30

 夕食で賑わう食堂。


 エースは一人、そわそわと身体を動かしていた。


「なんだァ? エース。さっきから落ち着かねェなァ」


 ラム酒片手にふらふらの足取りで現れたのは、ラクヨウだ。


「いや、***おっせェなと思って……」

「また***かよ! おまえべったりだな!」

「うるせェな、ほっとけ」


 げらげらと笑うラクヨウを一睨みして、エースは再び食堂の入口に目をやった。


 今朝の、***の沈んだカオを思い出す。


 ***は気にしてねェって言ってたけど……


 ほんとは、あきれたのかもしれない。


 世話したやつが、自分の働いてる時に女抱いてたなんて……


 ……どうしよう。


 もし、***に、き、き、き、


 嫌われたら……!


 がたん、大きな音を立てて椅子から立ち上がったエースに、ラクヨウを始め、他の船員たちも目をまるくした。


「お、おれ、***のこと探してくる!」

「あほか、もうじき来るぞ」

「けどよっ」

「お……噂をすれば」

「え」


 ラクヨウの視線の先を辿ると、数人のどでかい船員たちに混じって、小さな身体が一つ。


「……***っ」

「バーカ、邪魔してやるな」


 その言葉と同時に、ラクヨウは***の元へ走り出そうとしたエースの手を強く引いて再び椅子に戻した。


「な、なんだよ邪魔って……」

「『エースの家族と仲良くなりたい』」

「は?」


 訝しげな表情をラクヨウへ向けると、ラクヨウはめずらしく穏やかなカオをして笑っている。


「***がそう言ってたってよ」

「……***が?」

「あァ……大切なやつの家族とは、仲良くなりてェって思うだろ」

「……」

「想われてんじゃねェか、おまえ」

「……」

「だから少しは落ち着けバカ」


 そうけらけらと笑いながら、ラクヨウはラム酒の入った瓶を空にした。


 ***が、そんなことを……。


 ほわりとした暖かさが、エースの胸に押し寄せる。


「あっ、エース」


 エースを見つけた***が、うれしそうに手を振ってそう声を掛けた。


 それに応えるように手を上げると、***は一緒に来た船員たちに会釈しながらエースの元へと小走りする。


「お疲れ様、エース」

「おう、お疲れ」

「***は元気だなァ」

「あっ、ラクヨウさん。お疲れ様です。ここ、座ってもいいですか?」

「おう、座れ座れ!」


 手招きしたラクヨウに、ほっとしたように息をつくと、***はエースの隣に腰掛けた。


「***、おまえエースになんとか言ってやれよ!」

「? どうしたんですか?」

「******ってうるせェのなんのって……」

「ラ、ラクヨウ! おまっ、いらねェこと言うんじゃねェ!」


 カオを熱くしながら、エースはラクヨウにそう噛みついた。


「エース、私になんか用だったの?」

「い、いや、別に……」

「***がそばにいねェと落ち着かねェんだと! まるで飼い主に懐きまくってる犬だぜ」

「いっ、犬とか言うな……」


 くそっ、なんか強く否定できねェ……!


「ははっ。確かに、エースってちょっと犬みたいですよね」

「な……! おまえまでそんなこと言うのかよっ」

「あ、いや。精神的にっていう意味じゃなくて……ほら」


 そう言葉を切ったかと思うと、ふわり、頭に触れる小さな手。


「エースってくせっ毛だから、なんだか見た目が……」

「……」

「エース? あれ? 怒った?」

「……いや」


 ……言えない。***に撫でられてるのが気持ちいい、なんて。これじゃあほんとに犬じゃねェか、おれ。


「がはははっ! これからはエースが言うこと聞かねェときは***に命令してもらうとするか!」

「おれがいつ言うこと聞かなかったってんだよ」

「いつもだろうが」

「そうだな、いつもだよい」

「!」


 いつのまにか後ろに立っていたその男を見ると、***は立ち上がった。


「マルコ隊長、お疲れ様です」

「おう***、ちゃんと夕飯に間に合ったじゃねェか」

「はい、お腹空いたんで頑張りました」

「よく食うねい、おまえは……」


 そうあきれたように笑いながら、マルコは***の隣に腰を掛ける。


「なんだよ、ずいぶん***と仲良さげじゃねェか、マルコ」

「おう、ラクヨウ。別に仲良しじゃねェよい。まァ、今日はよくやってくれたからねい」

「へェ! ***は働きもんだなァ」

「おまえらも少し見倣えよい」

「おれよりエースだろ! な、エー……おい、エース?」


 ずっと押し黙っていたエースに全員が視線を向けると、エースはなぜか釈然としない表情を浮かべながらエビピラフを頬張っていた。


「エース? どうかした?」

「……なんでもねェ」

「ご機嫌ナナメかよい」

「くくっ。さァな!」


 そんなエースの様子を見ながら、ラクヨウは楽しげに笑う。


 ……よかった。***がマルコと仲良くなれて。


 ***はこれからマルコんとこで世話になるんだ。マルコとうまくやれねェと***が大変だからな。


 名前までもう呼び捨てで呼ばれちまってよ。あー、よかったよかった!


 そう思っているはずなのに、***とマルコが楽しげに視線を交えるたびに、エースの胸にはそれと真逆の感情が沸きあがってくる。


 ……くそ、なんだよ、これ。***がせっかくおれの家族と仲良くなりたいって思ってくれてるっていうのによ。


 ほんとにおれは、どうしようもね、


 カンカンカンカン……!


「!」

「ったく、人が飯食ってるってときによ……」


 その音に、食堂内がざわついて、ラクヨウとマルコが小さくため息をついた。


「な、なんですか? この音……」


 一人、動揺を見せる***に、マルコが重い腰を上げながら言った。


「敵さんのお出ましだよい」


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