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「あっ、エース」
昼寝でもしようと甲板に出たら、***が倉庫の中からカオを出した。
「お、おう」
「偶然会うなんて、初めてだね。こんなに広いのに」
エースに会えたことがうれしいのか、***は声を弾ませながら笑いかけてくる。
なんだか***が輝いて見えて、エースの心臓はまた変なリズムを奏で出した。
まずい、直視したら死ぬ。
ふいっと、さりげなく視線を横にずらすと、***は眉を寄せて不安げな声を出した。
「もしかして忙しかった?」
「えっ、あァ、いや……」
「隊長クラスの人はやっぱりみんな忙しいんだね。マルコ隊長にもなかなか会えなくてさ」
ぴくり。エースの身体が揺れる。
「マルコ隊長って、なんだか特別忙しい気がするんだけど気のせいかな?」
「……」
「休んでるところあんまり見たことな」
「……」
「? エース?」
「あ、あァ、悪ィ……そうだよな!少しくらい休めよって、いつも言ってんだけどな」
「そうなんだ。働きものなんだね」
困り顔で眉を下げて笑う***に、エースの眉間には苛立ちを表すように眉間にしわが寄せられる。
なんだよ。マルコの話でうれしそうなカオしてんじゃねェよ。
『なかなか会えなくて』ってなんだよ。そんなにマルコに会いてェのか?
そこまで考えて、エースははっと我に返った。
何を考えてんだおれは。
***もマルコも、お互い心を許し合いかけてんだ。
恩人と家族が仲良くなろうってんだから、喜ぶとこだろ、そこは。
エースは突如押し寄せてきた黒い感情を、なんとか腹の奥底に沈ませると、口元に笑みを作った。
「そういうヤツだから、***もマルコのこと支えてやってくれな」
なんだか、うまく笑えてねェ気がする。笑うってどうやるんだっけ。
「うん。わかった。頑張るよ、エース」
「……」
「エース? どうし」
「別に頑張ることねェ」
「……え?」
「おまえは、黙っておれに守られときゃいいんだよ」
刺々しいその言い方に驚いたのは、***よりもエースの方だった。
おれ、何言って……
「あ、い、いや、その、あれだ! ……む、無理はするなよって、そういう意味だ!」
「あ……ああ! なんだ、そういうことか!」
「おう! そういうことだ!」
あははは、と、二人で曖昧に笑い合うと、エースは話をそらそうと別の話題を持ちかける。
「今は何してたんだ?」
「ん? あァ、倉庫の中片付けてたの」
「そうか、おれも手伝うよ。」
「えっ、いいよいいよ。エースだって仕事」
「今ちょうど空いてるから大丈夫だ」
そう答えながら***を置いて倉庫へ足を進めると、戸惑いがちな足音がすぐ後ろから追いかけてくる。
薄暗いそこの天窓を空けると、一筋の光が室内を照らした。
「あ、よかった。私じゃそこ届かなくてさ」
「そうだよな。さっそく役に立ててよかったぜ」
口の端を上げてそう言うと、***は楽しそうに笑いながら手を動かし始めた。
「でもほんとに広いよね、モビーは」
「そうだなァ。まァ千人以上乗せてっからなァ。こんくらいにはなるよな」
「エースって、他の船は乗ったことあるの?」
「あァ。おれ白ひげに来る前は、他んとこで船長やってたんだ」
「ええっ? そうなのっ? 初耳なんだけど!」
「そういや言ってなかったかもな。スペード海賊団っていって……」
お互い身体を動かしながら、とりとめのない会話をする。
……なんか、久しぶりだな、この感じ。
エースは、***のアパートの狭い一室で、一緒に過ごした日々を思い出していた。
あんときと同じ。あったけェ気持ちになる。
むず痒いような弱く締め付けられるような、なんとも不思議な胸の痛み。
苦しいのに、この感覚は、嫌いじゃない。むしろ、もっと続いてほしいとさえ思う。
おれ、一体何の病気なんだろう。
「そうだったんだね、知らなかった」
「え? あ、あァ……たまにその頃のクルーに会うこともあるんだぜ。同じ町に偶然停泊したりしててよ」
「へェ! なんかいいね、そういうの」
「ははっ、だな」
「マルコ隊長は?」
