31
船の外へ走り出したエースたちの後を追っていくと、この船と相対する海賊旗と目が合った。
その船は、モビーよりも少しだけ大きくて、薄暗く、どこか不気味だ。
つい先日のことが思い出されて、私の身体はぶるりと震えた。
「大丈夫か? ***」
隣にいたエースが、私のカオを不安げに窺う。
「……大丈夫! ……エースが一緒だし」
へらりと、蒼いカオで笑って見せると、エースは目を細めて私を見つめる。
その大人びた表情に、胸が高鳴ってしまった。不謹慎。
「あァ、大丈夫だ。***のことは、おれが必ず守る」
「エース……」
かっ、カッコいい……! 好き!
って、こんな時に私ほんと。
一人身悶えていると、ジョズさんが大きな身体を揺らしながら私の隣に立った。
「人数が多いな。どこの海賊団だ、あれは」
「確かあれは」
ジョズさんの近くにいた船員さんが、バサバサと忙しなく紙をめくっていく。
「こいつです! 最近、副船長の懸賞金が五億まで上がってます!」
「五億っ?」
その船員さんの答えに、ジョズさんより早く、私が反応してしまった。
五億って……五億っ?
ベリーの単位がいまいち分からないけど、もし日本円と同じ単位だったらとんでもない額だ。
副船長で五億ってことは、船長はもっと上ってことだよね。
「五億っていやァ、エース! おまえと同じくれェじゃねェか」
「ん? あァ、そうだな」
「え……ええっ?」
ラクヨウさんのその衝撃的な言葉に、エースはさらっとなんてことないようにそう答えた。
「エっ、エースを捕まえると、五億もらえるってこと?」
「なんだよ、***。おれを捕まえてみるか?」
そう言いながら、エースは不敵に笑ってみせる。
「いっ、いや、そういう意味じゃなくてっ」
「ほら***ちゃん! これがエースの手配書!」
そういつものように無邪気に笑って、ハルタさんは一枚の紙を私の目の前に掲げた。
そこには、エースの(カッコいい)写真と、名前、そして懸賞金の額が書かれている。
「この、”Dead or Alive”って……」
「”生死問わず”……つまり、エースは生きてても死んでても五億くらいの価値ってこと!」
「そんな爽やかに言うことか?」
サッチさんが私たちのやりとりをみて、あきれたように笑った。
……すごいすごいって、ベニーくんや皆が言ってたけど、
エースって、ほんとにすごいんだ……。
見た目もカッコよくて身長も高い、身体つきもがっちりしていて、男らしい。
おまけに、五億の懸賞金を掛けられるくらい強いなんて……。
そりゃモテるはずだ。
変なところに感心していると、イゾウさんがキセル片手にふらりと現れた。
「久々に骨のあるやつがいそうだなァ」
「全員出張る必要はねェよい」
「誰が行く?」
「おれは船に残る。***がいるからな」
「おまえの”火拳”で行けそうじゃねェか?」
エースを含めた船員たちが、敵船を目の前にがやがやし始める。
……。
ちょっとこの人たち……
緊迫感なさすぎじゃない?
あ、今気付いたけど、エース左手にお肉持ってる。
あまりにもゆったりとしたその空気にあぜんとしながらも、私はエースの隣を確保した。
だって私は怖いです。
「よーし、んじゃ各々そんな感じで! あとは臨機応変にな!」
リーゼントをなでつけながら、サッチさんがのんびりとした様子でそう口にする。
ちょ、大丈夫なの、これ。
ほらほら、あちらさんは大きな声で「おおおおおっ」とか言ってるよ? すんごい気合入っちゃってるよ?
