恋におちるには、じゅうぶん!

「まにあった…!」


最終電車にギリギリすべりこむと、私は小さくため息をついた。


周りを見回すと、どこもかしこもカップルだらけ。


それはそうだ。


今日は金曜日。


デート帰りであろう恋人たちは、これから甘い夜が始まるのだから。


女だらけの宴から帰る私にはなんともうらやましい光景だ。


なにさなにさ、女同士も楽しいもんね。


そんな強がりを心の中で呟きながら空席はないかと見回した。


ポツンとひとつだけ空いた席が目について、そこへ一歩進もうとしたとき、そのとなりで主張する赤に目を奪われた。


こっ…!こわっ…!


空席の、まさにそのとなりに座る男性。


薄い眉に、尖った目、紅い唇。


なにより、チューリップみたいなヘアスタイルが印象的だ。


道理であそこだけ不自然に席が空いてるわけだ。


私は少し迷ったが、おずおずとその席へと進んだ。


すると、ギロリと見上げるするどい瞳と目が合う。


え、ダメですか?


座っちゃダメですか?


思わず怯んだ瞬間、チューリップさんは少しだけ身体を浮かしてまた座り直した。


…………………あ、


座りやすいように、よけてくれた。


すみません、と小さく告げて、私は席に座った。


………………………。


……………おかしいな。


こんな怖そうな男性のとなりに座ったら、ふつう緊張感がハンパないと思うんだけど…


なんだろう。


……………なんか、暖かい。


安心するな、このひとのとなり。


……………守られてる、みたい…


なんて…


いつもなら退屈しのぎにケータイでもいじるところだが、なんだかそうしてしまうのがもったいないと思ってしまって、なんとなくそのままゆらゆらと揺られていた。


しばらくして電車が停車すると、チューリップさんはすくっと立ち上がった。


…………………あぁ、


おりちゃうのかな。


なんて、どうしてか少し淋しくなって、そぉっとその姿を目で追ったら…


なぜかチューリップさんはおりることなく、少し離れたところのドアへ寄りかかった。


……………ん?


どうしたんだろう?


そう不思議に思っていると、チューリップさんが座っていたところに、若い男の子が座った。


だらしなく座ったかと思うと、こともあろうにケータイに向かって大きな声で話し始めた。


……………あらま、ちょっとちょっとお兄さん…


そこにいる全員がわかりやすく嫌悪感を醸し出したときだった。


「……………おい。」


おそろしくひっくい声が聞こえて、私はその方向へ視線を泳がせた。


見上げると、ドアに寄りかかっていたはずのチューリップさんが私…


…のとなりに座っているマナー違反のお兄さんをギロリと睨みつけている。


「うるせェんだよ、クソが。図々しく座ってんじゃねェ。」

「ひっ…!ひいいいいいっ…!!」


その若い男の子はなんとも情けない声を上げると、風のような速さで違う車両へと走っていった。


「ったく……………おい、そこのババア!」


バ……………ババア?


チューリップさんの視線の先を辿ると、そこにはおばあさんがよろよろと揺られながら立っていた。


「さっさと座れ!チンタラしてっからあんなんに先越されんだろうが!」


そう怒鳴りながらまたドアまで歩いていくと、イライラした表情を浮かべながらまたドアに寄りかかった。


……………そっか。


おもむろに立ち上がったチューリップさんの真意を読みとると、胸がどうしようもなく、きゅうっとせまくなる。


…………………あれ、


ちょっと、


いまのって…


おばあさんはよたよたと歩きながら、とてもうれしそうにチューリップさんに向かって、ありがとう、と言って席に座った。


チューリップさんは、ふん、と面倒くさそうに視線を逸らした。


その耳が、少し赤くなっている。


…………………あぁ、


やっぱり私、


間違いないみたい。


この、泣きたくなるような、


わくわくするような、


懐かしい感覚は、きっと。


すると、また電車が停車した。


チューリップさんが、ひらいたドアに向かって歩き出す。


「…!」


私は考えるより早くそのあとに続くと、チューリップさんの背中に向かって声を掛けた。


「あっ…!あのっ…!」

「……………あァ?」


その呼び掛けにゆっくりと振り向いたチューリップさんを見て、「このひと、世界でいちばんカッコイイ」なんて思った私は、もう結構手遅れかもしれない。


におちるには、じゅうぶん!


すっ、好きです!


……………はァ?


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