑った。
「***は、言わなければよかったと思っているの?」
「…………………。」
その質問に、私はゆっくりと首を横に振った。
「…あー、スッキリした!」
「…………………。」
「それにしても、あははっ、あんなに唖然としたロー、初めて見たよ。」
「…………………。」
「口なんて呆けちゃってさ!」
「…それはおもしろそうね。」
「あ、写真撮ればよかったね!…ロビン、おかわり!」
「ふふっ、はいはい。」
私からお茶碗を受け取って、ロビンは立ち上がった。
「ロビン…!」
「?」
目を丸くして振り向いたロビンに、私は満面の笑みで言った。
「…ありがとう。」
「…………………。」
「ロビンがいてくれて、ほんとによかった。」
そう告げると、ロビンもまるで、子どもみたいに笑ってくれた。
ねェ、ロー。
ローのいない未来を思うと、正直まだとても怖いけど。
でも、私は一人じゃないから。
みんなを守れるように、私もきっと、ローみたいに強くなるよ。
ダリアさんから連絡があったのは、それから数日後のことだった。[ 46/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]