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そして、2年の月日が流れた―…‥
「グラララ…!やっと帰ってきたなァ!娘よ!」
「はい!わあ、ほんと久しぶり…!」
周りを見回すと、日本人が多く目について、私はホッと息をついた。
2年前にアメリカの空港に着いた時の心細さが、今となっては懐かしい。
帰ってきた…
ほんとに帰ってきたんだ…!
「オヤジ!***!」
感激して放心していると、ゲートの外からそう呼び掛ける声が聞こえた。
「マルコさん!」
「グラララ…!久しぶりだなァ…!息子たちよ…!」
見ると、マルコさんと何人かの社員たちが手を振っている。
うれしくなって、私は思わず走り出してしまった。
「お久しぶりです!マルコさん!」
「おう、お帰り***。おつかれさん!」
「悪かったなァ、マルコ…!突然呼び出したりしてよ…」
「ほんとだよい、帰国が早まんならそう言ってくれりゃいいのに…」
そう呆れたように言いながらも、マルコさんはどことなくうれしそうだ。
「どうせおとなしく帰る気なんかねェんだろい?店予約しといたからよい。」
「グラララ…!さすがマルコだ…!おう、おまえらも行くぞ…!」
「はいっ!!」
そう元気よく応えて、社員たちはうれしそうにオヤジさんのあとへ続いた。
「マルコさん、私は帰りますね。さすがに今日は早く寝たいです。」
「それもそうだねい。でも、その書類だけは会社に置いてから帰ったらどうだい?」
「あ…」
「さすがにそれ家まで持って帰って、また明後日出勤するのはきついだろい。」
確かに、ここから会社まではそう遠くないし、これを置いてから家に帰った方が後々楽になりそうだ。
「そうですね!じゃあそうします!」
「あァ、……………悪いねい、一緒に行ってやれたらいいんだけどよい。」
「ふふ、なに言ってるんですか。羽目を外すオヤジさんを止められるのはマルコさんだけなんですよ?あっちでも大変だったんですから…」
「くくっ…そりゃ苦労かけたよい。じゃあ***、また明後日からよろしく頼む。」
そう言いながら、マルコさんはオヤジさんのあとを追う。
その後ろ姿がめずらしく浮かれていて、私は思わず頬を緩めた。
私も会社の方へ歩き出そうとした、その時、
「おう…!***…!」
「!」
突然、オヤジさんが私を呼んだ。
「……………おまえがいてくれて、本当によかった…!」
「オ、オヤジさ、」
「ありがとよ…!***…!」
「っ、はっ、はい…!!ありがとうございました…!!」
そう言って頭を深く下げると、オヤジさんは後ろ手に手を振って去って行った。
「…………………さて、行きますか!」
暖かい気持ちになりながら、私は疲れていたのがうそのように、元気よく会社の方へ再び歩き出した。
―…‥
会社に着くと、就業時間をとっくに越えているからか、社員もまばらだった。
会う人会う人に挨拶をしながら自分のデスクに辿り着くと、持ってきた書類を手早く片付ける。
今日は早く休もう。
明日は休みにしてもらったし、一日寝ちゃおうっと…
そんなことを考えながら手を動かしていると、懐かしい声が聞こえてきた。
「***ちゃん!?***ちゃんじゃないの!!」
「!!…サッチさん!!」
2年前と変わらない素敵リーゼントを揺らしながら、サッチさんは私の元へ走り寄ってきた。
「ひっさしぶりだねェ!ますますイイ女になっちゃって!」
「お久しぶりです!サッチさんのリーゼントも相変わらず素晴らしいです!」
「でっしょー?おれこれに命懸けてるからねェ!」
「あはははっ…!」
相変わらずのサッチさんとそんな他愛もないことを話していると、サッチさんが首を傾げる。
「でもさ、***ちゃん、確か帰国は来月だっただろ?」
「はい、思ったよりもあっちでの仕事が早く片付きまして…」
「そうだったんだ!」
「そしたらオヤジさん、突然『息子と娘のカオが見たくなった、今日帰るぞ***』って!」
「あははっ、相変わらずめちゃくちゃだなァ、オヤジは…」
そう困ったように笑いながら、サッチさんはとてもうれしそうに笑う。
そのカオが、先ほどのマルコさんと同じく、とても穏やかだった。
「じゃあ今日のところはマルコに任せて、おれは明日にでも付き合ってやるか!」
「ふふっ、オヤジさん喜ぶと思います!」
「だろうな!……………ところで***ちゃんはもう帰れるの?」
そう問われて、私は自分のデスクを最終チェックする。
「はい、あらかたもう片付いたんで帰ります。」
「そっかそっか!……………あのさー、***ちゃん、悪いんだけどこれ…」
