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それから、2週間後―…‥
「やだ、エース!くすぐったい!」
「おまえほんと脇腹弱いよなァ。」
「そういうエースだって…」
「ばっ、やめろよっ、んなとこさわんな!」
「あはははっ…!やっぱりここ今でも弱いんだ!」
ベッドの中、二人でじゃれあいながら、エースはちらり、またちらりと時計を見た。
「ねェ、エース、どうして今日会社休んだの?」
「んー?……………別に、なんとなく。」
「ふーん、変なエース!」
そう楽しそうに笑って、女はエースの首に腕を回す。
二人の唇が、自然と重なった。
「……………じゃあ今日はずっとエッチしてよっか?」
「おまえ死んじまうぞ。」
「ふふっ、エースのほうが先に死ぬかも。」
「言ったな。後悔させてやる。」
その強気な言葉と同時に、エースは女の上に跨ってキスをする。
「ん、エース…」
「なァ、さっきよりもっと、大きな声で啼いてくれ…」
「ふふっ、どうしたの?そういう気分?」
「……………いや、なんか…」
エースはそこで言葉を切ると、また時計に目をやった。
「うるせェから、……………飛行機の音。」
…………………今日、
***は、アメリカへ発つ。
―…‥
「おーう、エース!めずらしいな!おまえが休むなんてよ!」
「サッチ…悪かったな、昨日は。」
「いや、……………まァいいんじゃねェか!たまには!」
そう困ったように笑うサッチを見て、きっと***と別れたことを風のうわさで知ったのだろうと悟った。
「落ち着いたらまた飲みにでも行こうぜ!サッチ様がおごっちゃるから!」
「おォ、めずらしいな。ドケチサッチ様。」
「だれがドケチだ!」
そうオーバーリアクションで反論したサッチに、エースの頬は自然と緩む。
心配してくれているのだろう。
それが、痛いほどよく伝わった。
「んじゃ、またな!」
「おう!」
去っていくリーゼント頭を見送りながら、エースは小さく溜め息をつくと、再び足を進めた。
―…‥
そのドアを開けると、冷たい風が頬をなでる。
悠然と広がる朱い空が、エースを迎えてくれた。
「寒くなってきたなー。」
吐く息が、もう白くなっている。
冬が来るのだ。
「……………アメリカも冬なのかな…」
ぽつり、呟いた言葉が、白い息と一緒に溶けていく。
今年の冬は、
***がいない。
今年だけじゃない。
来年も、再来年も、その次も、またその次も、ずっと、
***が、おれのとなりで微笑んでくれることは、
もう、ない。
「くそ…もう考えるなよ…」
考えたって、もうどうにもならない。
***は、おれを捨ててアメリカへ行った。
おれのことなんて、本当はもう、
…………………好きじゃなかったのかもしれねェな…
そんなことを一人、考えていたら、ガコンと屋上のドアが開く音がした。
ヒールの音がコツコツ近付いてきて、エースのとなりで止まる。
ピンクの髪が、風になびいた。
「…………………。」
「…………………。」
「…………………。」
「…………………なんだよ。」
「捨てられてやんの。」
「…………………。」
「ざまァみろ、バーカ。」
「……………うるせェな、どっか行け。」
「おまえがどっか行け。」
「…………………。」
「…………………。」
押し黙っていると、ボニーは思いもよらぬことを口にする。
「他に女なんて作ってるからだ。」
「…!!」
弾かれたように、エースはボニーのほうへカオを向けた。
「な、なんで、それ…」
「やっぱりそうかよ、死ね。」
「……………***がそう言ったのか?」
「***がそんなこと、ウチに言うわけねェだろ。」
「…………………。」
「……………***見てたら、なんとなくそう思っただけだ。」
ボニーが、遠い目をして、ぽつりと言った。
「……………アイツも、意外と一人で悩むから…」
「…………………。」
なんとなく、そう思ってた。
***だって、バカじゃない。
恋人が家に来るのを拒んだり、会わないようにしていたら、嫌でもその仮定に辿り着くだろう。
……………そっか、だから…
「だから、おれは捨てられたんだな。」
「…………………。」
「あんなこと言ってたけど、……………ほんとはおれに愛想尽かしてたんだな。」
「…………………。」
「こんな男、もういらねェって、きっとそう思って、」
