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……………やっちまった。


まさに文字どおり。


ヤってしまった。


爽やかな小鳥のさえずりを聞きながら、ベッドの上でエースは頭をかかえた。


部屋の床には、昨日自分が着ていた服や下着。


それに加えて、女もののそれらも散乱している。


そして、エースのとなりには…


規則正しく寝息をたてている、裸の女。


それが恋人のそれであれば、その唇に口付けて甘い朝を迎えられただろうが…


エースは大きく溜め息をついた。


……………やっちまった。


まさか…


浮気…しちまうなんて。


昨日は、大きなプロジェクトを成功させた祝いとして、仕事終わりに打ち上げをした。


中心となってそれを任されていたエースは、当然のごとく誰よりも酒を勧められ、されるがままに酒を煽り続けた。


へべれけになりながら、何軒目かの店に辿り着いたとき…


『エース…?もしかして、エースじゃない?』


思いもよらない相手に出会ってしまったのだ。


……………まさか、


『コイツ』に会うなんて…


昨日のことを回想しながら、再び大きく溜め息をついたときだった。


「ふふっ…さっきから溜め息ばっかり…」


その声に弾かれるように項垂れていた頭を上げると、大きな栗いろの瞳と目が合う。


「おはよう、エース。」


ふわりと綺麗に微笑みながら、女は少し掠れた声でエースの名前を呼ぶ。


一瞬、昨夜の甘い啼き声がエースの脳裏によみがえって、エースは慌てて瞳を逸らした。


「……………あ、あァ。」

「いいカラダ。」

「…………………へ?」

「相変わらず、すごくよかったよ。」


そう言って笑うカオが、幼いようでいて美しい。


女はエースに向かって、手を伸ばした。


「エース……………もう一回…」

「…!!ちょっ…!!ちょっとまってくれっ…!!」


エースはその手に触れないようにとっさに身を引いた。


「……………エース…?」

「あー……………こんなことしといて、なんなんだけど…」


エースは一呼吸おいて、女に告げた。


「いるんだ。……………その、……………付き合ってるヤツ。」

「……………あら、そう…」

「……………だから、その、」

「別にいいじゃない。」

「……………は?」


女のその言葉に、エースは目をまるくした。


「私、そういうの気にしないよ?」


にっこりと綺麗に微笑みながら女は言った。


「…………………。」


そうだった。


こういうヤツだった、コイツは。


「………おまえがよくてもおれはよくねェの。」


そう言いながらエースはベッドから出ると、拾い上げた服や下着をベッドへ放る。


「悪いけどすぐ帰ってくれ。おれこれから仕事いくから。」

「うーん…もう少し寝たい。だれかさん寝かせてくれないんだもん。」


クスクスと笑いながらそう答えると、またベッドに潜りこんだ。


「あのなァ…」

「大丈夫…少しだけ寝たら…帰るから…」


うとうととまぶたを落としながら、小さく答える。


エースはその様子を見て、また大きく溜め息をついた。


服を着てジャケットからカギを出すと、それをテーブルの上に置く。


「……………カギ掛けたらポストにいれておいてくれ。」


女を見ないまま、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。


「いってらっしゃい、エース。」


その言葉に、エースの肩がピクリと揺れる。


「…………………。」


エースはそれに答えることなく、足早に部屋をあとにした。


―…‥


「おはよう、エース!」


会社に着くと、いま一番カオを合わせたくない相手に声を掛けられた。


「***…」

「今日早くない?早起きしたの?」


いつもと変わらず屈託なく笑いかける恋人に、エースの胸がズキリと疼く。


「あ、あァ…まァ…たまにはな…」


エースは***の目を見ずにそう答えた。


「昨日の夜はどうだった?」

「えっ…!?」


『昨日の夜』という単語に、エースの心臓がドクンと大きくはねる。


「き、昨日の夜って…?」

「あれ、昨日じゃなかったっけ。打ち上げ。」

「…………………あ。」


