すべては君の、思うがまま---機種 Ace---

おれは、携帯電話だ。


持ち主が快適な生活を送れるよう、時に厳しく、たまに甘やかしてやりながら、日常生活を管理してやる。


おれの持ち主はどっか抜けてっから、おれがしっかり見守ってやんなきゃならねェんだ。


まったく、手の掛かる女だぜ。


でも、意地悪を言った後のあのいたずらっ子みたいに笑うカオが、なんともかわ、


い、いや、憎たらしい。


とにかく、そんな女に買われちまったおれは、兄貴さながら面倒を見てやらなきゃならねェ。


ったく、しかたねェな。


おれがいなきゃなんもできねェんだからよ!


あ、そうそう。


おれの持ち主はどんなヤツかと言うと…


エースは、くうくうと寝息を立てているその持ち主を、ベッドの傍らにしゃがみながらジッと見つめていた。


***が目覚ましをかけた7時まで、あと10分。


早く7時になんねェかなー。


腹減ったー。


***ー。


この時間の、なんともどかしいこと。


7時も6時50分も大して変わんねェんだから起こしちまえばいいじゃねェかとも思うかもしれねェが、それはダメだ。


なぜなら、おれは携帯電話だから。


持ち主が設定した時刻に、忠実に従わなければならない。


ユラユラと落ち着きなく身体を左右に揺らしながら、エースは自分の中に機能する時計の針とにらめっこした。


5、4、3、2、い、


「***!7時だぞ!起きろ!」


ちょっとフライングだった。


ま、まァ許容範囲だろう。


そんな言い訳めいたことを考えながら、エースは***の身体をユサユサと揺さぶる。


「***!7時!」

「……………うー…」

「うーじゃねェよ、早く起きろって!」


布団の中でモソモソと身を捩る***がじれったい。


早く起きてほしい。


だって、今日は、


「おれと出掛ける約束だろ!早く用意して行くぞ!」


そう、今日は***とデートだ。


誰にも何にもジャマされることなく、一人と一機、ウィンドウショッピング。


エースは、もう何日も前からこの日を楽しみにしていた。


「うーん、……………あと10分スヌーズー…」

「ダメだ!今日はしねェ!」


キッパリと、携帯電話としては失格すぎる言葉を言いきると、***が枕にカオを押し付けてくぐもった声を出す。


「うー、おねがいエース…」

「ダメったらダメだ!」

「だって寝不足なんだもん…」

「夜中まで出歩いてるからだろうが。自業自得だろ。」

「付き合いってもんがあるんだよ、エース…」

「…………………。」

「おねがいエースー…」

「…………………。」


そう懇願しながら弱々しく眉を下げて、ウトウトと目を瞑る***。


確かに、***はここ最近忙しかった。


残業続きだったあげく、上司に付き合って居酒屋を何軒もはしごしたのが一昨日と昨日。


まともに1日ゆっくりできるのは、今日だけだった。


「…………………。」


エースは、眉間にぎゅっとしわを寄せて、ついでに口もヘの字に折り曲げた。


テンションと比例して総立ちだった電波が、1本減る。「……………エース?」


ぐるりと***に思いきり背を向けて、エースは呟くように言った。


「…………………いいよ、今日。」

「へ?」

「ゆっくり寝てろよ。久々の休みなんだから。」

「…………………。」

「おれ別に、……………出掛けなくてもいいし。」

「…………………。」

「楽しみになんて、……………してねェし。」


そんな言葉とは裏腹に、エースの唇はどんどん尖っていく。


……………いいんだ、別に。


こんなもんだ。


***がこうだと言ったことに、おれが逆らえるわけがねェ。


……………だっておれ、ただの携帯電話だし。


また1本、電波がなくなった。


***には、大切なもんがいっぱい。


仕事、上司との付き合い、友だちと飯、付き合い合コン、家族と旅行…


だけど、おれには***だけ。


***が他のもんに夢中になってるときだって、おれはいつも***を見てる。


***困ってないかな、おれ出番ないかな、いつ呼ばれてもいいようにって。


***がおれの存在を忘れてる時だって、ずっと。


おれには、***がすべて。


でも、***はそうじゃない。


携帯電話とその持ち主というだけの関係なんだから、当然だ。


だから、別に、これくらい…


1本、また1本と電波が減っていって、とうとう0になった。


……………もういい。


どうせおれなんて、


「今日天気いいね。」

「!」


てっきり眠っているんだろうと思っていた***から、突然そんな言葉を掛けられる。


「……………おう。」


そうだぞ、お出掛け日和だぞ。


あきらめきれない気持ちが、エースの胸をくすぐる。


***が起きていたのがうれしくて、電波が1本回復した。


「1日快晴だって、昨日お天気お姉さんが言ってたよね。」

「……………おう。」

「こんな爽やかな日に外に出たら気持ち良さそうだね。」

「……………お、おう。」


思わせ振りなその言葉たちに、エースの胸がドキドキと高鳴っていく。


ピョコピョコ。


立て続けにもう2本、電波が元気よく立ち上がった。


「ウィンドウショッピングだけじゃもったいないね、エース?」

「……………へ、」

「……………遊園地、行こっか!」

「…!!」


その思わぬ***の言葉に、エースは勢いよく***の方へ振り向いた。


すると***は、いつものいたずらっ子みたいなカオ。


…………………あァ…


そんなカオされたら、


おれ、もう、


「……………ねェ、エース、」

「…………………なんだよ。」

「今、電波何本?」


ニンマリ笑った***に、カオを真っ赤にしながら「う、うるせェ。」と小さく口にすれば、***は楽しそうに笑った。


すべてはの、思うがまま


(待ちぼうけ食らってる大きな身体がかわいくて、寝たフリしてた。…って言ったら、やっぱり怒るかな。)


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