「…!!」
突然、ボニーが鬼のような形相でエースを睨みながら、エースの頬を殴りつけた。
「いってェな!なにすん、」
「このっ、……………バカチンが!!」
ぼろぼろと涙を溢しながら、ボニーが叫ぶように言う。
「おまえはっ…!!なんにもわかってねェ…!!」
「ボ、ボニー…」
「***がっ…!!そんなこと思うはずねェだろ…!!」
「…………………。」
「おまえはっ、***の何を見てたんだよ…!!」
息を切らしながら、ボニーはポケットの中から何かを取り出した。
「……………読めよ…!!」
「な、なんだよ、これ、」
「本当は、絶対言うなって、そう言われたけど、でも…!!」
「…………………。」
「おまえがバカだからっ、ウチは我慢できねェ…!!」
ぎゅうとそれをエースの胸へ押し付けると、ボニーはズカズカと屋上のドアへ歩いていく。
「それ読んで、目ェ覚ましやがれ!!バーカ!!」
そう吐き捨てるように言うと、ボニーは乱暴にドアを閉めて去って行った。
「…………………手紙…?」
手の中にあるそれをゆっくりと開くと、懐かしい文字が並んでいる。
***の字だ。
それだけで、なぜか胸が苦しくなった。
『ボニーへ。
突然、こんなことになっちゃってごめんね。
ボニーに会えなくなるのは寂しいけど、行ってくるね。
帰ってきたら、また食べ放題一緒に行こうね。
辛いことがあっても、ボニーのこと思い出して頑張るよ!
でも、どうしてもダメなときは電話しちゃうかも(笑)
ボニーもなんかあったら、すぐに連絡してね。
それから…
それから、エースのこと、よろしくね。
今まで通り、仲良くしてあげてね。
エースはボニーのこと、すごく信頼してるから。
エースに新しい恋人ができても、怒ったりしないでね。
私は、大丈夫だから。
私は、必ず、
エースがまた振り向いてくれるような素敵な女性になって、帰ってくるから。
一から出直して、また片想いから頑張るから、その時は応援よろしくね!
あ、このことは絶対誰にも内緒だよ!特にエースには!
カッコよく別れた手前、ちょっとね(笑)
なんでも話せるのは、ボニーだけだよ。
ずっと、友だちでいてね。
身体に気を付けてお互い頑張ろう!
ボニーに再会できるのを、楽しみにしてます。
では、またね。
***より。』
『エース!』
『***…!なんで、』
『あ、と、突然迷惑かなとは思ったんだけど…』
『…………………。』
『最近ちゃんとしたご飯食べてないんじゃないかと思って、……………ほら!』
『!……………***が作ってくれたのか?』
『うん!あっ、ちゃんと味見したから大丈夫だよ!』
『もしかして、ずっとおれんちの前で待ってたのか…?』
『あ、いや、』
『手ェ冷たくなってんじゃねェか!連絡しろよバカ!』
『あ、で、でも、待ってるなんて言ったら、エース仕事に集中できなくなるかなと思って…』
『***…』
『あっ、見て!ずっとここで待ってたらほら!』
『ぶふっ!おまっ、なんだよそのカオ!鼻水凍ってんじゃねェか!』
『すごいよね!私鼻水凍ったの初めて!』
『はははっ!おれも初めて見た!』
『…………………。』
『ほんとおもしれェな!おまえは、…………………***?』
『笑った。』
『え?』
『エース、やっと笑った!』
そうだった。
***は、いつだって、
自分のことより、
おれのことばっか考えて。
そして、おれは、
いつだって、そんな***に甘えてた。
それが、いつのまにかあたりまえになって、
***なら、きっとなんでも許してくれるって、
***が苦しんでるのも、
見て見ぬふりして、
『私、エースを捨てるの。』
『バカな女だったって、最低な女だったって、……………そう思って、忘れて?』
どんな気持ちで、言ったんだろう。
きっと、
言われたおれより、痛かったはずなのに。
気付いたら、涙が手紙を濡らしてた。
***の書いた綺麗な字が、滲んで見えなくなっていく。
「っ、***、……………***っ、」
初めて、
生まれて、初めて、
だれかの心を想って、泣いた。
気付いた時に、
君はもう、いない。[ 7/11 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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