悪い大人-2
そんなある日のお昼休み、委員長がたくさんの女生徒に囲まれていた。
「わあ!かわいい!」
「素敵な指輪ね!」
「すごく高価そう…!社会人の恋人から?」
そのみんなの言葉に、ぴくり、反応してそっとそちらを窺うと、委員長は左手薬指にはめられた指輪を、恥ずかしそうにみんなに見せている。
「私はまだ早いって言ったんだけど…」
うれしそうに頬を染める委員長に、みんながリポーターのように詰め寄った。
「その指にしてるってことは、もしかして…!」
「うん、……………卒業したら、結婚しようって。」
その委員長の言葉に、みんなは一斉にきゃあっ、と甲高い声を上げる。
「いいなぁ、社会人の恋人!」
「でも大学はどうするの?成績もトップなのにもったいない!」
「大学はもちろん行くわ。あの人とっても優秀な人だから、私を大学に行かせるお金くらい稼げるって。」
「うわあ!素敵!」
「卒業式の日に、お互いの実家にあいさつに行く約束なの。」
「あと半年で人妻かぁ!」
「私もお金持ちの男探そう!」
「あんたは無理よ!委員長みたいに美人じゃないと!」
「なによう。」
少しずつ話題はそれながら、委員長を中心にガールズトークに華を咲かせるクラスメイトたち。
「…………………。」
遠くのほうでそれを聞いていた私の頭のなかは、なぜか真っ白になっていた。
…………………ロー先生が、
あと半年もしたら、結婚…
―…‥
「…………………。」
「…………………。」
放課後、いつものように保健室を訪れた私は、黙々と手を動かしていた。
いつもならロー先生と他愛のない世間話をしたりしていたけど、今日はそんな気になれない。
……………早く、この場からいなくなりたい。
ロー先生と、一緒にいたくない。
早く、早く、
「終わりました、しつれいします。」
今日は、先生の相槌も待たず、早々に頭を下げて足早に教室を出ようとした。
「おい。」
その呼びかけに、身体がびくりと大きく揺れる。
「……………なんですか。」
「…………………。」
ロー先生のほうを見ないまま、私がそう聞き返すと、後ろの方で椅子がキィと鳴いた。
ぺたぺた、ロー先生の歩く足音が聞こえる。
それが私のすぐ後ろで止まると、頬に冷たい手の平が添えられた。
ゆっくり、壊れものを扱うように、ロー先生が私のカオをそっと上に向かせる。
「ひでェカオだな。」
「っ、」
「なにがあった。」
心配そうに、眉を寄せるロー先生。
やめて、やめてよ、
「……………なにも、ありませ、」
「嘘つけよ。おまえ自分のカオ鏡で見てみろ。」
「っ、ほっといてください!どうせ私のカオはひどいです!」
そう叫ぶように言って、ロー先生の逞しい胸を押す。
すると、ロー先生はむっとしたように怪訝に眉をしかめて、私の頭を掴んだ。
「目ェ瞑れ。」
「っ、いやっ、」
「言うこと聞けよ。」
「は、離し、…!!」
ロー先生の唇が、乱暴に押し付けられた。
ロー先生は、ずるい。
言葉遣いも悪いし、いつだって無理矢理なのに、
キスが、とてもやさしい。
あんなに綺麗な子と、半年後には結婚するくせに、
私のことなんて、
忘れちゃうくせに、
ロー先生は、いつも、いつも、
……………愛しそうに、私にふれる。
ぽろぽろ、涙があとからあとから溢れてきた。
いやだ、いやだよ、
先生、
先生、
ロー先生、
「なに泣いてやがる。」
「っ、いやですっ、」
「……………なにがだ。」
こんなこと言ったって、どうにもならない。
わかってる、わかってるのに、
「けっこんなんて、っ、しないでくださっ、」
「…………………。」
「も、っ、どうしていいかっ、わからなっ、」
「…………………。」
えぐえぐと、汚らしく泣いている私を、ロー先生は無表情のまま見下ろしている。
わかってる、わかってるの、
迷惑になることも、どうにもならないことも、
