3

「あァ?エースの様子がおかしい?」


まさにいま、ピザを食べようとあんぐりと口を開いたボニーが、大きめの声でそう言った。


「ちょっ…!ボニー!声が大きい…!」


私は慌ててボニーの口を塞ぐと、キョロキョロと食堂を見回す。


「おっと、悪ィ悪ィ。で?エースがどうおかしいって?」


ボニーはそう言いながら、また新しいピザを切り分けた。


これでたしか10枚目だ。


「なんていうか……………よそよそしい、っていうか…」

「よそよそしい?」

「うん…それになんか、」

「なんか?」


……………なんだか、


目も、合わせてくれなくなった気がする。


話をしていても、いつもならまっすぐに届くエースの言葉が、すんなりと心に入ってこない。


言葉の途中で黙ってしまった私を見て、ボニーが困ったように頭を掻いた。


「なんか心当たりあるのか?」

「ううん、考えたんだけど思い当たらなくて…」


たしかに、あのプロジェクトが終わるまでは、少し思い詰めてるような時もあったけど…


それでも、私といるときは、いつもより元気はなかったけど笑ってくれてたし…


たまにだけど、弱音も吐いてくれて、本音を聞かせてくれた。


……………でも、いまのエースは…


「なんだか……………心ここにあらずなんだよね…」

「そうなのか?」

「うん……………笑ってても、心から笑ってないような……………そんな感じで…」


なにか悩みがあるなら、打ち明けてほしい。


もともと、エースはあまりひとに頼らないことがある。


一人で抱え込んで…


一人で、苦しんでしまう。


付き合った当初も、ずっとそんな感じだったけど…


少しずつ、


ゆっくり、心を開いてくれるようになって…


最近では、エースの方からなんでも話してくれるようになっていた。


……………と、思ってたんだけど…


「無理に聞き出すようなこともしたくないし……………だけど、なんだか心配で…」

「うーん……………よっしゃ!」


ボニーは突然そう叫ぶと、勢いよく立ち上がった。


「うちがさりげなく聞き出してやるよ!」

「えっ…!ほっ、ほんと?ボニー!」

「あァ!アイツとは大食い仲間だからな!」


そう言ってニカリと笑いながら、最後の一切れを口に放った。


「理由がわかったらすぐに***に、」

「あっ、ううん!それはいいの!」

「はァ?なんでだよ?」


私のその言葉に、ボニーは訝しげに眉を寄せる。


「私に言わないってことは、私に聞かれたくないってことでしょ?」

「まァ…それはそうかもしんねェけどよ…」

「だから、もしエースがボニーに打ち明けても、私には言わないで?」


ね?と念を押すと、ボニーは渋々うなづいた。


……………エースがまた笑ってくれれば、


私は、それでいい。


エースの、すべてを知りたい。


そう思う気持ちがないわけではないけど…


いくら恋人だといっても、触れてほしくないであろうところに、触れるようなことはしたくなかった。


「まっ、うちに任せな!それに、」


ボニーはそう言葉をきると、私の頬をぶにっと掴んだ。


「***のそんなカオ、見てらんねェからな!」

「ボ、ボニー……………ありがとう。」


笑ってそう礼を言うと、ボニーもまたうれしそうに笑ってくれた。


―…‥


仕事終わり、薄暗いエレベーターホールで、一人その到着を待つ。


……………今日はエースに会えなかったな…


エースと私は、働いている部署が違う。


仕事中に会えないことも、めずらしいことではない。


…………………けど、


「不自然なくらい会わないな…」


考えたくないけど…


エース、


やっぱり、私に会わないようにしてる。


恋人に対してそんなことするなんて…


もしかして、エース…


そこまで考えて、私はふるふると首を振った。


……………思いたくない。


エースの気持ちが、


離れてるかもしれないなんて…


…………………でも、


『二人でお祝いしよう。』


結局、いまだにあの約束も果たされないまま。


「私…なんかしちゃったかな…」


エースを傷つけるようなこと、しちゃったのかも…


だけど、エースがなにも伝えてくれない以上、分かりようがない。


エースは、思ったことや感じたことを、いつもまっすぐに伝えてくれる。


飾らない言葉で、嫌なことは嫌、うれしいことはうれしいと。


私は、エースのそんな真っ正直なところが…


「……………エース…」


思わず、涙が溢れそうになってしまった。


考えれば考えるほど、不安が押し寄せてくる。


そんな私の空気とは裏腹に、ポーンという軽快な音がして、その箱へと足を進めようとしたときだった。


「***?」


ふいに呼ばれて振り返ると、久しぶりに見る一風変わったそのヘアスタイル。


「マルコさん!」

「久しぶりだな、元気かよい。」

「はい、おかげさまで!」


そう笑って答えると、マルコさんもまたふわりと笑ってくれた。


「***、今日エースんとこ行くか?」

「え?ど、どうしてですか?」

「あァ、じつは、」


そう言いながら、マルコさんは手にしていたA4の封筒を私に見せる。


「アイツ、明日のミーティングで使う資料、忘れていきやがった。」

「えっ、」

「おれはまだ当分帰れねェからよい。届けてくれるとありがてェ。」


そう言って、マルコさんはそれを私へ預けた。


「それから、」

「はい?」


マルコさんは立ち去る素振りを見せながら、私を見ずにこう言った。


「最近アイツ、なんか浮かねェツラしてるからよい。」

「!」

「おまえが近くにいてやれば、気も紛れるだろうよい。……………会いに行ってやってくれい。」

「マルコさん…」


じゃあ、と後ろ手に手を振って、マルコさんは立ち去った。


その後ろ姿に、小さく一礼をする。


……………やっぱり、マルコさんも気付いてたんだ。


エースの様子がおかしいって。


いつも一緒にいるもんね、エースとマルコさん。


私は手元にある封筒を見つめた。


「……………よし!」


余計なことは、まず考えないでおこう。


エースに会いたいから、行こう。


私はそう決意すると、足早に会社をあとにした。


―…‥


エースの家の前まで来ると、私はエースに電話をした。


『いまから行ってもいい?マルコさんから資料預かりました。』


そのメールには、いまだに返信がない。


もしかして、


無視されてる、なんて…


「ああ、もう!ダメダメ!」


ひとまず、余計なことは考えない。


……………よし!


頬をペシンっと叩いて、一歩進んだ時だった。


「……………あっ、」


エースの家の窓に、エースの姿が見えた。


ちょうど、カーテンを閉めようとしているところだ。


よかった、エースいた…


久しぶりに見るエースの姿に、胸がきゅっと縮む。


頬を弛めて、小走りしようとした。


…………………その時、


「…!!」


……………エースの後ろに、


一つの影。


綺麗な、女性。


その細い腕が、エースの腰に回されている。


エースがそれに気付いて、


ふわりと、しあわせそうに笑う。


そして、二人のカオが近付いて…










唇が、重なった。









「…………………。」


自分の心臓の音が、うるさい。


足が、カクカクと情けなく震えてる。


目を離したいのに、


逃げ出したいのに、


身体が、一歩もそこから動かない。


二人は求め合うようにキスを繰り返しながら、器用にカーテンを閉める。


あそこ…


エースの、ベッドルーム…


このあと、あの二人がなにをするか。


そんなこと、考えなくても分かる。


私は、頭が真っ白になって、


いつまでも、その場に立ち尽くしていた。


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