08

 部屋に着くと、ベニーくんは私をベッドの縁に座らせてくれた。


「身体冷えんだろ。暖かくしてろ」


 そう言って、私の身体に布団をかける。


 ベニーくんの言うとおり、身体が自分でも驚くほど冷えている。手足は氷のように冷たい。


「***、すぐ戻るからちょっと待ってろよ」


 そう言って、足早に部屋を出た。


 自分の手に目をやると、小刻みに震えているのが分かった。


 もう片方の手で抑えても、それは一向に治まる様子はない。


 ……怖かった。


 ほんとに、


 ほんとに、死ぬかと思った。


 目を瞑ると、まるで映画のワンシーンのようにリピートされる。










『死ねェェェ!』










 人を殺そうとしてる人って、あんな目をするんだ……。


 コンコンッ。


 ドアがノックされて、びくっと身体が揺れる。


「***? 入るぞ?」

「あ……はっ、はいっ。どうぞ……」


 ドアノブが回って、ベニーくんがひょっこりとカオを出した。


「少しは落ち着いたか?」

「は、はい。もう大丈夫です」


 そう答えると、そうか! とベニーくんは安心したように笑ってくれた。


「もう終わったから、大丈夫だ。ほら、暖かいミルク淹れてきたから」

「あ……ありがとうございます」


 優しいな。わざわざ淹れてきてくれたんだ。


 かわいらしいマグカップを手で包むと、ほわりと手が暖まって安心する。


 心なしか震えがさっきよりも治まっている。


「ベニー、***。入ってもかまわないか?」


 ドアの外側から、気遣うように問いかけられた。


「船長! 大丈夫っす!」


 キィッと音を立ててドアが開く。


「***……」


 私の様子を見て、船長さんが眉を寄せる。


「……ベニー、ありがとう。表の片付けを頼む」

「はいっ! ***、今日はもういいから、ゆっくり休めよ」

「ベニーくん……」


 ありがとう、と頭を下げた。


 気を遣わせちゃったな。迷惑かけちゃった。


「バーカ、気にすんな! じゃあ船長、行ってきます!」

「あァ、頼んだ」


 小走りでベニーくんが部屋をあとにした。


「いいヤツだろう、アイツは」

「はい、とても……」


 そう笑って言うと、船長さんも頬を緩めて私の隣に座った。


「怖いか、海賊は」

「……」


 その問いかけに、なぜか俯いてしまう。


「……そうか」


 船長さんが困ったように笑った。


「いつも……あんなことがあるんですか?」


 命のやりとりが、日常的にある。自分の世界とはまるで違った現実に、私はまだきちん向き合えていないと実感した。


「いつもだ」

「……」

「力をつければつけるほど、名が売れれば売れるほど、命が狙われる」


 船長さんは立ち上がると、窓の外に目を向けた。


「モビーディック号は、この比ではない」

「……え?」


 パッとカオを上げて、船長さんを見た。


 相変わらず、窓の外を遠い目をして見ている。


「オヤジや隊長クラスの首を狙って、毎日のように強者たちが挑んでくる」

「そう、なんですか……」


 そんな世界で、エースは生きてるんだ……。


 のほほんと生きてきた私とは、それこそ世界が違う。


 なんだか、エースがとても遠い存在に思えて。


 悲しくて、切なくて。


 また深く俯いてしまった。


「それでも」


 ゆっくりと、船長さんが私にその身体を向ける。


「それでも、エース隊長に会いたいか?」

「……え?」


 まっすぐに見つめるその眼差しが強くて、目が離せない。


「おまえが望むなら、おまえをこの船においてもいい」

「!」

「おまえが自分の世界に戻れるまで、うちで面倒をみてもいい。うちはモビーディック号よりは狙われる数も少ない。今日のような小競り合いは多少あるがな」

「船長さん……」


 さっきの私の様子を見て、きっとエースの船ではやっていけないと思ったんだ。それほど、きっと私の想像も及ばない世界。


 拳を強く握る。


 ……怖い。ものすごく。


 あれ以上の危ないことが、たくさんあるかもしれない。


 ……でも。


「船長さん……ありがとうございます」

「……」

「……でも」


 船長さんの目をまっすぐに見つめ返した。


「どんな世界が待っていても……私は、エースに会いたいです」


 立ち上がって頭を下げた。


「お願いします。もう迷惑はかけません。泣き言も言いません。この船にいる間は、なんでもします。だから」

「……」

「エースに、会わせてください」


 お願いします、とまた深く頭を下げる。


「……そうか」


 頭を上げると、船長さんは穏やかな表情を浮かべていた。


「そう言うと思った。だが一応……な」


 ぽんぽんと頭を叩かれて、安心感を覚える。


 これが海賊船の船長の器なんだろうな。


 私、たった1日で、この人に信頼感が生まれてる。


「さっきの一件があって、多少タイムロスした。モビーディック号と合流できるのは明日の昼あたりになりそうだ。それまで、よろしく頼むぞ」

「はっ、はいっ。ありがとうございます。ほんとに……ありがとう」


 思わず泣きそうになったが、それをぐっと堪える。


 泣かない。泣き言言わないって、約束した。


 エースに会うまでは、絶対。


 そんな私の様子に薄く笑って、船長さんはドアへと身を翻した。


 が、ドアの前でなぜか立ち止まって、くるりと私の方へ振り向く。


「……恋をしている女は強いな、***」


 じゃあ、と手を振ってドアを閉める。


 思わず、持っていたマグカップを落としそうになってしまった。


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