「……は?」
突然、その名前が***の口から出てきて、エースは思わず手を止めた。
「マルコ隊長も、どこかで船長やってたりしたのかな?」
「さ、さァ……おれが来たときはもうすでにこの船にいたからな」
「そうなんだ……じゃあ、今日聞いてみよう」
「……」
「マルコ隊長も、船長とか似合いそうだよね」
「……」
「なんかオーラがあるし」
「***」
「ん?」
「……そんなにマルコのことが知りたいのか?」
「え?」
「おまえ、その……昨日からマルコのことばっかり」
「ええ? そ、そうかな? でも確かに私がお世話になってる隊の隊長さんだし、もっと仲良くなりたいって思ってるよ」
「……それは」
「ん?」
「マルコが、おれの家族だからか?」
「え?」
「マルコのことが気になるのは、マルコがおれの家族だからか?」
真剣なカオでそう問い掛けると、***は眼の球を左右に忙しなく泳がせた。
「え、あ……う、うん」
照れたように頬をピンクに染めながら、***はそれをごまかすようにせかせかと身体を動かす。
……そうだよな。***は、おれの家族と仲良くなりたいって、そう思ってくれてんだ。
***の言う通り、マルコは***の隊の隊長だし。
そう思うのは、当たり前のことだ。
……でも、
おれがジャンケンに勝ってたら、***がマルコをこんなに気にすることもなかったのにな。
そもそも、あの時***がおれの隊がいいって言ってくれてりゃ、ジャンケンなんてすることも、
……あー、くそ。
そんなこと、いまさら言ったって仕方ねェじゃねェか。情けねェ。
……喜んでやらなきゃ。
そんなふうに思ってくれてありがとうって、そう言ってやらなきゃ。
……いやしかし、それにしたってマルコマルコって言いすぎじゃねェか?
アイツのなにがそんなに気になるんだよ。
おれのことにだって、こんなに興味持ってくれたことなんて、
……あ。
いや、そうじゃなくて、こんな女々しいことを思いてェわけじゃなくて、
でも、だけど、だって、
ぐるぐるぐるぐる。
まるで、マーブル模様のように、胸の中が白と黒でごちゃ混ぜになっていく。
それがとても気持ち悪くて、エースの頭は混乱した。
「エース? 大丈夫?」
ただ一点を見つめたまま身動き一つとらなくなったエースを、***が不安げに見つめる。
「なんか昨日の夜から変じゃない? もしかして具合悪い?」
そう言いながら、***は右手をエースのおでこに乗せた。
「船医さんに診てもらう?」
「……いや」
「じゃあ少し休もう?」
「……いい」
***の心配そうな視線が、たまらなくうれしい。
遠慮がちに触れる小さな手が、泣きたくなるくらい気持ちがいい。
もっと、おれのことだけ考えてほしい。
おれのことだけ、見てほしい。
こんなんじゃ、全然足りない。
もっと、もっと、
「そうだ、マルコ隊長に見てもらおう?」
「……」
「マルコ隊長なら、きっと治して……わっ!」
離れかけた***の手を乱暴に引いて、自分の方へ引き寄せた。
数十センチ先に、目を見開いて息を止める***のカオ。
かわいい、
触りたい、
そんなことダメだ、
でもかわいい、
触りたい、
触りたい。
「エー」
***が自分の名前を紡ぐ寸前に、
その唇を塞いだ。
***のおでこにテンガロンハットの鍔が当たって、エースの頭からずり落ちる。
***の匂いが近すぎて、頭の中がくらくらした。
ゆっくりと、重なっていた唇を離すと、
鳩が豆鉄砲食らったような、***のカオ。
エースは罰が悪そうに深く下を向くと、絞り出すような声で言った。
「……おれ」
「……」
「あ、謝らねェからな」
「……」
「マルコマルコマルコマルコって」
「……」
燃えるように熱くなったカオを上げると、抑えきれない感情のまま、正直な気持ちを吐き出した。
「……うるせェんだよ、バーカ!」
ぽかんと口を開けっ放しにした***をそのままに、エースはずかずかと足音を立てて倉庫から立ち去った。[ 34/56 ][*prev] [next#]
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