03

『***っ! グランドラインにはよっ、こーんなでっけェバケモノたちがうようよしてるんだぜっ!』










 ……エース?










『うっそだァ。そんな大きな魚、いるわけないよ』

『うそじゃねェよ! 海王類っていってよ!』

『だって、そんなバケモノがうようよしてたらエースたち食べられちゃうよ』

『バーカ。おれたちはすっげェ強いんだぜ! あんな海王類ごときに食べられるかよ! 逆にそいつら食っちまうくらいだぜ』

『……エースならまるまる一匹食べちゃいそうだね』

『あァ、食える食える。なんかそんな話してたら腹減ったな!』

『はははっ、じゃあご飯にしよっか!』

『おうっ!』










 ……エース。










 ……エース。










 会いたいよ、エース……。










「う……ん」


 ……あ、れ?


 今の、夢……? 私、いつ寝たんだっけ……?


 あれ……今日仕事したっけ?


 合コンじゃなかったっけ、今日……。


 全っ然覚えてない……。


 少しずつ覚醒していく意識の中、自問自答を繰り返した。


 ……確か、


 会社に行こうとして……家から出て……。


 階段を降りようとしたら……。


 まぶたの裏に、あの眩しい光が蘇ってくる。


 ……そうだ。


 ガラスの反射が眩しくて、目が眩んで……。


 ようやく、自分の置かれている状況がわかった。私は今きっと、アパートの前で無様に転がっているんだ。


 ……すごい恥ずかしい。目開けたくない。


 出勤中のご近所さんに見られてたらどうしよう。


 そんな羞恥心と戦いながら、そっと目を開けた。


「……え?」


 その光景は、まったく予想だにしていなかったものだった。


 目を開けても、闇が広がっていたから。


 ……えっ?


 もしかして……もう夜なの?


 まっ、まさかの放置……! それはそれでちょっと悲しいんだけど……! せめて、声かけてくれたりとかしてくれても……!


 それにしても、暗すぎない……?


 いくら夜だといっても、街灯くらいは点いているはず。こんな真っ暗闇なわけない。


 ……それに……なんか。










 ……揺れてない?










 様々な疑問が浮かんで、身体を起こさずにはいられなかった。


 ここ……どこ……?


 暗闇に慣れてきて見えてきた光景は、明らかに外ではない。室内だ。


 も、もしかして、私……


 ……拉致、された?


 どっ、どっ、どっ、と心臓が走り出して、嫌な汗がぶわりと噴き出した。


 どうしよう。どうしよう……!


 とりあえず、ここ出なきゃ……!


 でも……


 身体が震えて、立てないっ……!


 その時。


 キイ。


「さーて、お片付けおかたづ……ん?」

「あ」


 数秒の沈黙が二人の間に流れた。


「だっ……! 誰だ……! おまえ……!」


 その男は、勢いよくモップとバケツを落としてそう叫んだ。


 だ、誰だって……


 こっちが聞きたいよ……!


「おい、どうした? 何を騒いで……なっ、なんだこの女っ!」


 その騒ぎを聞きつけて、ぞろぞろと人が集まってくる。


 どっ、どうしよう……! 殺される……!


「なにしてるのよ、あんたたち」

「あっ、副船長……!」


 ふ、ふくせんちょう?


 そう呼ばれて現れたその女性は、モデルさんかと思うくらいのスタイルのいい美女だった。


「副船長っ!妙な女がっ!」

「妙な女……?」


 そう言って、私をその大きな瞳に写した。


「え、あ、いや、あの」


 ……あ、あれ? 私……拉致されたんじゃないの?


 その人たちの様子から、どうやら自分が拉致されたわけではないことを悟った。


「あんた……まさか賞金稼ぎか何か?」


 し、賞金稼ぎ? 何それ。


 もう何が何やらまるでわからない。


「副船長。大方この女、さっき停泊した村の娘じゃないですかい? 海賊船と知らずに乗っちまったとか……」


 ……は?


 い、今、なんて


「その可能性はあるね……このグランドラインでこんな小娘一人航海していたとも考えられない」










『グランドライン』










 ……え?


 グランド、ライン……?


 え、ち、ちょっと待って。


 かつてその言葉を口にした人を、私は一人しか知らない。










『ここはグランドラインのどの辺だ?』










 その時、一つの仮説が脳裏をよぎった。


 まさか……まさかっ、


 ここって……!


「副船長……この女、好きに処理していいですかい?」


 ある男が舌なめずりをしながら、いやらしい目付きで私を見る。


 背筋が、ぞわりとした。


「ふんっ、好きにしなさいよ。そのかわり面倒起こさないでよね」


 そう言って、その身を翻して去っていく。


「ちょっ、ちょっと待って……!」

「おおっと、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんには今からおじさんたちの相手をしてもらうからねェ」


 そこにいる男たちの目が、まるで獣のように光っている。


 いくら私でも、この後自分がどうなるかくらい分かる。


 恐怖で、身体が震えだした。


「だーいじょうぶだって! そんな怖がらなくてもよォ。優しくしてやるから……」


 そう言いながら、その太い腕を私に向かって伸ばした。


「っ、いやっ……!」


 その手を弾こうと腕を振り回したら、その男の頬に手が当たってしまった。


「このっ……くそアマっ!」


 その男はぎろりと私を睨むと、その手を大きく振りかざした。


 それと同時に左の頬に走る、激しい痛み。


 その衝撃で、私の身体は床に叩きつけられた。


ずしりと、身体に感じる重み。男が下品な薄ら笑いで、私を見下ろしている。


「せいぜいかわいく啼けよ……?」


 そう言って、私の胸元に手を掛けた。


「いやっ……!」


 誰か……! 誰か、助けて……!


 誰かっ……!










「っ、エース……!」










 そう叫んだ瞬間、


 すべての空気が止まったのが分かった。


 不思議に思ってそっと目を開けると、そこにいる全員の動きが止まっている。


 目をまるくして、私を見ているのだ。


「おまえ……今なんて言った?」

「……え?」


 ……なに? なんのこと?


「エースって……確かにそう言ったよな……?」

「……! エースをっ、エースを知ってるんですかっ?」


 勢いよく身体を起こして、思わず私はその男の胸ぐらを掴んだ。


「しっ、知ってるもなにも……」


 そう男が口にしたところで、カツカツとヒールの音がした。


 見ると、先程のモデル美女がすごい剣幕で私に近付いてくる。


 目の前まで来たかと思うと、ぐいっと乱暴に腕を引かれた。


「あんた……! エース隊長のなによっ!」

「……! いった……!」


 エース……〈隊長〉?


「答えろ小娘っ!答え次第じゃ、タダじゃおかないよっ!」


 血走った目で詰め寄ってくる迫力に、先程以上の恐怖が芽生えた。


 口を開こうとした、その時。


「やめておけ」


 一人の男性が静かに現れた。


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