君が笑えば、---機種 Sanji---

おれは、携帯電話だ。


持ち主が快適な生活を送れるよう、甘やかして甘やかしてこれでもかというほど甘やかして、日常生活を管理する。


おれにとって大切なのは、一に***ちゃん、二に***ちゃん、三だろうが四だろうがもう何がなんでも***ちゃんだ。


***ちゃんはかわいい。


天使のようにかわいい。


涙もろいところも、お腹が空くと少し不機嫌になるところも、ベッドに潜って5秒で眠れちゃうところも、すべて。


すべてがかわいい。


でも、一番かわいいのは、やっぱり、


「サンジくん!見て見て!トドがいる!でっかーい!」


そう子どものようにはしゃぎながらガラスに張り付く***を見て、サンジは頬を緩めた。


「***ちゃん、となり見てごらん。」

「へ?となり?」


サンジのそんな言葉に目を丸くしてから、***は自分の右斜め下を見た。


そこには、先程の自分と同じようにガラスに張り付いている幼稚園くらいの女の子。


「ククッ、精神年齢が一緒だな。」

「…………………。」


サンジがそう笑うと、***は頬を膨らませてサンジをジトリと睨んだ。


「サンジくん意地悪ー。」

「褒め言葉だよ、褒め言葉。かわいいなってこと。」


***の頭に手を乗せてくしゃくしゃとなでれば、***は照れたように小さく俯く。


くそっ、かわいいぜおれのプリンセス!


「イルカ見に行く?プリンセス。」

「……………行く。」


いじけたように早足で歩いていく***に、サンジはデレッとカオを緩ませながらその後を追った。


―…‥


「あれっ、***じゃん。」


イルカショーの開演を二人で待っていると、となりに座った男が***に話し掛けてきた。


「あっ、うそっ!久しぶり!どうしたの?こんなところで。」

「おれはほら、友だちと。」

「はははっ、水族館なんてガラ?」

「ほっとけ!いや、しっかし久しぶりだな。何年ぶりだ?」

「そうだなァ、卒業以来だからたしか…」


サンジを置いてきぼりにして、二人は昔話に華を咲かせる。


「…………………。」


……………まァ、いい。


知り合いみてェだし、こんなことでむくれるほど、おれはガキじゃない。


ショーが始まれば、***ちゃんだっておれのこと思い出してくれるさ。


沸々と沸き上がってくる苛立ちをなんとか抑えながら、サンジはショーの開演を今か今かと待ちわびた。


すると、かわいらしい音楽と共に、ついにイルカショーが開演した。


よしっ…!やっと始まった…!


「ほらっ、***ちゃん!イルカショー始まった、…よ、」

「それでおまえよォ、あの時…」

「えー、あれは私じゃなくてみっちゃんが…」

「…………………。」


しかし、イルカショーが始まっても、二人の会話が途切れることはない。


……………んだよ、ったく…


***ちゃん、これ楽しみにしてたくせに…


『サンジくんとイルカショー見たい!』って、あんなかわいいカオして笑ってたくせに…


会場の雰囲気とは相対して、サンジの機嫌はどんどん悪くなっていく。


あー、くそ…


たとえばおれが、携帯電話なんかじゃなくて、


……………***ちゃんの恋人だったりしたら。


遠慮なく相手を蹴り倒して、『よそ見しないで、おれを見てよ』って…


そう言えるのに…


横目で控えめにとなりの二人を睨み付けると、サンジは小さく溜め息をついた。


……………写真、撮っておいてやるか。


イルカショーを見られなかったと、悲しむ***ちゃんのカオは見たくない。


そう思い、サンジは自身の中にあるカメラ機能で撮影を始めた。


あーあ、もう…


持ち主に恋なんかするもんじゃねェなァ…


そんなことを考えて、サンジは再び溜め息をついた。


―…‥


「すっごい久しぶりだったなァ!」

「…………………。」

「あの人ね、小学校の頃のクラスメートで、」

「…………………。」

「今は公務員やってるんだって!」

「…………………。」

「あんなにやんちゃ坊主だったのに、ほんと意外、」

「…………………。」

「あ、あれ?サンジくん?」


サンジの異変に気が付いた***がそう呼び掛けると、サンジはニッコリ笑って***の方を向いた。


「ん?なに?」

「…………………。」

「心配しなくても、ちゃんと聞いてたよ。それで、その大工さんがなんだって?」

「…公務員だよ、サンジくん。」

「あァ、そうだったね。」

「…………………。」


ぶっきらぼうにそう答えて、サンジはスタスタと***を追い越して歩いていく。


***はその後を慌てて追った。


「あ、ご、ごめんねサンジくん。私ったらつい夢中になっちゃって、」

「何も謝ることなんかないさ。こんなところで旧友に会うなんてなかなかないからね。」


口ではそう言っていても、サンジの歩くスピードは一向に緩まない。


「お、怒ってるよね?ごめんね?」

「どうしてだい?怒ってなんかないよ。」

「で、でも、…あっ!サンジくん!もう一回イルカショー見に行こう?私も見られなかっ、」

「写真撮っておいたから大丈夫だよ。できた『携帯電話』だろ?」

「…………………。」


ついに黙ってしまった***に、サンジの胸がツキリと痛む。


あー、……………もう。


何をやってんだ、おれは。


これじゃあ思い通りにいかなくて拗ねてるガキと一緒じゃねェか…


けど、だけどよ、


おれだって、ほんとはこの日を、


…………………ん?


「***ちゃん?」


***の気配がなくなったことに気付いて、サンジは後ろを振り返った。


すると、遠く後ろの方で立ち止まって、深く俯いている***。


……………しまった。


サンジは慌ててそこまで戻ると、小さくかがんで***のカオを覗いた。


「***ちゃん?大丈、」

「っ、」


そこには、予想通りの***の泣き顔。


「わァァァァァっ!***ちゃん!ごめん!」

「ううっ、えっぐ、ザンジぐんっ、」

「ごめんな?おれが悪かった!」


オロオロと狼狽えながら、サンジは***の涙をハンカチで拭う。


「おごっでるならっ、ぶえっ、言えばいいじゃんっ、」

「…だよな、ごめん。」

「っ、いづまでもっ、ネチネチネチネチっ、イヤミ言ってさっ、」

「…面目ねェ。」


トレードマークのぐるぐる眉をハの字に情けなく下げて、サンジは***に詫びた。


「ごめん、おれ、その、……………***ちゃんに構ってもらえなくていじけてた。」

「…………………。」

「ついでに白状すると、あの大工にもヤキモチ妬いてた。」

「…だから公務員だって、サンジくん。」

「おれ、……………おれ、ほんとに今日楽しみにしてたんだ。」

「…………………。」

「だけど、ごめん。」


サンジは***の目尻に溜まった涙を、指でそっと拭った。


「……………水、ダメだよ。壊れちゃう。」

「これくらい大丈夫だよ。おれ水に強いタイプだし。」

「でもダメ。壊れたら大変。」

「……………心配性。」

「……………サンジくんほどじゃない。」

「…………………。」


会話が途切れると、二人はカオを見合わせて笑った。


「……………イルカショー、もう一回見に行こっか。」


サンジが手のひらを差し出すと、***は泣き笑いのまま、その手にそっと左手を重ねた。


やっぱり、***ちゃんに恋してよかった。


だって、


好きな人の笑顔を、一番近くで見られるんだからさ。


君がえば、


あ、サンジくん!これ、さっき買ったイルカのキーホルダーあげる!私とおそろいね?


…!***ちゃん…!(メロリーン…!)


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