トラファルガー・ローの憂鬱-10.06.2013-3/3
引きずられるがまま連れてこられた先は、ローにとっては縁もゆかりもない教室だった。
「あァ?…家庭科室?」
「よかった…!間に合った…!ロー入って入って!」
早く早くと子どものようにせがむ***に眉をひそめながら、ローは言われるがままその中へ足を進めた。
「こっ、ここにちょっと座って待ってて?」
「…あァ。」
ローがそう答えて渋々椅子に座ったのを見届けると、***はいそいそと奥の方へ小走りしていった。
…なんだ?
訝しげなローをよそに、***の足どりは弾むように軽い。
しばらくすると、***が小さな箱を持って戻ってきた。
そして、
「ロー、お誕生日おめでとう!」
その言葉と共にローの目の前に現れたのは…
「…ケーキ。」
「えへへ、こ、今年は初手作りです!」
「…………………。」
「あっ、甘いのキライなのは知ってるから大丈夫だよ!あんまりお砂糖いれてないの!」
「…………………。」
「……………や、やっぱりいやだった…?」
ケーキを見つめたまま微動だにしないローに、***は不安げにそう尋ねた。
「…忘れてんのかと思った。」
「へ?」
「おまえ、なにも言いに来ねェから。」
「えっ、ええっ…!まさか!忘れるわけないよ!き、今日はケーキ作り失敗しないようにって朝からそればっかり考えちゃってっ、それで…!」
ローは一緒に置かれたフォークを手にすると、綺麗に飾り付けられたそれにそっと沈めた。
掬ったケーキを口に運ぶと、***のハラハラした視線が突き刺さる。
「ど、どうかな…?」
「…………………。」
「…や、やっぱりおいしくない?」
「……………まァまァ。」
「え?」
「だから、悪くねェよ。」
「…!!ほっ、ほんと?」
「あァ。」
「よかったー…!」
安堵したようにとなりの椅子にへなへなと崩れおちた***に、今日初めて、ローは小さく笑った。
「どこかで習ったのかよ。」
「え?」
「これ。おまえみてェな素人がここまで一人でやれねェだろ。」
現れたケーキは、ところどころ歪なところはあるが、店頭に置かれていてもおかしくない出来映えだった。
ローがそう問うと、***は思いもよらぬことを口にした。
「あァ!じつはね、うちのクラスの担任の先生に教えてもらったの!」
その言葉に、ローの動きがピタリと止まる。
「…………………あ?」
「あ、ローは知らないかな。うちの担任の先生ね、最近赴任してきたんだけど、お菓子作りの大会で優勝したことあるんだって!」
「…………………。」
「生徒全員にプチケーキ作ってきてくれたことあったんだけど、それがすっごくおいしくて!」
「…………………。」
「あんなにおいしいお菓子食べたの初めてだったから、教えてくださいって思いきって頼んでみたんだ!」
「…………………。」
「こ、今年はローに手作り食べてもらいたいなって思ってたからさ。えへへ…」
照れたように笑った***を唖然とみつめながら、ローは考えた。
『おねがいします…!(ケーキ作りに)付き合ってください…!こんなに(お菓子に)心を奪われたのは初めてなんです…!』
「……………そういうことか…」
「あ、そ、そんなに感激してくれた?」
ガックリと脱力したローに、***はへらりと笑いかけた。
「…………………あァ。」
「…!!そっ、そっか!頑張ってよかった!あっ!私もちょっと頂こうかな!」
「ククッ、結局おまえも食うのかよ。」
「あ、味見する暇なくてさ。へへ…」
眉を下げて笑いながら、***は包丁を握ってケーキを切り分けた。
「…ないよ。」
「…あァ?なにが。」
突然、そんなことを言い出した***に、ローは眉を寄せてそう尋ねた。
「あ、だ、だからね、その…」
「?」
なぜかそう口ごもったあと、***は照れくさそうに言った。
「ローより大切なものなんて、私にはないよ。」
「…………………。」
「…………………。」
「…………………。」
「あっ、な、なんか大きく取りすぎちゃった!ローの誕生日ケーキなのにね!へへ…」
汗をだらだらとかいた真っ赤な頬にそっと手を伸ばすと、ローは***の頬をつまんだ。
「ケーキの苺より真っ赤だな。」
「ほ、ほー…!ひょっ、いひゃいいひゃい…!」
「ククッ、何言ってるかわかんねェよ。」
ますます真っ赤になっていく***を見て、ローは声をあげて笑った。
「んなこと、知ってる。」
「へ?」
頬をさすりながら、***はすっとんきょうな声を上げた。
「でも、おれ以外の前でもうあんなカオすんなよ。」
「あ、あんなカオ?あんなカオってなに?」
「…なんでもねェよ。」
「?」
不思議そうに首を傾げた***を尻目に、ローはケーキを頬張った。
それでもいつか、
***だって、恋をする。
自分から、離れていく時が来るのかもしれない。
ふと、***から知らない匂いが香ってきて、ローはなぜか落ち着かない気持ちになった。
18の誕生日だった。
トラファルガー・ローの憂鬱
あれ、あれっ!?なんかしょっぱい!!
おまえ、砂糖と塩間違えてる。
えええええっ!?
(…まァ、当分そんな心配いらねェか。)[ 66/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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