縛ってほしいの、心ごと---機種 Pauly---

「***、朝だぞ。」

「……………ぐー…」

「……………オイ。朝。」

「うーん、……………もう食べられない…」

「…………………。」


ケーキの山に埋もれていたら、突然ガバッという音が聞こえてきて、いっきに現実へと引き戻された。


「ちょっ…!いきなりなにするの!せっかくいい夢見てたのにー!」

「やっと目ェ覚めたか。このねぼす、け、」


途端に尻すぼみになったパウリーの声に、私は首を傾げた。


「パウリー?どうし、」

「は、は、は、」

「歯?」


怪訝な表情でパウリーを見上げると、パウリーは首までカオを真っ赤にして噛みつくように叫んだ。


「なんつー格好してんだっ!!ハレンチなっ!!」

「…………………。」


そう言われて、私は自分の身体に目をやった。


ダボダボのTシャツに、くたびれた短パン。


………………………。


……………どこが?


「そんなにふとっ、…太ももを出すんじゃねェ!!このハレンチ娘!!」

「ええ…これもダメなのー?」

「当然だっ!!」


一見、口うるさい恋人に見えます『これ』は、機種パウリー。


私の携帯電話です。


見た目がドストライクにタイプだったため、迷うことなく契約。


が、


『ちょっと目を離すとギャンブルに走ります。』

『頻繁に「ハレンチ」と発狂します。』

『縄で縛るのが得意です。』


その取説を見るやいなや「よし!返品しよう!」とお店へ戻ろうとした私を、この男、


あ、いや、携帯電話は、私をお得意のお縄芸で縛りあげるという強行に出た。


そんなこんなで、私はこのろくでなしを絵に描いたような携帯電話とズルズル一緒にいる。


……………見た目だけはほんっとタイプなんだけどなー。


「…って、もの思いに耽ってる場合じゃなかった!!」


ハッと我に返ってベッドから転がり出れば、パウリーはキョトンと目を丸くした。


「?…おまえ今日休みだろ。ボケてんのか?」

「ボケてません。今日はねー、ぐふふふっ…!」

「…………………。」


あからさまに引き顔のパウリーをなんなくスルーして、私は意気揚々とクローゼットを開けた。


「おデートなのよ!お・デ・エ・ト!」

「おでえとだァ?」


しかめっ面をしたかと思うと、パウリーは何かを思い出したように、小さく「あァ、」と口にした。


「そういやなんかそういうやり取りしてたな、おまえ。」

「……………ほんとにパウリーは私に興味ないよねー。」

「あァ?」

「うちの会社の女の子のおっぱいには興味あるみたいだけど。」

「ごほっ…!!」


洋服を選びながらイヤミったらしくそう言えば、パウリーは吸っていた葉巻の煙で苦しそうにむせる。


「なっ、なんの話だよ!」

「またまたとぼけちゃって。このあいだの送迎会に来てたセクシーな女の子のおっぱいチラチラ見てたくせに。」

「なっ、みっ、見てねェよ!ハレンチだと思っておれはっ、」

「どうせあのスーパーボインな身体を縛りあげたいとか思ってたんでしょ。」

「変態かおれはっ!」

「あれ?ちがうの?」

「ぐっ…!」


悔しそうに言葉を詰まらせるパウリーを一瞥して、私はクローゼットから服を取り出した。


……………なにさなにさ。


私のことはあんないやらしい目で見たことないくせに。


ハレンチ娘ハレンチ娘って…


お兄ちゃんですか。


妹を心配するお兄ちゃん気取りですか、あなた。


……………くそう…


心のなかでぶつくさと文句を呟いていたら、しばらく黙っていたパウリーが「オイ、」とようやく口を開いた。


「なに?」

「……………なんだ、それ。」

「へ?」


パウリーがジィッと見つめている『それ』に、私も視線を落とす。


「なにって、……………服だけど。」

「…なんでこんな変なとこに穴開いてんだ。」

「あァ、これ?これねー、七分丈なんだけど、肩だけ出るようなデザインになってるの。」

「…………………。」

「変わったデザインでかわいいでしょ。」

「…………………。」

「さーて、シャワーシャ、…ぐえっ…!」


バスルームへ向かおうとしていた私の首根っこを、パウリーはでっかいゴツゴツした手で掴んだ。


「ちょっちょっちょっ…!なに?苦しい…!」

「……………ダメだ。」

「なんで!汗かいたからシャワー浴びた、」

「そうじゃねェよ。」


するとパウリーは、さっきの服を指差してこう続けた。


「その服、ダメだ。」

「え、…ええ?なんで?」

「…………………。」

「全然ハレンチじゃないじゃん!七分だよ?下もジーンズ履いてくし…」

「とにかくダメだ。」


そうキッパリと言い放つと、パウリーは私の手からその服を取り上げる。


「ちょっ、返してよ!」


ピョンピョンと蛙のようにはねてみても、身長の高いパウリーに敵うはずもない。


「もう!それのどこがハレンチなの!」

「いや、まァ、……………そんなにハレンチではない。」

「は?じゃあなんで…」


訝しげに眉を寄せた私を、パウリーはまっすぐな瞳で見つめた。


心臓が、トクンと乙女チックな音を立てる。


「こんなかわいい服着たおまえを、他の男に見せられるか。」

「……………は、」

「ちょっとだけ出してるのが逆にエロいんだよ。」

「…………………。」

「普通の長袖にしろ。ハレンチ度をゼロにしていけ。」

「…………………。」

「わかったな。」


そう言うと、パウリーは私の返答も聞かず、その服をクローゼットにしまった。


「も、……………もう!しょうがないなァ!」


緩みそうになる頬を抑えながら、私は再び洋服を選び始めた。


……………かわいいだって。


他の男に見せられるかだって…!


……………えへへへへ!


ニヤニヤしながら服を探っている私を、パウリーは首を傾げて見ている。


「パウリーって、意外とヤキモチ妬きなんだね!」

「あァ?」

「もしかして、私のこと好きなんじゃないの?」

「…………………。」

「なーんて…」

「…………………。」

「…………………。」


……………あら?


反応のなくなったことに疑問を感じて、洋服に向けていた目をパウリーに向けた。


すると、驚愕したようなカオのパウリーと目が合う。


「な、なにそのカオ。どうしたの。」

「おれは、……………おまえのことが好きなのか?」

「……………は?」

「…………………。」

「…………………。」


そのまま二人でしばらく見つめ合うと、同時に真っ赤になる私たちのカオ。


「なっ、なっ…!しっ、しらっ、知らないよそんなこと!自分で考えてよ!」

「お、おう!まァ、それもそうだな!」

「そ、そうだよ…」

「あ、あァ…」

「…………………。」

「…………………。」

「……………今日、」

「……………あァ。」

「……………デート、断ろうかな。」

「…………………。」


呟くようにそう口にすると、パウリーはとても小さな声で「おう、そうしろ。」と言った。


縛ってほしいの、ごと


ぎゃあああああっ!!パウリー!!虫!!お風呂におっきい虫がいるっ!!


おまっ…!!はだっ、裸で抱きつくんじゃねェ!!ハレンチな!!


いいから早くなんとかして!!


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