---機種 Sanji---

「おはようございます、プリンセス。」

「う、ん……………あ、おはようサンジくん。」


目をこすりながらごにょごにょと小さく答えた。


「ほら、そろそろ用意しないと会社に遅れちまうぜ?」


いまだ頭が回っていない様子の私にクスクスと笑いながら、サンジくんは私の腕を優しく引いた。


「ありがとう、サンジくん。……………あ、なんかいい匂いがする。」

「朝食をお作り致しました、プリンセス。着替えと今日使う会議の資料も一ヶ所にまとめておきました。」


そう言ってうやうやしく頭を下げる。


「ほんと?いつも助かる!ありがとうね、サンジくん。」


そうお礼を言うと、いえいえプリンセスのためなら、と言ってふわりと笑った。


一見過保護な恋人にみえます「これ」は、機種サンジ。


私の携帯電話です。


細身でスタイリッシュな見た目も魅力的だったが、なんと言っても一番の魅力は他にはないコック機能。


サンジくんがうちにきてからというもの、我が家の食卓にはいつもおいしいお料理が並ぶようになった。


しかもどういうわけか材料代は以前よりもかかっていない。


サンジくんを選んでよかった。


心からそう思った。


……………のだが…


「あっ!そういえば昨日の夜メールきてたよね?」


サンジくんの淹れてくれたおいしいコーヒーに口をつけながらそう問い掛けた。


「あァ、あれかい?『来週水族館にでも行きませんか?』」

「そう!それそれ!昨日疲れて返せなかったから今返さないと!」


大切な取引先の男性からのお誘いだった。


下心のありそうなあのいやらしいカオを思い浮かべるとお断りしたいところだが、そういうわけにもいかない。


「えーっとまず『お世話になっております』でしょ、それから、」

「あァ、大丈夫だよプリンセス。」


サンジくんは朝食の用意を進めながら、私に背を向けて言った。


「へ?な、なにが、」


そう問うと、その身をくるりとこちらへ翻して、にっこりと笑う。


「おれが返しておいた。」

「……………はい?」

「メール。昨日の夜おれが返しておいたよ。」


そう言いながらおいしそうに焼かれたサンジくんお手製のパンと、おしゃれなお料理をテーブルにおく。


「……………か、返した?」

「あァ。」

「……………な、なんて?」

「『おまえなんかと行くかクソやろう。おとといきやがれ。』」

「…………………。」


……………怖いんですけど。


目が笑ってないんですけど、サンジくん。


「おれの大切なプリンセスをデートに誘うなんて百万年早いんだよ。………それとも、」


そう言うと、綺麗なカオを耳元に近づけてくる。


「まさか行くなんて言うつもりじゃねェよな?プリンセス。」


妙に威圧感のあるその問い掛けに、私は慌てて首を振った。


「そっか、ならよかった!じゃあ食べようか。」

「は、はーい…」


いつも紳士的なサンジくんだが、ことさら私に近づく男性には容赦ない。


先日、ナンパで言い寄ってきたしつこい男をボコボコにしたのも記憶に新しい。


受信したメールを勝手に消去する携帯電話もいるって聞いたことあるけど…


こっちのほうがよっぽど厄介だと思う。


「サ、サンジくん…」

「なんだい?」

「……………ううん、なんでもない。」


勝手にメールを送信したことを咎めようと思ったけど…


……………やっぱりいいや、今は。


せめて『クソやろう』は省いてほしいとあとで言っておこ、


「……………プリンセス、」

「な、なに?」


大きな手がふわりと頬に添えられる。


かすかに煙草の匂いがした。


「水族館なら、おれと一緒に行こう?」


だからそんな悲しいカオしないで?と、頭をなでられる。


……………そうじゃないんです、プリンス。


……………でも、


「……………うん、サンジくんとなら行きたいな。」


そう言うと、サンジくんは綺麗に笑った。


結局、これに弱い


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