03
「何があったのかしら?」
「え?」
「なんだかうれしそう」
休日の昼下がり。考古学者の親友とランチに出掛けた。
「聞いてロビン! ローがね、ほしかった限定版のあのCD、手にいれてくれたんだ! もうあきらめてたからうれしくて!」
「フフッ、そう。それは良かったわね」
柔らかくほほえんで、ロビンは黒く艶やかな髪を耳にかけた。
それだけの仕草だが、ロビンが行うと妖艶に見えるのは私だけだろうか。
ロビンに目を奪われたウェイターが派手に水を溢しているのを見ると、どうやら私だけではないらしい。あのウェイターで、もう十八人目の犠牲者だ。
「***? どうしたの?」
い、いけない。私まで見とれてしまった。
「幼なじみの外科医さんとはうまくいっているみたいね」
「……! ごほっ」
むせてしまった。いい年して恥ずかしい。
「う、うまくってっ、ごほっ、ローとはそういうんじゃ、ごほっ、なくてっ、お、幼なじみだから仲が良いだっ、ごほごほっ、だけで……」
むせすぎだ。マンガみたいだ。ここまで見事だと嘘くさい。
「フフッ、そうだったわね。ごめんなさい」
そう言って彼女は、綺麗にアイロンのかかったハンカチを差し出してくれた。
「それに……」
「え?」
「またできたみたい。新しい恋人」
「あら……そう」
「……うん」
この話題になると、トーンは自ずと下がってしまう。ロビンには本当にいつも申し訳ない。
「大丈夫。いつものことだから」
努めて明るく振る舞ってみるが、目の前の綺麗なカオは曇ったままだ。
「……外科医さんはきっとあなたを大切に想っているわ」
「……うん。ありがとう、ロビン」
そうだ。私には、それで十分。
私がローのことを唯一無二だと思っているように、ローも私のことを唯一無二だと思ってくれているはずなのだ。
ローのひねくれた性格上口に出して言われたことは一度もないが、行動や言葉の端々にそれを感じることがある。
それを感じるたびに、私はしあわせな気持ちになれる。
例えそれが、私の望むような愛情ではなくても。
「ごめんね、ロビン。いつもありがとう」
「いいのよ。気にしないで」
ロビンはいつも嫌なカオひとつせず私の話を聞いてくれる。
ローに抱いているこの気持ちを、ロビンにはっきり伝えたわけではないが、きっとすべてお見通しだ。
そんなロビンに、私はいつも救われている。
*
仕事の合間にきてくれていたロビンと別れ、家とは反対方向へ歩きだした。
ローの働いている病院の前を通って帰ろう。ちょっと遠回りだけど、もしかしたら運良く見かけられるかもしれない。
万が一ばったり出くわしてしまっても、街の中心であるこの場所だったらいくらでも言い訳できる。
まァなんて言い訳しても『おれに会いたかったんだろ』なんて軽口叩いて、あの意地悪いカオで笑うんだろうな。
想像したら自然とカオがにやける。
い、いけない。ここは街中。しかも私は今一人。怪しすぎる。
緩んだ頬に緊張感を持たせて、ふとカオを上げた時だった。
「……あ」
……ローだ。
病院から少し離れたところを、数人の男女と一緒に歩いていた。
仕事帰りっぽいな。夜勤だったのかな。
ローの周りにいる女の人たちはみんな美人で華やかだけど、その中でも一際目を引く綺麗な人の細い腕がローの腕に絡んでいる。
おそらく、あの子がローの新しい恋人だろう。
どこかで見たことあるなと思ったら、大手企業の社長さんの一人娘だった。テレビや雑誌で見かけたことがある。
そんなすごい人と付き合ってるなんて……すごいな、ローは。さすがは自慢の幼なじみだ。
……帰ろう。ローのカオも見られたし。
軽いストーカー行為を終え、私はもときた道を戻っていった。[ 3/70 ][*prev] [next#]
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