純情悪魔---機種 Kid---

「おい、起きろ。」

「うー……………あと5ふ、」

「消されてェか。」

「いま起きました。」


即座にそう答えてガバッと身体を起こすと、朝一番に拝むには心臓に悪すぎる凶悪な人相。


「毎朝毎朝、手間かけさせんじゃねェ。携帯電話のアラームなんぞに頼ってんじゃねェよ。」

「す、すみません。」

「明日の朝はてめェでなんとかしろ。おれの手を煩わせんな。」

「は、はい。わかりました。」


怖い。


怖すぎる。


一見、取り立て屋にでも見えます「これ」は、機種ユースタス・キッド。


私の携帯電話です。


見た目は『ザ・凶悪』、性格は粗暴、横暴、凶暴の見事な三拍子。


そんな機種だからか、いままでの持ち主はヤ○ザの組長やら姐さんやら高級クラブのNo.1ホステスやら…


ボディーガード的な要素でキッドを選ぶ人がほとんどだったらしい。


もっとも、『人に使われる』ことが大嫌いなキッドは、組長をボコボコにしたり姐さんを弄んだりホステスさんに貢がせたり…


……………とにかく、そんなとんでもない機種なのです。


間違ってもこんな平々凡々な私の元に来るような機種ではないのです。


そんなキッドがどうして私の元へいらっしゃったかと言いますと…


お目当ての機種、トニー・トニー・チョッパーを買いにお店へ行ったときのこと、運悪くキッドの足につまづいてしまい…


……………目をつけられました。


そんな不運すぎる私だけど、今日は一大決心してキッドに伝えようと思います。


よっ、よっ、よっ、よしっ…!!


今日こそ言う…!!


言ってやるんだ…!!


私はキッドにバレないように強く拳を握ると、おそるおそる口を開いた。


「あ、あのさ、キッド…」

「あ?」

「……………そ、そろそろこんな退屈な生活、イヤになってこない?」

「……………あァ?」


私のその問い掛けに、キッドは薄い眉をこれでもかというくらいに寄せた。


こっ、こわっ…


「だ、だからね、私ってほら!どこにでもいるようなごくごくフツーの女でしょ?」

「そうだな、これといって特徴ねェな。てめェは。」

「そう!そうなの!私ってばつまらない女なんだよね!」

「自分で言ってて空しくねェか、それ。」

「……………だっ、だからね、私じゃキッドを満足させられないだろうから……………だから、」

「……………なにが言いてェ。」


低く唸るようにそう言ってギロリと睨むキッドに、私はビクリと身体を揺らす。


おっ、怖じ気づくな***!


言え!言わなきゃ!


「だ、……………だから、そ、その、」

「…………………。」


キッドの視線が突き刺さる。


ドクドクと、心臓が大きく音を立てていて、冷や汗がこめかみから垂れた。


「だからねっ、わっ、私たちそろそろっ…!!……………あっ!!」


『お別れ(解約)しよう』


思い切ってそう告げようと、力強く振り返った途端…


テーブルに置いてあった花びんに手が当たってしまい、水が勢いよくキッドにビシャリとかかってしまった。


「!!」


ゴトリと音を立てて床に落ちる花びん。


キッドの綺麗に割れたお腹から足元まで、ボタボタと水が滴り落ちた。


「てんっ、めェ……………このクソアマ……………いい根性してんじゃねェか……………覚悟できてんだろうなァ?あァ!?」


キッドの額に、いくつもの青筋が浮かび上がる。


私はその姿を見て、サァっと血の気が引いた。


……………どうしよう…


どうしようっ…!!


「覚悟決めろ!このクソバカおん、」

「大丈夫!?キッド!!」

「…………………………あ?」


呆けたキッドをそのままに、私は慌ててキッドの身体をそこら辺にあった布巾で拭く。


「おっ、おいっ…てめっ、」

「ごめんね、ごめんねキッド…!!」


どうしよう…!!


……………キッドは水に弱いのに…!!


私は、キッドを購入した時に店員さんに言われた言葉を思い出していた。


『この機種は非常に水に弱い機種です。ちょっと濡れただけでもすぐに故障してしまいます。くれぐれも水分には充分に注意してくださいね。』


そう言われてたのに…!!


