2
…………………ん?
ポストの中を見て、エースは首を傾げた。
カギが、ない。
「…………………。」
まさか…
走って玄関のドアまで行くと、エースはおそるおそるドアノブを回す。
すんなりと開くドアを見て、エースは悪い予感が当たったことを悟った。
部屋に入ってその様子を見ると、エースはガックリと項垂れた。
「あ、エースおかえり!」
下着姿で新聞を広げている女を、エースはギロリと睨み付ける。
「なんでいるんだよ…」
「最近は日本も犯罪が多いんだねぇ。私おとといまでパリにいたからさ。」
エースの問い掛けには答えず、女はペラペラと紙をめくりながら言った。
エースはズカズカと女に歩み寄ると、新聞を取りあげる。
「もう…まだ読んでるのに…」
「帰ってくれ、マジで。」
冷たくそう言い放つと、エースは乱暴に新聞をテーブルに置いた。
「……………ねぇエース、」
「…………………。」
「また一緒に住もうよ!」
「…………………。」
「カノジョがくるときは私出掛けるし!」
「…………………。」
「バラしたりしないから大丈夫だよ。私の性格わかってるでしょ?だから、」
「帰れ。」
「…………………。」
エースは大きく息を吐き出すと、ゆっくりと口を開いた。
「ほんとに……………大切なんだ。」
「…………………。」
「いつも、おれを支えてくれて…」
「…………………。」
エースは、女をまっすぐに見つめた。
「……………失いたくねェんだ。」
……………***がいなくなったら。
そんなこと、考えたくねェ。
「こんなことして、悪かった。おれをどう思ってくれても構わねェ。だから、」
「変わったね、エース。」
俯いたまま、女は呟くように言った。
「私といるときは、謝ったりなんてしたことなかった。」
「…………………。」
……………あの頃は、
謝ったりとか、男がするもんじゃねェと思ってた。
…………………でも、
***が、あまりにも素直に自分の気持ちを表現するもんだから。
そんな自分が、バカバカしくなったんだ。
おれには、***が必要だ。
だから、
…………………頼む。
「大好きなんだね、その子のこと!」
パッとカオを上げてにこりと笑うと、女は床に散らばったままの自分の服に手を伸ばす。
「…………………。」
着替え始めた女を横目に、エースは小さく息をついた。
これでやっと、平穏な日が戻る。
コイツが帰ったら、部屋を片付けて…
……………そうだ。
やっぱり、***を呼んで二人でお祝いしよう。
***と買い物に行って、二人で飯つくって…
***に、いっぱい触れよう。
……………そうすれば、
昨日の夜のことなんて、すぐに忘れられる。
早く、***に触らなければ。
……………早く、
早く、
「……………二人で暮らしてた時のこと、覚えてる?」
突然、女がそう口にした。
「……………覚えてるわけないか!エースはもう、その子のことで頭いっぱいだもんね!」
「…………………。」
……………当たり前だろ。
綺麗さっぱり、忘れたよ。
おまえのことなんか。
「エースはそうかもしれないけど……………私はエースのこと、忘れたことなかったよ。」
……………うそつけよ。
あっさり他の男つくって、
出ていったくせに。
「恨まれてるって、そう思ったけど……………昨日の夜、エースが私を求めてくれて、うれしかったよ。」
……………うるせェ。
うるせェよ。
どうせいまも、
だれとでも寝るんだろ。
……………あの頃みてェに。
だから昨日も、遊びのつもりでヤったんだ。
「しあわせだったよ。……………ずっと、」
女はバッグを手にすると、エースをまっすぐに見つめて言った。
「ずっと、想ってたから。」
「…!!」
エースは、慌てて目を逸らす。
……………うそだ。
うそに決まってる。
そういうヤツだったろ、コイツは。
ふらふらふらふら、
気の赴くまま、
ひとの気持ちなんて、お構いなしで、
……………ある日突然、いなくなる。
そんな女が、
だれか一人を想うなんて、到底無理な話なんだ。
どうせまた、いつものその場しのぎだ。
…………………そうなんだろ?
「じゃあね、エース。」
女は、ドアノブに手を掛けた。
……………早く、出ていってくれ。
早く、
早く、
「大好きだよ、エース。」
ドアを開けて、女が出ていく。
『大好きだよ、エース。行ってらっしゃい。』
エースの脳裏に、『あの日』の光景がよみがえる。
そう言って、いつもみたいに見送ってくれたのに。
あの日、家に帰ったら、
もう、アイツはいなかった。
まるで初めからいなかったみたいに、荷物もなにもかも…
……………大好きで、
大好きで、たまらなかった。
あの、甘くて蕩けそうな、独特の香りと、
柔らかく、眩しそうに目を細めて笑う、あの表情。
……………愛してた。
すごく、すごく。
コイツがいれば、
なにもいらない。
本気で、
本気で、そう思ってた。
……………思ってたんだ。
「…!!」
玄関のドアノブが回る音がして、エースは思わず走り出した。
出て行こうとする女の腕を、力任せに引く。
「っ、……………エースっ、」
「……………なに……………泣いてんだよっ…!」
ぽろぽろと、綺麗に伝う雫。
「エースっ、……………すき、」
せつなげに眉を寄せて告げられる言葉に、エースの鼓動が加速する。
「っ、すきなの……………忘れられない…」
うそだ。
うそだうそだうそだ。
知ってるんだ。
おまえが、うそをつくのがうまいことも、
泣き真似が上手なことも、
他に男がいることも、
どうせまた、
いなくなることも。
ぜんぶ、
ぜんぶ知ってるんだ。
……………知ってる、くせに、
……………おれは、
「エース……………私、」
女がなにか言おうとしたのを、エースは唇で塞いだ。
貪るように、
深く、深く。
エースは唇を離すと、女の身体を担いだ。
ベッドルームのドアを乱暴に開けて、ベッドに二人でなだれこむ。
また唇を重ねながら、お互い生まれたままの姿になる。
「エースっ、あっ…!」
「っ、……………加減できねェ…………覚悟しろよ。」
息を荒くしながらそう言うと、女はにっこりと微笑む。
「いいよ、エースの好きにして?」
………………あァ、そうだ。
このカオ、好きだった。
エースが、女の脚を開く。
「ああっ…!エー…スっ…!」
「っ、…………はっ、」
エースは、欲のまま腰を振った。
耳に届くのは、女の甘い啼き声。
まぶたの裏に写るのは、
***の、柔らかく笑うカオ。
ごめん。
ごめん。
…………………***、
……………ごめんな。
そっと目を開けると、
瞳を潤ませながら、微笑む女のカオ。
エースはその唇に、噛みつくようにキスをした。
海に溺れた愚か者
果てる頃には、
おぼろげになる君のカオ。[ 2/11 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]