「***」
「はっ、はい」
思わずぼう然としていると、エースがいつのまにか私の方を見ていた。
「おれから離れんなよ」
「え、わ、私ここにいるの?」
「あァ、目の届かないとこにいられると不安だ」
「わ、わかった……」
どうしよう、手が震えてきちゃった。
怖い、怖い。またあんな目に合ったら、
「大丈夫だ、***」
「エース……」
「おれがついてる」
そう言っていつものように笑うエースに、自然と手の震えが治まってくる。
「来るぞ……!」
誰かのその叫び声にふと敵船に目をやれば、いつのまにか、それはもう目前に迫っていた。
「我らはグレゴリー海賊団! 船長白ひげ、およびその船員の命、我らが貰い受ける!」
船長と思しき男性が声高らかにそう叫ぶと、白ひげ海賊団全員のカオつきが変わる。
その表情に、ぞっと身の毛がよだった。
「行くぞ! このバカ共を迎え打て!」
「おおおおおおおおおお……!」
かくして、白ひげ海賊団での初めての戦闘が始まった。
「***! おれにしっかり掴まってろよ!」
「えっ……わっ……!」
エースは私を軽々持ち上げると、ふわりと宙へ浮いた。
「……!」
そのあまりの高さに、思わず声を失う。
「火拳のエース! おまえのその首、おれが頂く!」
「おまえ副船長だな……舐められたもんだぜ。やれるもんならやってみろ……!」
「死ねェェェェェ!」
そう叫びながら、その副船長とやらは、エース(とついでに私)に向かって剣を振り上げてきた。
「***! ぜってェおれから離れんなよ!」
「はっ、はいっ」
そのエースの言葉に、私はエースのお腹に必死でしがみついた。
「おまっ……! バカ! しがみつきすぎだ! むっ、胸がっ」
「エース! 前!」
「……!」
剣が振り下ろされるその一歩寸前で、エースはそれを人間技とは思えないジャンプ力でひょいっと交わす。
いっ、いちいちジャンプが高い……!
「***、ちょっと熱ィが我慢しろよ……!」
「ええっ? 何? 聞こえな」
「火拳……!」
「!」
突然、エースの握った拳から、ぶわりと大きな炎が現れる。
その炎が、敵目掛けてまるで生きているかのように伸びていった。
その人の身体半分がその炎に包まれて、断末魔のような悲鳴が聞こえてくる。
思わず、強く目を瞑ってその光景からカオをそらした。
「大丈夫だ***、殺さねェから」
「エ、エース……」
優しげに微笑んだエースのその拳は、いまだ炎が燻っている。
これが……エースの能力……
そうか。
『火けんのエース』……
『火拳のエース』……!
その時、
パァァァァァン……!
突然、乾いた音が空気を裂いた。
「! エース……!」
見ると、エースの右脇腹に、ぽっかりと穴が開いている。
血の気が、いっきに引いた。
どうしようっ、どうしよう……!
エースが死んじゃう……!
「エース……! エースしっかり……! ……あ、あれ?」
涙で膜の張ったその向こうには、相変わらず不敵に笑うエースのカオ。
あれっ? 撃たれたよね今? あれっ?
訳のわからないまま、再びエースの撃たれたであろう脇腹を見ると、そこから炎が上がって、そのまま穴が塞がった。
「こんなんじゃおれは死なねェよ、***」
「……」
あぜん。
今の私には、その言葉がぴったりだ。
なんなの……?
なんなの、この人たち。なんなの、この世界……。
改めて辺りを見渡すと、とてもこの世のものとは思えない光景が広がっていた。
ジョズさんの右手は、特殊メイクを施したようにキラキラと光っていて、まるでダイヤモンドのようだ。
その硬化したような右腕で、ブルドーザーのように敵をなぎ倒していく。
イゾウさんは姿形は変わらないものの、滑らかな動きで銃を使いこなしていた。
その姿に、いつものしゃなりとした細やかさはない。
イゾウさんだけじゃない。
いつもはかわいらしいハルタさんも、豪快に笑っているラクヨウさんも、おちゃらけたイメージのサッチさんも。
皆、荒々しい海賊のカオをしている。
そして、何より私の目を奪ったのは、暗雲立ちこめる空を悠然と舞う青いもの。
「! ……エース! 鳥! 青い鳥がいる……! あれも敵っ?」
美しいその鳥は、なぜか私をちらっと見た後、ふっ、と笑った。
な、なんか鼻で笑われたんですけど……。
「あァ、あれはマルコだ」
「え……ええっ!」
マルコ隊長っ? あれがっ?
「言ったろ? マルコは不死鳥だって!」
エースは私と会話をしながら、器用に敵の攻撃を交わしていく。
なんだかもう、何に驚いていいのか分からない。
これが、この世界の、海賊。
ハリウッドのアクション映画よりも迫力のあるその現実に、私はただただあぜんするしかできなかった。
気付いた時には、見事白ひげ海賊団が勝利をおさめていたのだった。[ 31/56 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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