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「あァ?エースの様子がおかしい?」
まさにいま、ピザを食べようとあんぐりと口を開いたボニーが、大きめの声でそう言った。
「ちょっ…!ボニー!声が大きい…!」
私は慌ててボニーの口を塞ぐと、キョロキョロと食堂を見回す。
「おっと、悪ィ悪ィ。で?エースがどうおかしいって?」
ボニーはそう言いながら、また新しいピザを切り分けた。
これでたしか10枚目だ。
「なんていうか……………よそよそしい、っていうか…」
「よそよそしい?」
「うん…それになんか、」
「なんか?」
……………なんだか、
目も、合わせてくれなくなった気がする。
話をしていても、いつもならまっすぐに届くエースの言葉が、すんなりと心に入ってこない。
言葉の途中で黙ってしまった私を見て、ボニーが困ったように頭を掻いた。
「なんか心当たりあるのか?」
「ううん、考えたんだけど思い当たらなくて…」
たしかに、あのプロジェクトが終わるまでは、少し思い詰めてるような時もあったけど…
それでも、私といるときは、いつもより元気はなかったけど笑ってくれてたし…
たまにだけど、弱音も吐いてくれて、本音を聞かせてくれた。
……………でも、いまのエースは…
「なんだか……………心ここにあらずなんだよね…」
「そうなのか?」
「うん……………笑ってても、心から笑ってないような……………そんな感じで…」
なにか悩みがあるなら、打ち明けてほしい。
もともと、エースはあまりひとに頼らないことがある。
一人で抱え込んで…
一人で、苦しんでしまう。
付き合った当初も、ずっとそんな感じだったけど…
少しずつ、
ゆっくり、心を開いてくれるようになって…
最近では、エースの方からなんでも話してくれるようになっていた。
……………と、思ってたんだけど…
「無理に聞き出すようなこともしたくないし……………だけど、なんだか心配で…」
「うーん……………よっしゃ!」
ボニーは突然そう叫ぶと、勢いよく立ち上がった。
「うちがさりげなく聞き出してやるよ!」
「えっ…!ほっ、ほんと?ボニー!」
「あァ!アイツとは大食い仲間だからな!」
そう言ってニカリと笑いながら、最後の一切れを口に放った。
「理由がわかったらすぐに***に、」
「あっ、ううん!それはいいの!」
「はァ?なんでだよ?」
私のその言葉に、ボニーは訝しげに眉を寄せる。
「私に言わないってことは、私に聞かれたくないってことでしょ?」
「まァ…それはそうかもしんねェけどよ…」
「だから、もしエースがボニーに打ち明けても、私には言わないで?」
ね?と念を押すと、ボニーは渋々うなづいた。
……………エースがまた笑ってくれれば、
私は、それでいい。
エースの、すべてを知りたい。
そう思う気持ちがないわけではないけど…
いくら恋人だといっても、触れてほしくないであろうところに、触れるようなことはしたくなかった。
「まっ、うちに任せな!それに、」
ボニーはそう言葉をきると、私の頬をぶにっと掴んだ。
「***のそんなカオ、見てらんねェからな!」
「ボ、ボニー……………ありがとう。」
笑ってそう礼を言うと、ボニーもまたうれしそうに笑ってくれた。
―…‥
仕事終わり、薄暗いエレベーターホールで、一人その到着を待つ。
……………今日はエースに会えなかったな…
エースと私は、働いている部署が違う。
仕事中に会えないことも、めずらしいことではない。
…………………けど、
「不自然なくらい会わないな…」
考えたくないけど…
エース、
やっぱり、私に会わないようにしてる。
恋人に対してそんなことするなんて…
もしかして、エース…
そこまで考えて、私はふるふると首を振った。
……………思いたくない。
エースの気持ちが、
離れてるかもしれないなんて…
…………………でも、
『二人でお祝いしよう。』
結局、いまだにあの約束も果たされないまま。
「私…なんかしちゃったかな…」
エースを傷つけるようなこと、しちゃったのかも…
だけど、エースがなにも伝えてくれない以上、分かりようがない。
エースは、思ったことや感じたことを、いつもまっすぐに伝えてくれる。
飾らない言葉で、嫌なことは嫌、うれしいことはうれしいと。
私は、エースのそんな真っ正直なところが…
「……………エース…」
思わず、涙が溢れそうになってしまった。
考えれば考えるほど、不安が押し寄せてくる。
そんな私の空気とは裏腹に、ポーンという軽快な音がして、その箱へと足を進めようとしたときだった。
「***?」
ふいに呼ばれて振り返ると、久しぶりに見る一風変わったそのヘアスタイル。
「マルコさん!」
「久しぶりだな、元気かよい。」
「はい、おかげさまで!」
そう笑って答えると、マルコさんもまたふわりと笑ってくれた。
「***、今日エースんとこ行くか?」
「え?ど、どうしてですか?」
「あァ、じつは、」
そう言いながら、マルコさんは手にしていたA4の封筒を私に見せる。
「アイツ、明日のミーティングで使う資料、忘れていきやがった。」
「えっ、」
「おれはまだ当分帰れねェからよい。届けてくれるとありがてェ。」
そう言って、マルコさんはそれを私へ預けた。
「それから、」
「はい?」
マルコさんは立ち去る素振りを見せながら、私を見ずにこう言った。
「最近アイツ、なんか浮かねェツラしてるからよい。」
「!」
「おまえが近くにいてやれば、気も紛れるだろうよい。……………会いに行ってやってくれい。」
「マルコさん…」
じゃあ、と後ろ手に手を振って、マルコさんは立ち去った。
その後ろ姿に、小さく一礼をする。
……………やっぱり、マルコさんも気付いてたんだ。
エースの様子がおかしいって。
いつも一緒にいるもんね、エースとマルコさん。
私は手元にある封筒を見つめた。
「……………よし!」
余計なことは、まず考えないでおこう。
エースに会いたいから、行こう。
私はそう決意すると、足早に会社をあとにした。
―…‥
エースの家の前まで来ると、私はエースに電話をした。
『いまから行ってもいい?マルコさんから資料預かりました。』
そのメールには、いまだに返信がない。
もしかして、
無視されてる、なんて…
「ああ、もう!ダメダメ!」
ひとまず、余計なことは考えない。
……………よし!
頬をペシンっと叩いて、一歩進んだ時だった。
「……………あっ、」
エースの家の窓に、エースの姿が見えた。
ちょうど、カーテンを閉めようとしているところだ。
よかった、エースいた…
久しぶりに見るエースの姿に、胸がきゅっと縮む。
頬を弛めて、小走りしようとした。
…………………その時、
「…!!」
……………エースの後ろに、
一つの影。
綺麗な、女性。
その細い腕が、エースの腰に回されている。
エースがそれに気付いて、
ふわりと、しあわせそうに笑う。
そして、二人のカオが近付いて…
唇が、重なった。
「…………………。」
自分の心臓の音が、うるさい。
足が、カクカクと情けなく震えてる。
目を離したいのに、
逃げ出したいのに、
身体が、一歩もそこから動かない。
二人は求め合うようにキスを繰り返しながら、器用にカーテンを閉める。
あそこ…
エースの、ベッドルーム…
このあと、あの二人がなにをするか。
そんなこと、考えなくても分かる。
私は、頭が真っ白になって、
いつまでも、その場に立ち尽くしていた。[ 3/11 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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