そう申し訳なさげに頬を掻きながら、サッチさんはファイルを一冊私に差し出した。
「疲れてるとこほんっと申し訳ないんだけど…これ、Bの倉庫に戻してくんねェかな?頼む!このとーり!」
そう言って両手の平を合わせてお願いポーズをするサッチさんから、そのファイルを受け取る。
「帰るついでなんで、大丈夫です!」
「ありがとう!じゃあよろしく頼むね!」
「はい!また明後日からよろしくお願いします!」
「こちらこそ!***ちゃんとまた一緒に働けるの、楽しみにしてるよ!」
じゃあねー!と元気よく手を振るサッチさんに応えると、私はバッグを持ってB倉庫へ向かった。
―…‥
B倉庫の扉を開けると、ひんやりとした重苦しい空気が漂っている。
昔はこの寒々しい空気が苦手だったものだが、久しぶりに訪れてみると、不思議なもので愛しさのようなものまで感じてしまった。
サッチさんから預かったファイルの帰るべき棚を探しながら、ぶらぶらと倉庫内をうろつく。
……………エースはやっぱりいなかったな…
もう帰っちゃったのかな…
…………………会いたかったな…
未練がましく求めるその姿を思い出すと、2年前と同じように胸がきゅんと泣いた。
2年。
2年の月日が流れても、
エースのことを想わない日は1日もなかった。
アメリカでも、日本にいる社員からエースの活躍や噂話をたくさん聞いた。
そのたびに、エースが恋しくなってしまって、そんな夜は必ず泣いた。
……………どんなに離れても、
私の気持ちは、変わらない。
「私だって、頑張ったもんね!よし、これからこれから!」
2年間、私だってぼおっと生きてきたわけじゃない。
エースがまた振り向いてくれるような素敵な女性になるために、私なりに努力してきたつもりだ。
それでもだめなら、それはそれまで。
その時は、もうきっぱりとあきらめよう。
「でも、エースだってますますカッコよくなってるだろうしな……………それに、どうしよう、万が一、け、……………結婚とかしちゃってたら…」
勝手な想像で一人蒼くなりながら、また一つ奥の倉庫の扉を開けようとした時だった。
「!!きゃっ…!!」
「え?…おわっ!!」
その倉庫の扉が突然ひとりでに開いて、私は思わず声を上げる。
その声に驚いたのか、その扉を開けた男性は持っていた大量のファイルをその両手からバラバラと落としてしまった。
「わっ、ごっ、ごめんなさい…!!」
「いや、おれのほうこそ悪かっ、」
二人の動きが、同時にピタリと止まる。
聞き覚えのある声に、私はゆっくりとカオを上げた。
「…………………………エー、ス…」
「…………………***…?」
…………………エースだ。
エースが、いる。
今、目の前に、
ずっと、ずっと会いたかった、エースが。
思わず、泣き出しそうになってしまった。
「あ、あの…」
「…………………。」
「た、ただいま…」
「…………………。」
「あ、ご、ごめんね…!ファイルバラバラになっちゃったね…」
目の前の惨状に、私は慌ててファイルを拾い上げる。
「な、んで、」
「へ?」
ファイルを拾う動作をそのままに、私はエースを見上げた。
エースは、いまだ唖然としたままだ。
「だっ、なん、あれ、き、帰国、おれ、来月だって、聞いてて、」
「あ、ああ、……………うん、ほんとはその予定だったんだけどね。予定より早く終わって…」
「…………………。」
「オヤジさんがもう帰りたいって駄々捏ねちゃってさ、あははっ、……………それで…」
「…………………。」
「す、すごい量のファイルだね!……………はい。」
拾い上げたファイルを、エースの手に握らせる。
「…………………。」
「…………………。」
だ、だめだ。
会話が続かない。
もっといろいろ話したかったけど…
今日のところはおとなしく帰ろうかな…
これからはまた、一緒に働けるんだし。
「あ、……………じゃ、じゃあまた明後日からよろしくね!おつかれさま!」
「…………………。」
いまだ放心しているエースをそのままに、倉庫から出ようとした。
「…………………***…!!」
「!…は、はい!」
突然そう呼び止められて、私は思わず歩みを止めて振り向く。
エースのカオがまっかっかで、ちょっとびっくりした。
「あー…」
「エ、エース?」
「…………………送ってく。」
「へ、……………あ、いや、大丈、」
「ちょっと待っててくれ。」
私の言葉をさえぎって、エースはパタパタと帰る準備を始めた。
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