04

『今日家来い』


 ……きょうけらい?


 あ、いえこい、か。


 昼食のサンドイッチをくわえようと、口を開けた瞬間にメールを受信した。


 お腹空いた。サンドイッチ食べてから返――。


 ……だめだ。この前一分以内に返せって言われてた……!


 サンドイッチを慌てて袋に戻して、スマートフォンを手にする。


『何時頃行けばいい?』


 よかった。四十秒くらいだったと思う。


 安心して、サンドイッチを袋から出す。


 いーただーきま


 ブブブっ。


 返信早っ!


 力いっぱい突っ込んでしまった。もちろん、心の中で。


 お医者さんって暇なのか。


『終わったらさっさと来い』

『いいけどロー家にいるの?』

『いなかったら待ってろ』

『じゃあローが家に着いたら向かいます』

『俺を待たせる気か ふざけるな お前が待ってろ』

『でも私外で待つんだよ。怖いよ。襲われたらどうするの』

『自分の色気のなさ分かってないのか 無駄な心配すんな』

『じゃあ行かない』


 ……。


 ……。


『分かりました。待ってます。ごめんなさい』

『分かればいい』


 負けた。勝てるとは思ってなかったけど。不毛な戦いを挑んでしまった。


 結局、サンドイッチは食べられなかった。





 ピンポーン。


 軽快な音が響く。珍しく定時で上がれたため、少し早く着いてしまった。


 まだいないかもな……。どこか座れそうなところを探そう。


 そう思って、引き返そうとした時だった。


『……入れ』


 鳴らしたインターフォンから、不機嫌な声が聞こえた。


 聞こえもしないだろうが、思わず「はい」と返事をした。


 ロビーの自動ドアが開く。いつ来てもすごいマンションだ。私なんて安アパートなのに。


 掃除の行き届いている綺麗な床を、遠慮がちに歩いていった。





「おれを待たせるなんて、いい度胸だな」

「こ、これでもいつもより早かったんだけど」

「でもおれより遅ェじゃねェか。おれに合わせて仕事終わらせろよ」

「そ、そんな殺生な」


 とりあえずいつものやりとりを一通り終わらせて、部屋に入った。


 相変わらず殺風景な部屋だ。生活感がまるでない。


 その中で壁一面に置かれた大きな本棚と、それを埋め尽くすたくさんの洋書が異彩を放っている。


「***、こっち来い」


 本棚に気をとられていると、ふと声を掛けられた。


 声のした部屋へ入って、思わず絶句した。


「な……なにこれ」

「本」


 見れば分かる。バカにするにも程がある。


 私が言ってるのは、その光景のことだ。


 ぽつんと置かれたソファの周りに、大量の本が無造作に置かれていた。


「いちいち片付けに行くのが面倒でな。気付いたらこうなってた」

「き、気付いたらって……そんなレベルの量じゃないよね。ここまでなったら嫌でも気付くよね。見て見ぬふりしたんでしょ。そうなんでしょ」


 ……嫌な予感がする。


 まさか私を呼んだのって……!


「ロ、ロー。私そういえば今日急用が」

「そうか。この前のCDは気に入らなかったか。じゃあ他のやつに高値で売りつけるとしよう」

「ありがたく片付けさせて頂きます」


 深々と頭を下げると、ローは満足そうに口の端を上げた。


 そのカオを見て、私は深い深いため息をついた。


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