私は半ベソをかきながら、必死でキッドの身体を拭いた。


「キッド大丈夫!?どこか調子悪くない!?」

「お、おい、」

「どうしよう…!こんなに掛かっちゃってる…!」

「……………あのな、」

「っ、キッドにもしなんかあったら…!」

「…………………。」


…………………もし、


キッドが、壊れてしまって、


動かなくなってしまったら。


それを考えると、じわりと涙が浮かんで身体が震えた。


「っ、キッド…!すぐにお店行って、」

「……………必要ねェよ、そんなの。」

「ダメだよ…!壊れたらどうするの…!」

「こんなんで壊れるか、バカ。」

「でっ、でもっ、」

「…あーくそっ!!めんどくせェ!!」


キッドは突然そう叫ぶと、私の頭を乱暴に引き寄せた。


ドンっと音を立ててぶつかった先は、キッドの逞しい胸の中心。


そのまま耳に神経を集中させると、


規則正しくリズムを奏でる、ドクドクという脈の音。


「……………聞こえるか、バカ女。」

「……………聞こえます。」

「だから言っただろうが。いちいち大げさなんだよてめェは。」


この音が一定のリズムで聞こえるうちは、正常な証拠。


「……………よかったっ…!」


私は安堵の息を深く吐いた。


そして、そのままの体勢でキッドの腰にぎゅっとしがみつく。


……………ほんとによかった…


キッドが無事で、ほんとによかっ


………………………。


……………ん?


あ、あれ?


「……………キッド、」

「…………………なんだ。」


……………あれ、気のせいかな。


音が、なんか、


なんかっ…!


「はっ、速くなってない!?」


尋常じゃないくらいに速まっていくその鼓動に、私はまた大きな不安を覚えた。


「キッド…!やっぱりどこかっ、」

「うるせェ!!見んな!!」


そう怒鳴って、カオを上げようとした私の頭をぎゅうっと自分の胸に押しつける。


いっ、いだだだだ!


「ちょっ、キッ、いっ、いたいいたいっ…!」

「黙ってろ!!ぜってェカオ上げんじゃねェ!!ぶっコロスぞ!!」

「はい!黙りますいますぐに!」


ぎゃあああああ!


こっ、こわい!


私はジタバタとしていた身体の動きをピタリと止めた。


「…………………。」

「…………………。」

「……………あ、あの、キッド、」

「…なんだ。」

「ほんとに身体大丈夫?壊れない?」

「……………しつけェよ。」

「……………キッド、」

「あァ?」


……………キッドなんて、


すぐに怒鳴るし、怒るし、横暴だし、


チョッパーみたいにかわいげなんてまったくないけど、


……………それでも、


二人で出掛けてキッドとはぐれちゃったときには、汗だくになって私を探してくれたし、


仕事で嫌なことがあって泣いてしまったときは、泣き止むまでとなりにいてくれた。


自分でなんとかしろなんて言うくせに、結局次の日も起こしてくれて。


……………私は、そんなキッドが…


だから、私、


『こんなつまらない女、もうごめんだ』


キッドの方から、そう言われるのが怖くて。


いっそのこと私からって思ってたけど…


……………だけど、


私やっぱり…


「私、……………キッドとずっと一緒にいたい。」

「…………………。」

「……………あ、いや、あの、……………キ、キッドからしたら特徴もないつまんない女だろうけど、」

「…………………。」

「で、でも、あの、……………し、刺激のない生活もたまにはいいもんじゃないかなぁなんて…あははっ、」

「…………………。」

「…………………。」


ど、どうしよう。


……………まさかの無視。


まだ「ふざけたこと言ってんじゃねェよ、クソバカ女。」とか言われたほうがよかった…


……………ど、どうしよう。


泣きそう。


「なっ、なぁんて!ジョーダンジョー…………………ダン…」


ごまかそうと勢いよくカオを上げて、キッドを見上げた。


その様子を見て、思わず言葉を失う。


「…………………………キッド、」

「……………うるせェ。言うな。」

「カオ真っ赤、」

「言うなっつってんだろうが!!」


いつものように怒鳴ってはみても、首まで真っ赤になったそのカオでは、いつもの迫力はない。


…………………うそ、


キッド、もしかして、


もしかして…!


「照れて、」

「ねェ!!これはっ!!あれだ!!……………いっ、怒りだ!!てめェがふざけたことぬかしやがるから!!だからっ、」

「……………かわいい。」

「…あァ!?」


キッドが真っ赤なカオのまま、凄んでみせる。


「キッドかわいい。……………やっぱり、だいすき!」

「…!!」


純情悪魔


キッドって照れ屋さんだったんだね!知らなかった!


うるせェ!!てめェ!!さっさと離れろクソバカ女!!泣かすぞコラァ!!(くそっ…!この体勢刺激が強すぎる…!!)


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