幼なじみの純情 -Kuzan-

ある夏の日の夜。


茶の間でとうもろこしを食べてたら、「おおい」と声がした。


声のした庭のほうへ振り向くと、見なれたもじゃもじゃ頭が目にはいる。


私はとうもろこしを咥えたまま、縁側まで出向いて行った。


「あら、おかえり。どしたの。」

「花火、やんない。」

「はい?」

「さっき、スーパーで買いものしてたら安売りしてた。」


そう言って、クザンはがさりとスーパーの袋を上に持ち上げた。


「あ、いいよ。今年まだやってない。」

「んじゃ、ちょっくらおじゃましますよっと。」

「ちょっと。そこ入口じゃないんだけど。子どもの頃から何回言えばわかるの。」

「まァまァ、いいじゃないの。」


家をぐるりと取り囲んでいる生垣に、一か所だけ子どもの背丈ほどの穴があいている。


この男のしわざだ。


「あ、バケツとお水用意しなきゃ。」

「さっきよォ、」

「うん。」

「スーパーでよォ、」

「うん。」

「コロッケ買ったのよ。」

「うん。」

「あのおばちゃん、いなかった。」

「…あァ。」

「いっつもいただろ?ほら、コロッケのおばちゃん。」

「…亡くなったんだよ。」

「…………………。」

「クザンが放浪中に。」

「…あら、そう。」

「うん。」

「…………………。」

「…………………。」


クザンはそのまま黙りこむと、花火の袋から線香花火を取り出した。


「ちょっと。フツー線香花火って大トリじゃない?」

「んー、まァ、そうなんだけどよ。」

「…今やりたいんだね。」

「うん、まァ、そうね。」

「あいかわらず自由だね。」


そう呆れたように言えば、厚ぼったい唇のはしを上げてクザンは笑った。


「…いつ帰ってきたの?」

「んー?いつだったかねェ。」

「…なにしてたの。」

「んー?なんだったかねェ。」

「…………………。」


答える気はきっと、ないんだろう。


のらりくらりとかわされるのは、何も今に始まったことじゃない。


「おばちゃんさァ、」

「はい?」

「コロッケの。」

「あァ、うん。」

「なんで死んじゃったの。」

「いや、さァ。わかんないけど。病気じゃないかなァ。」

「あんなに元気だったじゃない。」

「元気だったねェ。」

「でしょ。」

「でも、亡くなる何ヶ月か前は、少し元気なかったよ。みるみる痩せてきちゃってね。」

「…知らねェなァ。」

「そりゃそうでしょ。だってクザン、何年ここにいなかったと思ってんの。」

「あァ、まァ。」

「何年も離れてれば、そりゃあいろいろ状況もかわるでしょ。」

「あァ、まァ、そうね。」


ぱちぱちぱち。


湿った空気に、花火の声と二人の沈黙だけが溶ける。


夏の、おわりかけの匂いがした。


「…いつまでいるの?」

「寂しいこと言うじゃないの。今来たばっかで。」

「いや、そうじゃなくて。」

「なによ。」

「どうせまた、どこか行くんでしょ?」

「んー?そんなこと言った?」

「…行かないの?」

「いや、まァ。」

「…行くんでしょ。」

「いや、まァ、うん。そうね。」

「だから、いつまでいるの。」

「うーん、まァ。また明日には。」

「明日?出るの?」

「…………………。」

「はっや。」

「…………………。」

「…へェ。あっ、」


オレンジの光が、みるみるうちに黒くなって、やがて地面にぽとりとおちた。


空が、ワントーン暗くなった。


「クザンの、長いね。それ。」

「あんま動かなきゃこれくらいは持つのよ。」

「なに。私がおちつきないって言うの?」

「なに。あると思ってたの。」

「…もういくつだと思ってるの。」

「本質はさほどかわらんでしょ。」

「…………………。」


涼しいカオして花火をみつめる横顔を、じとりとにらみあげた。


気配でわかったのか、クザンはおどけたように小さく肩をすくめた。


「…今度、クザンが帰ってきたら、」

「うん。」

「…二人で出迎えてあげる。」

「二人?」

「うん。未来のダンナ様と。」

「なに。結婚するの。」

「かもね。」

「相手いないでしょうが。」

「今はね。」

「できる予定あんの。」

「ないよ。今はね。でも、」

「うん。」

「さっきも言ったでしょ。」

「なに。」

「何年も離れてたら、状況もかわるって。」

「…………………。」

「…………………。」

「あァ、まァ、そうね。」


すると、徐々に光が弱くなっていって、ついにクザンのほうも炎が尽きておちた。


空は、真っ暗になった。


「ちがうの、やる?」

「あァ。いや、いいよ。おまえがやんなさいよ。」

「…飽きたんでしょ。」

「…………………。」

「ははっ、だと思った。」


バケツの水にやりおわった花火を放ると、私はすくりと立ち上がった。


「…んじゃ、まァ。気をつけて。」

「あァ。」

「子どもでもできてたら、幼なじみのよしみで抱かせてあげる。」

「そりゃどうも。」

「どういたしまして。」


私は、背を向けてサンダルを脱ぐと、縁側に上がった。


見おくらない。


だって、


こんなカオ、見せられないもの。


ぽたぽたぽた。古びた木の板に、涙が染みこんでいく。


もう、おわらせるつもりだった。


この夏と一緒に。この長かった片想いも。


帰ってくるかもわからない人を、ただただ、ただただ待ち侘びて。


待ち侘びすぎて、つかれ果ててしまった。


もう、明日からは、


待たなくていいんだね。


そう思えば思うほど、涙は止まらなくて、心もいたくて。


結局、やっぱり愛おしくて。


こうなったら、最期はあの憎ったらしいヤツの写真でも抱いて一人で死んでいくしかないのかなとか考えて。


もうなんだかやりきれなくて、私はそのまま膝をかかえて泣きじゃくってしまった。


「あのさァ、」


突然のその声に、びくり、肩が大きく揺れる。


なんてことだ、まだ行ってなかったのか。


どうしよう。見られた。どうしよう。なんて言い訳を。


そんなことにぐるぐると考えを巡らせていたら、背中に人の重みが伝わってきた。


私の背中に、大きな背中が重なっている。


冷たいんだろうなと思っていた体温は、暖かかった。


「おれァさ、こう見えても意外といちずなのよ。」

「…………………。」

「目移りとかないし。」

「…………………。」

「浮気も、…まァ、ボインな姉ちゃんにうっかり見とれるくらいはあるかもしれないけど、」

「…谷間にはさまれて死ね。」

「まァ、それも悪くないけど。でも、」

「…………………。」

「子どもと孫に看取られながら死んでいくのもいいなとか、思ってるわけよ。」

「…………………。」

「だからさ、」


大きな手が、頭の上に乗っかった。


「もう少し、待っててくんない。」

「っ、」

「未来のダンナの席、空けてさ。」


ぽんぽん、と、なだめるように手が頭の上ではねる。


クザンは、ずるい。


こうすると、私が泣きやむのを知ってるから。


背中から、体温が消えた。


ざくざくざくと、足音が遠ざかっていく。


やがて、自転車の漕ぎ出す音がして、私は慌てて振り向いた。


クザンのすがたは、もうない。


そのかわりに、生垣に一輪の花が挿してあった。


私はサンダルをはいて生垣まで近づくと、それを手にした。


幼い頃、私が好きだと言った花だった。


「…まァ、そこまで言うなら。待ってあげようかな。」


そう呟いたら、まぶたのうらでクザンが困ったように笑うもんだから。


余計に愛おしくなって、やっぱり声を上げて泣いた。


幼なじみの純情


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