02

 副船長は、今日もすこぶるご機嫌ナナメだ。


「なにしてんのよっ! このグズっ! モップがけくらいさっさと終わらせなさいよっ!」

「ひいっ……! す、すみませんっ!」


 ああやって船員を怒鳴りちらしては、そのストレスを吐き出している。


 原因は、あの男。


 副船長の想い人である「あの男」が、めっきりこの船を訪れなくなったからだ。


 噂よると、数日行方不明になっていた「その男」は、1ヶ月ほど前にようやく姿を現した。


 行方不明の間も、それこそ身の細る思いで「その男」を想い続けた副船長は、その噂を聞きつけ、必ずや「その男」が自分に会いにきてくれると信じて疑わなかった。


 言っておくが、「その男」と副船長は恋人同士でもなんでもない。


 同じ男から見ても、「その男」にとって副船長はただの遊び相手だ。


 だって見てくれよ、あのヒステリックな様を。


 誰があんな女を恋人にするかってんだ。


 まァ、おとなしくしていればその可能性もなくはないが。


 なんたってあの美貌だからな。


 いいよなァ、強くてカッコいい男は。


あんな美女でも、遊びだもんな。


 まァ、いくら副船長があれだけの美女でも、おれだったらゴメンだけどな。


 誰があんなメスゴリラみたいなおん、


「なにをしている?」

「ひいいいいいっ! メスゴリラっ!」


 地を這うような低い声の主は、まさしくそのメスゴリラ。


 ピキピキと血管を浮かび上がらせ、今にもゴリラさながらに暴れ出しそうだ。


「メスゴリラって……まさか私のことじゃないでしょうねェ……?」

「いえっ! めっそうもない! 今っ…! あっ……! そうですっ……! 夢っ! 夢をみておりましてっ……!」

「そう……どうやらおまえは暇で暇で仕方がないようねェ?」

「い、いや、そのう……」


 スラッと、副船長ご自慢の長刀が光る。


「さっさと地下倉庫の片付けでもしてきなさいよおおおっ!」

「ぎいいいやあああっ……!」


 刀を振りかざしながら追い掛けてくる副船長をやっとの思いでふりきると、ふうっと大きく溜め息をついた。


 「あの男」もさっさと副船長に会いにきてやったらいいのに。


 あれでいて、けっこう一途でかわいいところもあるんだけどな。


 それにしても……。


 「あの男」は、いったいどうしたというのだろう。


 遊びとはいえ、副船長のことはかわいがっていたように思える。


 まァ、だからこそ副船長も「あの男」にマジになってしまったんだけど。


 もしかして……。


 「あの男」に、女でもできたのか……?


 副船長に会いにこない原因が、それだったとしたら……。


 そう思ったら、ぞくりと身体が凍りついた。


 おおっ、こわこわっ!


 その女が副船長に会うようなことがあったら、間違いなく血を見ることになるぞ。


 あのご自慢の長刀で、バッサリその身体を裂かれるのさ。


 でも、まァ、そんなことはないだろう。


 「あの男」が、女にマジになるなんて。


 あんなモテ男をマジにさせるような女がいるなら、ぜひ会ってみたい。


 きっと副船長を遥かにしのぐ、絶世の美女に違いないからな。


 そんなことを考えながら、地下倉庫のドアに手を掛けた。


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