……………打ち上げ。


そういやあったな、そんなの。


「あ、あァ、……………楽しかった。」

「そっか!………ほんとによかったね、成功して。頑張ったもんね、エース。」


そう言って、***はうれしそうにふわりと笑う。


「…………………。」


……………ちがう。


おれが頑張れたのは、


***が支えてくれてたからだ。


いつもちょうどいい距離感で、***がおれを見守ってくれてるから…


…………………なのに、


おれは…


脳裏に浮かんだ昨夜の情事を振りきるように、エースは強く頭を振った。


「エース?どうしたの?」

「いや………なんでもねェ。……………***。」

「ん?」

「近いうちに二人だけでお祝いしねェか。」

「…え?」


エースのその言葉に、***は立ち止まって目をまるくした。


「おれが頑張れたのは、おまえがいたからだ。」

「……………エース…」

「おまえが行きてェとこ、どこでも連れてってやる。」


そう言って、ふわふわと***の頭をなでた。


「ほ、ほんとに?いいの?」

「あァ。」


エースがニカリと笑うと、***は眉をハの字に寄せてうつむいた。


「***?ど、どうし」

「……………うれしい。」

「え?」


見ると、目がほんの少し赤くなっている。


***が、泣くのを我慢しているときのカオだ。


「ありがとう、エース。うれしい…」

「***…」


さみしい思いさせてたんだな、きっと。


ゆっくり会えない日が続いてたからな。


…………………あァ、もう、


「……………そんなカオすんな。」

「あ、ご、ごめ」

「襲いたくなる。」

「……………へ?」


思わぬエースのその一言に、***はカオを赤くした。


「おっ、おそっ、なっ、なに言ってっ…」

「あァ、それとも…」


エースは意地悪く笑いながら、***の耳に口を寄せる。


***の肩がピクリと揺れた。


「またするか。………このまえみたいに。」

「…!!ちょっ…!!ちょっとエースっ…!!」


***は慌てたように周りを見回しながらエースの口を抑えた。


「なんだよ、ほんとのことだろ。このまえミーティングルームで、」

「あっ、あれはっ、エースがムリヤリっ…!!」

「そのわりにはおまえいつもより濡、」

「いいいっ…!!いつにしよっかお祝いっ!!」


カオを真っ赤にしながら涙目になってる***を見て、エースは声を上げて笑った。


うん。


やっぱりおれは、***が好きだ。


かわいくて、しかたがない。


……………昨日のことは、忘れよう。


なかったことにすればいい。


死ぬまで、このどうしようもない罪悪感とは付き合うことになるけど。


それでも、


おれは、***とずっと一緒にいたい。


「いつが空いてる?おまえに任せるよ。おれは当分落ち着くから。」

「ほ、ほんと?うーんと、じゃあ…」


***は考え込むように腕を組むと、なにかを思いついたようにパッとカオを上げた。


「じゃあ今日は?私、久しぶりにエースの家行きたい!」


その言葉を聞いたエースは、ピクリと身体を揺らした。


…………………今日、


おれの家…


「いやいやいやいやっ…!!そっ、それはっ…!!」


その思わぬ提案に、エースは慌ててそう叫んだ。


今日はマズイっ…!


なにも片付けないで出てきたからどんな痕跡が残ってるかわからねェっ…!


ゴミ箱とか見られたら終わりだっ…!


…………………あれ、


おれ昨日ちゃんとゴム着けたか?


ぐるぐるとあーでもないこーでもないと考えて黙り込んでいると、***が口を開いた。


「ごめんごめん、やっぱり今日の今日はむずかしいよね!」

「……………へ?」

「じゃあ予定決まったら連絡するね!」

「あ、あァ…」


じゃあ今日も頑張ろうね、と、爽やかに手を振って***は去っていった。


「…………………。」


なんか…


いまの一瞬ですげェ疲れた…


おれ隠し事向かねェな…


不倫とかしてるやつの気がしれねェ…


エースは大きく溜め息をついた。


***の向かった方へ、「ごめんな。」と一言呟くと、エースも社内へと歩き出した。


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