02

 まずい……! 五分の遅刻だ!


 あの不機嫌極まりないカオを思い浮かべれば、自然と足取りも重くなる。


 いいかな。帰っちゃってもいいかな。いやしかしその方が後が怖い。いやでも……。


 葛藤を駆け巡らせながらも、足は迷いなく目的地へ向かっていた。





 店の中へ入り、いつもなんとなく座る席へ向かう。


 見慣れた不機嫌なカオが目に入った。


 ……やっぱり帰れば良かった。


「……遅ェ」


 最初のその間が怖い。威圧感が半端ない。


「お、おまたせいたしました。ごめんなさい」


 とりあえず頭を丁寧に下げてみた。


 謝るに限る。それに尽きる。


「……座れ」

「ハイ」


 素直に従う。それに尽きる。


「……なんで遅れた」

「し、仕事がですね。片付かなくて、ですね……」

「そうかそうか。おれはおまえが無能なばかりに待たされたのか」

「ち、ちょっと今日は忙しくて……で、でも一つ言わせてもらえば、ローももう少し早く連絡くれれば……せ、せめて前の日とか」

「……」

「あ、うそですごめんなさい」


 隈の刻まれた鋭い眼でぎろりと睨まれれば、そう答える外ない。


「……何にする」

「……え」

「なんだよ」

「あ、い、いや。じゃあ……ウーロンハイを」


 お説教は終わりらしい。どうしたことか。いつもならこの倍はネチネチ攻められる。


 ……なんかいいことでもあったのかな。


「もしかしてロー……あ、新しい恋人でもできたの?」

「あァ? それがどうした。……それよりおまえ、昼前のメールに五分以内で返事をしたのは正解だったな」


 あと一分遅かったら、もう三十分説教を延ばすつもりだった。


 そうにやりと笑って、目の前の陰険な男は酒を煽った。


 あの時の私の迅速な判断に今日は乾杯だ。


「ローってそういえば、なんで前の恋人と別れたんだっけ」


 すごくかわいらしい子だった。街でたまたま会った時挨拶したけど、感じも良くて、スタイルも良い……確かモデルさんじゃなかったっけ。


「あァ……他の女とヤってるとこ見られた。そのまま引き返しゃいいのに乗りこんできて喚きやがるから」


 聞けば、行為を中断されたのが気に食わなかったらしい。その場で別れてさっさと追い返し、続きを始めたという。


 ……分からない。私には、この人の思考がまったく理解できない。


「そっか。可哀想に」

「まったくだ」


 あんたじゃない。


 そうツッコミたかったが、怖くて止めた。


「おまえはどうなんだよ」

「え?」

「男、できたのかよ」

「……」


 ローとは週一くらいのペースで会っている。そういつも同じことを訊かないでほしい。人間そう簡単に環境は変わらない。


「おまえいい加減にしろよ。選べる立場か。高望みしてんじゃねェよ。カオもスタイルも大したことねェんだから」


 な、なんて失礼なんだろう。


 何度言われても、初めて言われた時のように新鮮に腹が立つ。


「べ、別に選んでないもん。好きになれる人がいないだけだもん」

「それを選んでるっていうんだよ」

「え、選ぶも何も男の人に付き合って下さいとか言われないもん。選びようがないもん」

「言ってて空しくねェか、それ。それにさっきからもんもんもんもん言い過ぎなんだよ気色悪ィ」


 わ、悪かったね。どうせローみたいに、選び放題じゃないよ私は。


 ふと店内を見回せば女性客や、店員まで頬を染めてこちらをちらちら伺っている。ローを見ているのだ。


 整ったカオ立ち。すらりと伸びた長い足。嫌味のない色気。漂う品格。


 そこらの芸能人やモデルよりも、人を惹き付けるオーラがある。


 そんな華やかなローとは真逆のベクトルを向いている私にとって、幼なじみでもなければ一生付き合うことのない人種だ。


 でも声を大にして言いたい。口と性格は悪い。


「少しでもいいと思ったらとりあえずヤってみろ。おまえは頭で考えすぎなんだよ。本能に従え」

「ロ、ローは本能に従いすぎだと思うよ。理性って大事だよ」


 まったくの正反対。考え方も、価値観もまるで違う。


 それでも、ローと私はなぜかずっと一緒にいる。居心地が良い。私にとっては唯一無二の、何でも話せる男友達だ。


 ああでもないこうでもないぎろりごめんなさいを散々繰り返して、ローとの時間は今日も穏やかに過ぎていった。





「じゃあね、ロー」

「あァ……あ、***」

「え? おわっ……!」


 振り向いた瞬間に、目の前に何かが降ってきた。


 見事に落とした。


「どんくせェな」


 ふつう投げるにしても、相手が振り向いてからだと思う。タイミングがおかしい。もっと言わせてもらえば手渡してほしい。


「な、なにこれ……あっ!」


 中身を見てみれば、私がほしがっていた大好きなアーティストの限定版CDだった。


 人気過ぎて予約に間に合わず、泣く泣くあきらめたのだ。確かもう販売していない。


「……たまたま行った店にあった」


 そんなはずない。血眼になって探した私が言うんだから間違いない。


 それに、私がこのことをローに話した記憶がない。おそらく、なんかの会話の合間に少し話した程度だろう。


 ……そうだった。ローって、こういう人だった。


「三倍にして返せ。あと次のメールは一分以内に返せ」

「う、うん! ありがとう、ロー!」


 笑ってそう返せば、答えるように後ろ手にひらひらと手を振って、ローは去っていった。


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