トラファルガー・ローの憂鬱-10.06.2013-2/3

「キャプテン…!***姐さん見つけました!図書室にいるみたいっす!」


騒々しくやってきたその報告に、ローは瞑っていた目をゆっくりと開けた。


「……………一人か?」

「え?いや、なんか先公と一緒でしたね。なにやら向かい合って二人で楽しそうに会話を、」

「もういい。それ以上言うな。」

「はっ、はい…!!すみません…!!」


ただならぬローの雰囲気に気圧されて、男はむぐっと口を真一文字に結んだ。


「あとはいい。行け。」

「はっ、はい…!!失礼します…!!」


転がるように男が教室を出ていくと、ローはゆっくりと立ち上がった。


―…‥


オレンジの光が漏れ始めているその戸に、ローは手をかけた。


耳をすませば、ひそひそと秘めごとのような会話が聞こえてくる。


そのひとつの声に聞き覚えがあって、ローはその方へ向かって歩みだした。


本棚の影から見えたその光景に、ローは足を止めた。


「あっ…!みつけた…!キャプテーン!」


図書室ということもあって、シャチは幾分か声量を抑えてそう呼びかけた。


「早まっちゃダメです…!おれたち死体の処理はさすがにちょっとっ、……………あれ?キャプテン?」


ある一点を見つめたまま身動きひとつとらないローに、シャチは首を傾げた。


その視線を先を追うと…


「あ、……………***と先公…」

「…………………。」

「……………声、かけないんすか…?」

「…………………。」


シャチのその問いかけには答えず、ローはその身をくるりと翻した。


そしてそのまま、図書館を出ていった。


入れ違いで入ってきたペンギンが、そんなローの様子に声をかけられないままその背中を見送る。


「こ、今度はなんだ…?」

「そ、それがよ、あの二人になにもせずに出ていったんだぜ、キャプテン…」


それを聞くと、ペンギンは『あの二人』に目をやった。


向かい合って座りながら、楽しげに視線を交わす二人。


***の頬はほんのりピンクで、カオは緩みきっている。


しあわせな恋をしている。


そんな表情だった。


「……………ショック、だったのかな。」

「……………あァ、だろうな。」

「……………追いかけた方いいかな。」

「……………そっとしておこう。」

「……………そうだな。」


そう言葉を交わすと、ペンギンとシャチはすごすごと図書室をあとにした。


―…‥


「ローくん、機嫌悪いでしょう?」


女のその言葉に、ローは思いきり眉をしかめた。


「あァ?」

「やっぱり。機嫌が悪いとセックスに表れる癖、やめてくれない?ああ、こんなところにもアザが…」


困ったように左手首をさすっている女を尻目に、ローは乱れていたシャツを直した。


「…なにかあった?」

「…………………。」

「昨日ここに来てからよね?私なにかいけないこと言ったかしら。」


女にそう言われて、ローの脳裏には昨日見た光景がよみがえってきた。


「……………おれ以外の前でも、あんなカオするんだな…」

「え?なにか言った?」

「……………なんでもねェ。もう行く。」


そう言って立ち去ろうとしたとき、「ちょっと待って。」と呼び止められた。


「なんだ。」

「はい、これ。お誕生日おめでとう。」

「…あ?」


握らされたリボン付きの小さな箱とその言葉で、ローは壁にかけられたカレンダーに目をやった。


「……………あァ、そういや今日だな。」

「年下にプレゼント買うなんて初めて。お気に召さなかったら捨てて?」

「…多分捨てる。」

「ふふっ、でしょうね。…ほんとかわいくない子。」


少しだけ寂しげに笑って、女はローの唇にキスをした。


「せっかくの誕生日なんだから、元気だして?」

「…べつに誕生日なんか特別じゃねェ。」

「あら、元気がないことは否定しないのね?」

「…………………。」


ローは小さく舌打ちをすると、保健室を出た。


―…‥


校内を歩きながら、ローはふと感じた違和感について考えていた。


……………そうか。


『誕生日おめでとう!ロー!』


***にまだ言われてねェのか。


いつもなら、息切らしながら校内中探し回って言いに来るのに。


……………忘れてんのかもな。


それほど、


あの男に夢中、


「…………………。」


ローはピタリと足を止めると、来た道を足早に戻っていった。


―…‥


スパーン!!


昨日よりさらに大きな音をたてて開かれた戸に、昨日と同じようにたくさんの目が向けられる。


騒ぎ立てる女生徒たちの声には耳も貸さず、ローは***を探した。


「***の幼なじみさん?***ならいないわよ?」


***の友人が、優雅に頬杖をつきながらローに向けてそう告げた。


「…どこ行った。」

「どこを探しに行ったのかしらね。」

「あァ?」

「***、あなたを探しに、」

「あっ…!いた…!ロー!」


突然、左横からそう呼びかけられて振り向くと、そこには息を切らした***がいた。


「よかった…!どこ行ってたの?あっちこっち探し回って学校中マラソンしちゃっ、」

「昨日、本屋に行って少女漫画を読んだ。」

「へ?ほ、本屋さん?そ、そうだったん、…ええっ!?し、少女漫画!?ローが!?」

「なかでも教師と生徒の恋愛を取り上げてる漫画は、全体の1/3を占めていた。」

「あ、そ、そうなの?意外と多、」

「あァ、多い。これほどとはな。それほど需要があるってことだ。」

「…ロ、ロー?あの、」

「わかるか?つまり、それほど多くの女がその関係性に憧れるってことだ。」

「い、いつもに増して話がみえないんだけど…」

「つまり、」


ローが***の両肩に手を置くと、***の頬にはほわりと赤みがさした。


「おまえのそれも、ただの幻想にすぎねェってことだ。」

「へ?わ、私のそれ?それってなに、」

「おれの言うことが今まで間違ってたことあったか?ねェだろ。わかったらさっさとあの男とは別れ、」

「ああっ…!大変!もうこんな時間!」

「…あ?」

「とっ、とりあえずその話あとにしてもらって、ちょっとだけこっちに来て…!」


あわあわと慌て出した***が、ローの手をむんずと掴んだ。


「おい、話はまだ終わってね、」

「いいからいいから!早く早く!」

「…!おい、」


ローの制止も聞かず、***はそのままローの手を引いて教室を離れて行った。


―…‥


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