05
頬を伝う風は、潮の匂い。目の前には、大海原。
「……来ちゃったよ」
異世界に……エースの世界に。
船長さんの計らいで用意された部屋は、こじんまりとしているが、手入れが行き届いている綺麗な部屋だった。
コックさんが作ってくれた温かいスープと簡単な食事を頂くと、「今日はもう自室で休むといい」と、船長さんが言ってくれた。
すれ違い様に副船長さんに「私はまだあんたを信用してないからね」と睨まれた。
あの様子だと、エースのことが好きなんだろうな。多分。
「エース……」
……会えるんだ。
ほんとに会えるんだ、エースに。
「夢……見てんのかな」
でも、ほっぺたならもう何回もつねった。
これは、夢じゃない。
「エース、どんなカオするかな……」
驚くよね、きっと。っていうか、
覚えててくれてるかな。
いや、エースが薄情とかそういうんじゃなくて、なんか、こう。
帰ったら記憶がなくなってました的な。そんなオチだったらどうしよう。
間違いなく殺されるよね、その時は。
あの副船長の血走った目を思い出す。
殺られるとしたらあの人だな、多分。
それにしても。と、思う。
「どうして、こっちに来ちゃったんだろう」
原因だと思ってた例のネックレスは、エースが持ってるはずだし。あれが関係ないとも思えない。
だって、あれは日本で存在したものだったか、
……あ。……もしかして。
エースは、私の世界で存在したものを持ってたから、私の世界にきた。
ってことは……私はその逆だ。
エースの世界で存在したものを私が持ってたから、私はここにきたんだ。
でも、そんなもの私……。
「……あっ!」
その考えに辿り着くと、私は持っていた自分のバッグをがさごそと探った。
手に「それ」が当たる。
「……これだ」
出掛ける直前に、シューズボックスと壁の間から出てきた物。
あの日、最後にエースと家を出たときに、エースのテンガロンハットから取れてしまった飾りだった。
もちろん、これはエースの物だから、こっちの世界で存在した物だ。
「これのおかげかー……」
そう呟いて、牛を象ったような不思議なそれを指でなぞる。
「……返さなきゃな、エースに」
それに、伝えたいことがたくさんある。
私はそれを強く握ると、ベッドに潜って目を閉じた。
*
「モビーディック号とは、この先の小さな島で合流することになった」
翌朝、朝食だと呼ばれて食堂のようなところへ連れていかれると、船長さんが優しく迎えてくれた。
船長さんの隣の席へ促されると、全員の視線が突き刺さる。
やはり、まだ信用されてはいないらしい。
副船長さんに至っては今にも斬りかかってきそうな剣幕だ。
「おそらく、明日の朝には島に着くだろう」
「あ、明日……」
意外と早いな。
なんか、緊張してきた……!
「ふっ。エース隊長は異世界の女にまで手を出すんだな」
「……はい?」
船長さんが、にこやかにとんでもないことを口走る。
「な……! そんなわけないよお兄ちゃん! エース隊長が、こんなちんくしゃ相手にするわけないじゃない!」
「ち、ちんくしゃ……」
「おい、言いすぎだ。あと船長と呼べと言ってるだろう」
「……ふんっ」
そう吐き捨てて、副船長さんは私を睨みつけた。
「異世界からきたなんて、私は信じない。エース隊長に会うための嘘にきまってる。現にエース隊長はそんな女知らないって言ってたじゃない!」
「……え?」
し、知らない?
「知らないとは言ってないだろう。興味がないと言っただけだ」
「き、興味がない……」
ど、どっちも似たようなものなんですけど……。
やっぱりエース、覚えてないのかな。
「……詳細を伝える前に、興味がないと言われたんだ。***の名前も言ってない。そう不安そうなカオをするな」
よほど不安が滲み出ていたのか、船長さんが柔らかく笑ってそう言った。
「エース隊長に会えば、バケのかわも剥がれるわ。その時は……覚悟しなさいよ」
刀を、くいっと少し上げて、副船長さんがにたりと笑う。
……全っ然似てないな、この兄妹。
「まァなんにせよ、まだ時間がある……***」
「はっ、はいっ」
船長さんが、持っていたフォークとナイフを置いて、椅子に深く寄りかかる。
「おまえは今、この船の新人クルーだ。船に乗っている以上働いてもらうぞ」
「あっ、はっ、はいっ! よろしくお願いしますっ!」
立ち上がって頭を下げると、船長さんがまた柔らかく笑う。
「わからないことはアイツに聞け」
そう言って視線を向けた先には、一番最初に遭遇した男の子がいた。
「ベニーだ。アイツはサボりぐせがあるが、面倒見がいい」
「ひどいっすよォ、船長!」
「ふっ。本当のことだろう。頼んだぞ」
「……へーい」
ベニーと呼ばれたその人と目が合うと、ふいっとすぐにそらされてしまった。
き、嫌われてる。
「よしっ! みんな! 明日は久しぶりにオヤジや隊長たちに会える! この前手にいれた極上の酒を用意しておけよ!」
船長さんのその掛け声に、全員が「おおおおおっ!」と拳を上げたのだった。[ 5/56 ][*prev] [next#]
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