でも、それでも、
私は、
「…………………すきです、」
ぽつり、小さくそう告げると、ロー先生の目がほんの少し大きく見開かれた。
……………言っちゃった。
バカみたい、
もうすぐ結婚する人に、こんなこと、
しばらく嗚咽を漏らしていると、ロー先生がようやく口を開いた。
「……………聞きてェことがある。」
「……………は、はい、」
「…………………結婚って、なんのことだ。」
「…………………。」
「…………………。」
「…………………へ?」
ぽかん、とだらしなく呆けたカオをした私に、ロー先生は同じことを繰り返した。
「だから、結婚ってなんだよ。」
「え、あ、あれ、ろ、ロー先生、け、結婚するんですよね?」
「あ?おれが?だれと。」
「だっ、だからっ、そのっ、……………うちの委員長と…」
「……………はァ?」
ロー先生は思いきり眉間にしわを寄せて、私をぎろりと睨み付けた。
え、ちょ、ちょっとまって、
頭がついていかない、
だ、だって、
ロー先生と委員長は保健室でキスしてて、
委員長は社会人の恋人がいて、結婚するって言ってて、
え、あれ、どういうことなんだろう、
一人であわあわと汗をかいていると、ロー先生が大きな、それは大きな溜め息をついた。
「……………おれとあの女は、別に付き合ってねェ。」
「え、……………えええええ!?」
「うるせ、」
「だ、だって…!!あ、あの日、先生と委員長、キ、キ、キス…!!」
「知らねェよ、アイツが勝手にしてきたんだ。」
「…………………うそ、」
そんなバカな…
委員長、あんな清楚なカオして、なんて大胆な…
って、今はそれどころじゃない。
私さっき、勝手に一人で思いつめて、
ロー先生にとんでもないことを…!!
「……………おれが好き、ねェ…」
「…!!」
にやにやと、意地の悪い表情を浮かべながら、ロー先生が不敵に笑う。
「ちっ、ちがっ…!!あっ、あれはっ、そのっ、だからっ、」
「結婚なんてしないでください、だったか?」
「んなっ…!!」
「かわいいやつ。」
「っ、」
一言一句誤りなくそう繰り返したロー先生に、身体中が火を噴いたように熱くなる。
「さっ、さっきのは忘れてください…!!」
「断る。これでまた脅迫材料が増えたなァ。」
そう言って楽しそうに喉を鳴らすロー先生に、私はだらだらと冷や汗をかいた。
「きっ、脅迫って…!教師のくせに…!」
「生徒のくせに先生とキスしたのはどこのどいつだよ。」
「あっ、あれだって、せっ、先生が無理矢理っ、」
「いっつも気持ち良さそうなカオしてやがるくせに。」
「んなっ、きっ、気持ちっ、」
……………ダメだ、
ロー先生に口で敵う気がしない…
私はあきらめたように大きく溜め息をついて、深く項垂れた。
………………………でも、
よかった…
ロー先生、結婚しなくて。
委員長と付き合ってなくて、よかったぁ…
…………………あ、あれ?
じゃあ、ロー先生の好きな人って、いったい、
「おれの惚れてる女は、」
私の胸中を察したように、ロー先生はおもむろにそう口にした。
「どんくさくて、真面目、」
「…………………。」
「お人好しで、素直にいうことを聞く、」
私をまっすぐに見つめて、ロー先生はとっても悪いカオをする。
「口の堅い女だ。」
「!!」
にたり、口元を歪めた後、ロー先生は私にやさしくキスを落として言った。
「こっから先は、卒業まで待ってやるよ。」
悪い大人
どんくさくて素直で口が堅い子って……………そんな子この学校にいましたっけ?
…………………。(だめだ、こいつは。)[ 2/2 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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