06

「……」

「……」

「……」

「……あ、あのー」


 おそるおそる呼びかけると、きょろりと大きなまるい瞳が私を見た。


「……やらないんですか?」


 そう言って、主張するようにモップをくいっと上げる。


「おまえ一人でやれよ。下っ端なんだから」


 そう冷たく言うと、すぐさま視線をそらされた。


「は、はい……」


 小さくそう呟いて、モップをそろそろと動かした。


 私は今、キッチンにいる。


 目の前には、椅子に座ったまま動くつもりがないらしいベニーと呼ばれた男の子。


 船長さんに初めて与えられた仕事は、キッチンの清掃だった。


 先輩海賊であるベニーくん(多分年下)と一緒にやるはずのそれは、私一人に任されてしまったのだ。


 ……そう言われてみれば。


 私って今、もう海賊なの? 海賊になっちゃったの?


 でも、そうだよね。だって新人クルーって言われたもん。ベニーくんのこと先輩とか言っちゃったし。


 まさか、自分が海賊になっちゃうなんて。


 ……これ元の世界で捕まったりとかしないよね。


 ……。


 ……え、ちょっとちょっと。


 ならないよならないよ、大丈夫。


 だって、世界が違うんだか


「なァ」

「……はい?」


 考え事をしている最中だったので、答えるまでに時間がかかってしまった。


「エース隊長って、そんなにうまいの?」

「うまい? な、何がですか?」


 主語がないため、なんのことかと思いそう問いかけた。


「セックス」

「……は」

「だーかーらー! セックス! うまいのかって訊いてんの!」


 ベニーくんが私をその瞳に映した。


「んな……! しっ、知りませんよ! そんなこと!」


 何言うのこの子! こんなかわいいカオして!


「はァ……さすがのエース隊長もやっぱりこんなレベル程度には手出さねェか」


大きくため息をついて、乗り出していた身を引いた。


 なんて失礼な。いや、確かに何もなかったけど。


 ……。


 よくよく考えてみたら。何もないって、逆にすごいよね。


 だって年頃の男と女が一つ屋根の下にいてさ。


 ……いや、別に悲しくはないよ? 悲しくはないけど。


 エースのこと好きだって自覚したわけだからさ。


 好きな人に、女として見られてないのかって思うと、なんか切ないっていうかなんていうか。


「男じゃ、そればっかりはわかんねェからなァ。それ以外のすげェとこはわかるけど……」


 また自分の世界へ入り込んでいると、ベニーくんのそんな呟きが聞こえた。


「エース……隊長って、そんなにすごいんですか?」


 船長さんが『エース隊長』って呼んでるのに、私が『エース』と呼ぶのはどうなんだろう。


 なんとなくそんなふうに感じて、言い慣れない『隊長』を付け加えてみた。


 ……まったくしっくりこない。


 あの食いしん坊なエースが、『隊長』。


「あったりまえだろーが! あの白ひげ海賊団の隊長だぜ?」

「はァ……」


 そう言われてもな。まず白ひげ海賊団のすごさが分からないから、いまいちピンと来ない……。


「会えばわかるぜ」

「……え?」


 ベニーくんが、遠い目をしてぼそっと呟く。


「会えばわかる。オヤジのすごさも、白ひげ海賊団のすごさも……エース隊長のすごさも」

「ベニーくん……」


 その眼差しは、以前オヤジさんのことを語ってくれたエースのそれと同じだった。


「やっぱりみんな憧れてるんですね、オヤジさんに」

「そりゃあな! でもおれが一番憧れてるのは、エース隊長だな!」

「エース……隊長に? どうしてですか?」

「そりゃあ強いしかっこいいし、なにより……」

「なにより?」


 ベニーくんはにやっと笑って私を見た。


「女にモテる」

「……」


 ……そこかい。


「早く会いてェな! エース隊長やオヤジに!」


 ベニーくんは目を煌めかせながら言った。


 ……なんか。うれしいな。


 エースのことが一つずつ知られて。


 もっと知りたいな。私の知らない、エースのこと。


 早く、会いた










 ドォォォンッ!









 突如、大きく船が揺れた。


「なっ、なんだっ?」


 ベニーくんが、大きくよろけながら叫んだ。


 なっ、何今の……!


 切迫した声で「敵襲だー!」と聞こえてきたのは、その5秒後のことだった。


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