44-1

「え? いなくなった? ……エースが?」


 船長が、あまりにも深刻なカオをしているもんだから、私は半笑いでそう訊き返した。


 あの落ち着きのないエースが、モビーからいなくなったくらいで、何をそんな大げさな、と、表情だけでそう返す。


 けれど、船長は、私が呑気な薄ら笑いを浮かべても、眉間の皺を和らげはしなかった。むしろ、深まっていく一方だったから、私の胸中にはさざ波が立った。


「エースがいなくなった〈瞬間〉を見たヤツらによれば、突如、甲板に得体の知れない、白く強い光が現れて、その光の中に、エースが吸い込まれたらしい」


 自分が今、何を聞かされているのかわからない。突然現れた光に体を吸い込まれて、なんて、童話や小説の中の話――とはいっても、私は活字を読む機会がほとんどない――のようで、頭の中でその光景を想像しようと試みるも、うまくできるはずもない。


 けれど、これだけはわかる。エースは、自分の意思でいなくなったわけじゃない。得体の知れない〈何か〉に、無理やりどこかへ連れて行かれてしまったのだ。


「それって、いつの……」

「……もう、五日になるらしい」


 私の言葉尻を予想して、船長が苦いカオのまま、そう答える。


 私は、反射的に走りだしていた。


 その私の腕を素早く掴むと、船長は叫んだ。


「待て! ディモ! どこへ行くつもりだっ」

「決まってんだろ! エースを探しに行く!」

「やめろ! オヤジは俺たちに、待機命令を出してる!」

「……! だからって……だからって、黙って待っていられるかっ」

「おまえが行って、何になる! 邪魔になるだけだ! オヤジたちの、足手まといになりたいのかっ」


 足手まとい――その言葉に、ぐっと、声を詰まらせる。自分がまだまだ未熟者で、みんなの足を引っ張ってしまっていることは、もちろん自覚している。だからこそ、そこを突かれてしまうと、正直痛かった。


 唇を噛み締めて、苦々しい気持ちで押し黙る。


 私の腕からそっと手を離すと、船長は言った。


「今は、オヤジたちと……エースを信じよう」

「……」

「大丈夫。エースのことだ。きっとすぐ、ひょっこり戻ってくるさ」


 船長の大きな手が、頭の上で数回跳ねる。


 私は、小さく頷いた。


 これ……エースもよく、やってくれたな。


 私はこの日から、祈るような気持ちでモビーからの連絡を待った。





「おおい! エースが帰ってきたってよ!」


 その吉報は、エースが行方不明になってから、およそ一ヶ月後に、ようやく船内を駆け巡った。


 歓喜に沸く船員たちと、喜びや安堵を分かち合いながら、私は居ても立ってもいられず、船長の前に立ちはだかった。


「せっ、船長……! あのっ」


 私がすべてを言い終える前に、船長はじっくりと頷いた。あきれたような笑みを浮かべていたから、おそらく、こうくることは予想していたのだろう。


 私は、船長に深く頭を下げると、慌てて踵を返して、小型の船に乗り込んだ。





 モビーは、ある街に停泊をしていた。


 外から船内を窺ってみたけれど、エースらしき姿は見当たらない。


 街に着いたのに、エースがじっとしていられるわけない――。


 そう推測して、私はさっそく街中を捜索した。


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