07

「***? ***じゃないか?」


 突然自分の名前を呼ばれて、声のした方へ視線を泳がせた。


「ペンギンさん!」

「偶然だな、こんなところで。仕事帰りか?」

「はい、今から帰ろうと思ってたところでした」


 笑ってそう言うと、ペンギンさんもそれに応えて笑ってくれた。


「よかったらこれからメシでもどうだ? うまい店を見つけたんだ」

「ほんとですか! ぜひお願いします!」

「ふっ……***はほんとに飯にはすぐ食いつくな。よし行こう」


 そう言ってペンギンさんは柔らかく笑った。


 朗らかで暖かみのあるそれに安心感をおぼえる。とてもあの陰険隈男の親友とは思えない。


 そんなことを考えながら、少し前を歩いていくペンギンさんのあとを追った。





 ペンギンさんに連れられてきたお店は、おしゃれでかわいらしいフランス料理のお店だった。


「さすがペンギンさんですね! 素敵なお店!」

「ははっ、おだててもなにも出ないぞ」


 ペンギンさんの見立てで何品か注文をお願いした。


 ローといいペンギンさんといい、スマートだな。ほんと。


「キャプテンとは最近会ってるのか?」


 ペンギンさんのいう「キャプテン」とは、ローのことだ。ペンギンさんがローを名前で呼んでいるのを見たことがない。なぜかはわからない。


「最近は特に忙しいみたいで……連絡もないです」


 ローはいつも忙しいけど、そんな時でも何かしら連絡はくれていた。


一度、「忙しいときは無理して連絡しなくていいんだよ」と言ったことがあったが、「おれから連絡ねェとおまえ拗ねんだろうが」と言われた。


 ローが忙しいのに拗ねるなんて、そんなつもりはまったくないけど……もしかしたら、会えなくて寂しいと思ってるのが、そう見えてしまってるのかもしれない。


「寂しいのか?」

「……へ?」

「キャプテンから連絡がなくて」

「い、いやっ、まさか! だ、大丈夫です……」

「……そうか」

「……」


 いつも思うけど、ペンギンさんには気持ちがバレてる気がする。なんか……見透かされてるというか。


 ちょっとロビンに似てるんだよな。


「おまえから連絡してみたらどうだ?」

「ははっ……忙しそうですし、いいんです。特に用もないですしね」


 それが幼なじみの辛いところだ。これが恋人なら、用がなくても会いに行けたりするんだけど。


 ……でもローの場合、例え恋人にでも、用がないのに来るなとか言いそう。


「……そうか。おまえも大変だな」

「へ? あ、いえ。そんなことは……」


 ペンギンさんの、この目に弱い。なんだか、裸を見られてるような気持ちになる。


 気まずくなって、私は深く俯いた。


 それからたわいもない会話をして、あっという間に楽しい時間は過ぎていった。





「ほんとにごちそうさまでした、ペンギンさん」


 そう言って、深く頭を下げる。


 ペンギンさんは、私の誕生日が先週だったことを覚えてくれていたらしく、お祝いとのことでごちそうしてくれた。


 でもたぶんペンギンさんのことだから、誕生日じゃなくても何か理由をつけてそうしてくれただろう。


「キャプテンじゃなくて悪いがな」

「いえ、ローとではあんな穏やかな時間は過ごせません。とても楽しかったです」


 ありがとうございます、と笑うと、ペンギンさんもそれに応えてくれる。


 うーん……ジェントルマン。


「あ、***。悪いがこれを頼む」

「え?」


 そう言って、A4の封筒を手渡された。


「? なんですか? これ……」

「明日までに、キャプテンに渡してほしいんだ」

「ええっ? ロ、ローにですかっ?」

「あァ、ほんとは今日行こうと思ってたんだがな。腹を空かせてフラフラ歩いていた女を見つけて、放っておけなくてな」

「ペっ、ペンギンさ」

「悪いが、任せたぞ」

「えっ、あっ、ちょっ、ちょっと待ってくださっ……!」


 わたわたしている間に、ペンギンさんはその長い足でスタスタと遠ざかっていった。


 ペンギンさんが明日行けばよろしいのではとか思ったが、突然そんなことを言い出したペンギンさんの真意がなんとなくわかったので、あえて言わなかった。


 ……ローに会う口実を作ってくれたんだな、多分。


 やっぱり、ペンギンさんには見透かされてる気がする。


 それにしても……どうしよう。


 いや、もちろんローに会えること自体はすごくうれしい。うれしいんだけど……。


 実は、私からローに連絡したことがあまりない。お医者さんという仕事柄、いつ起きているか眠っているかわからないし、何より忙しい人だから邪魔になりたくなくて。会う時はいつも、ローからの呼び出しだった。


 バッグの中から携帯電話を取り出した。


 その名前を表示すると、なぜか胸がきゅっとなる。


 発信ボタンに指をかける。


 ううっ、どうしよう。緊張してきた。


 ……ええいっ!


 思い切って発信ボタンを押す。


 プップップッ、とコール前の音が聞こえてきた。


 ほんとに緊張してる、私。足がなんかガクガクしてる。


 そして、コール音が鳴った。


「……」


 ……出ないな。


 しばらく粘ってみたが、ローは出なかった。


 終話ボタンを押す。


 やっぱり忙しいんだな。……っていうか、どうしよ。明日までにとか言ってたよね、確か。


 仕方がないので、メールを入れておくことにした。


『お疲れ様です。明日までに渡さなければならないものがあります。渡すだけなので少しの時間で大丈夫です。連絡下さい』


 ……なぜ敬語。ま、まあ、いっか。


 送信ボタンを押した。


 送信しましたの表示を確認してから、スマートフォンをバッグにしまった。


 今日の今日……は、無理だろうな。帰るか。


 ……明日、会える。


 仕事の疲れもどこへやら、ふわふわした足取りで帰路についた。


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