---機種 Ace---

より小さく、よりコンパクトに。


メーカー各社が、そんなふうに競っていたのは、今は遠い昔の話。


現在技術は進歩に進歩を重ね、今や「それ」は街をねり歩き、人間との区別がつかなくなっている。


つい先日、持ち主と「それ」の世界初の結婚式が執り行われたというのだからおどろきだ。


これはそんな、少し先の未来のお話―…‥


「おーい。」

「…………………。」

「……………おーい。」

「…………………。」

「……………オイ、朝だぞ。」

「……………うー…」

「うーじゃねェよ。さっさと起きろ。会社おくれんぞ。」

「あと5分スヌーズにしてー…」

「何回目だよ。もういい加減起きろっ!!」


そう言って、彼はガバっと布団をめくりあげた。


「ちょっとー!!バカエース!!」

「バカはおまえだ。はいはい起きた起きた。」


私の腕を掴んでベッドから強引に引き剥がす。


一見面倒見のいい恋人にみえます「これ」は、機種 ポートガス・D・エース。


私の携帯電話です。


「エース、なんかメールとかきてる?」


朝ご飯を口に運びながら、充電中のエースに問い掛ける。


ちなみに昨日の夜中にも充電はした。


エースは恐ろしく燃費が悪い。


「……………なんもきてねェ。」

「……………ほんとは?」

「…………………。」

「エース。」

「……………着信3件。」


やっぱり。


エースの嘘ってすぐ分かる。


「誰から?」

「……………この前の飲み会でおまえにやたらちょっかい出してた男。3件ぜんぶそいつ。」

「ちょっかい?……………ああ、あの人か。」


飲み会にはもちろんエースも連れていく。


携帯電話だから。


それは私だけでなく、他の人も皆同じだ。


「おれ、あいつキライ。」

「だからってうそはダメでしょ。」


そう言うと、エースはますます口を尖らせた。


「……………かけ直すのかよ。」


こういうときのエースはいつもこう。


目をそらして、拗ねたカオをする。


それが、たまらなくかわいい。


「うーん、どうしよっかなー。悪い人じゃなかったしなー。一回くらいデートしてもいいかなー。」


その気もないのにそんなことを言えば、エースはもうこの上なく不機嫌になる。


うー…かわいい。


「……………お、おれ、かけねェからな。」

「……………いいもん、直接会いに行くから。あ、明日さっそく行ってこようかな!」

「…っ!!明日はっ…!!」

「ん?なに、エース。明日なんかあったっけ?」

「…………………別に。」


もう完全に機嫌をそこねたようだ。


身体ごとそっぽを向いている。

「ふふっ、エース。」

「……………なんだよ。」

「明日は、どこ行こっか?」

「!!」


エースの前に屈んで、大きな黒い瞳を覗く。


「忘れてないよ。明日はエースと初めて会った記念日だもんね。二人でお出掛けしよう?」


そう言うと、エースは太陽みたいに笑った。


ハマっているのは、わたしのほう。


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