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「失礼しまーす……」


 遠慮がちなノックの後で、ドアを開けて呟くように言った。


 すると、一斉に注がれる眩ゆいばかりの女性たちの眼差し。


「あらっ、***ちゃんじゃない!」

「どうしたの? こんなところに……」

「あ、あの。マルコ隊長にこちらの片付けを手伝うように言われておりまして……」


 美しいナースさんたちに問われて、私はしどろもどろにそう答えた。


「あら、そうなの?」

「助かるわァ! さっすがマルコ隊長!」


 ナースさんたちがかわいらしい声をあげながら、私を中へと招き入れてくれる。


 なるほど……ここもすごい。


 改めて中を見渡すと、たくさんあるベッドの上には、血がついたシーツ。


 その横には使用済みであろう点滴や医療器具が置いてある。


「この前結構派手な戦闘があったのよ。怪我人がたくさん出ちゃって……」

「そうだったんですか……」

「片付ける暇もないまま次々と運ばれるもんだから、この有り様よ」


 そう教えてくれたナースさんが困ったように笑った。


「じゃあ***ちゃん、さっそくこっちの方、お願いできるかしら?」

「あ、はいっ」


 そう元気よく返事をしたとき、医務室のドアが開いた。


「あら?」

「……あっ」


 入ってきたその女性の姿を見て、私は思わず小さく声をあげてしまった。


「あなた、エース隊長の恩人ちゃん!」


 ぱあっと華やかに笑って私に話し掛けてくれたのは、昨日の衝撃的な現場にいた、まさにその人。


 この人……エースの恋人!


「エース隊長には会えたかしら?」

「あっ、はっ、はいっ。さっき食堂で……」

「そう、ならよかった! 血眼になって探してたみたいだから」

「ち、血眼? そうだったんですか?」


 もしかしてエース、私に何か用だったのかな? 悪かったかな。ちゃんと話聞いてあげなくて……。


 ……それにしても、


 私は、まじまじとその人を見つめた。


 近くで見ると……すっごい美人。


 出るとこ出てるのにお腹ぺったんこだし。足長くて身長もあるから、エースと並んで歩いてもバランスいいだろうな。


 ……エース。この人のことが、好きなんだ。


 忘れかけていた胸の傷が、また疼き出す。


「***ちゃん? 私のカオになにかついてる?」

「えっ。あっ、いえっ。すみません……お綺麗なので見とれてました」

「やだ! ちょっと聞いたっ? ***ちゃんって正直者ねェ!」


 そう言ってからからと笑いながら、私を抱きしめてきた。


 むっ、胸が……! 窒息する……!


「これからよろしくね、***ちゃん」

「は、はいっ。こちらこそ……」


 私がそう答えると、エースの恋人はふわりと綺麗に笑った。


 ……いい人だなァ。美人なのにサバサバしてて。女の私でも憧れちゃう。


 ……とても敵わないや。


 次元の違いすぎる美しさに、人知れず肩を落とした時だった。


「そう! エース隊長といえばっ」


 エースの恋人は、思い出したように他のナースさんたちにこう口にした。


「やっと夜の相手してくれる気になったみたいなの!」

「……! げっほっ」

「あら、***ちゃん大丈夫?」

「すすす、すみません。だだだ、大丈夫です」


 私は極力動揺を抑えながら答えた。


 ちょ、ちょ、ちょ……! 夜の相手って……!


 そのっ、アレだよね? アレですよねっ?


「うっそー! 最近エース隊長ご無沙汰だったじゃない!」

「ふふっ。そうだったんだけどね、今夜やっと約束取りつけちゃった! 条件付きだったんだけどね」


 そう言いながらエースの恋人はかわいらしく舌を出した。


「今までの欲求不満を全部吐き出してくるわ!」

「吐き出すのはエース隊長の方でしょ?」

「もう! やだー!」


 はしゃぎながら、とんでもないことを口走る美人ナースさんたち。


 誰か耳栓……私に耳栓を……!


 一人でどきまぎしていると、あるナースさんがとんでもない言葉を口にした。


「ねェ! 私も混ぜてよ!」


 ……。


 ……はい?


 ……今なんて?


 私は思わずまぬけなカオでその人を見た。


「私も最近忙しくてさァ。溜まってんのよ。ね、いいでしょ?」


 そう言いながらエースの恋人に詰め寄る。


 いやいやいやいや。何言い出すのこの人。ダメだよ、ダメに決まってるじゃん。恋人たちの営みになんで参加しようとしてるの。


 もちろん、エースの恋人はあからさまに嫌そうなカオをした。


「なに言ってんのよォ、そんなの嫌よ」


 そりゃそうだ。あーびっくり。もしかして異世界ジョーク? 海賊ジョーク?


「私の回数が減っちゃうじゃない」


 えええええっ! そっ、そっちっ?


「もう、そんな意地悪言わないで! 久々に三人で楽しみましょうよォ」

「ううん、でもねェ」

「あああああっ、あの……!」


 私はたまらず手を挙げながら大きな声で主張した。


「どうしたの? ***ちゃん」

「おっ、お二人は、恋人同士ではないんですかっ?」


 そう叫ぶように問うと、そこにいる全員がカオを見合わせた。


「お二人って……もしかしてエース隊長と私のこと?」


 エースの恋人が、目をまるくしながら私にそう問い返す。


 私が上下に大きく首を振ると、一斉にナースの皆さんが笑い出した。


「エース隊長に恋人なんて!」

「ふふっ。笑っちゃう!」

「私とエース隊長はそんなんじゃないわよ!」


 ……え。


「……ええっ?」

「まァ確かに、さっきの会話聞いてたらそう思っちゃうわよね」


 いえ。実はキスを盗み見していたからです。


 とは言えず、私は小さく頷いた。


「エース隊長に、特定の相手なんていないのよ」

「そっ、そうなんですか?」

「そうそう、不特定多数の身体の相手ならたくさんいるけどね!」

「……」


 ……衝撃。今年一番の衝撃。


 な、なんだ。エース、恋人いないのか。


 なあんだ。よかったよかった……


 ……のか?


「***ちゃんは?」

「……はい?」

「あっちでエース隊長とよろしくヤってたんでしょ?」


 にっこりと美しくほほえみながらとんでもないことを口走るナースさん。


「いっ、いやいやいやいやっ! 私はそんなっ」

「あら、そうなの?」

「そりゃそうよ! ***ちゃんはエース隊長の恩人よ?」

「義理堅いからねェ、エース隊長」

「さすがに恩人には手は出さないか!」


 私を置いてきぼりにして話が完結する。


「***ちゃんもこっちにいるうちに一回くらいヤっちゃいなさいよ!」

「へっ」

「そうよそうよ、エース隊長ったら夜も強いんだから!」

「いや、あの」

「あのガツガツした若さがたまんないのよねェ!」

「そっ、そうなんですか。あ、はは……」

「***ちゃんかわいいから夜這いかけて上に跨がっちゃえばイッパツよ!」

「いやいや……」

「あァ、今夜が楽しみだわ!」

「ねェ、だから私も混ぜてったら!」

「んもう、しょうがないわね」

「いいわねェ、私もそんな話聞いてたら身体が疼いてきちゃったわ! 今晩誰か夜這いかけちゃおうかしら」

「あ、私サッチ隊長先約済みー!」

「じゃあ私はー……」


 わいわいがやがやしながら、いつのまにかまた皆手を動かし始めた。


 ……。


 ……はっ。放心してた……。


 私も倣うようにして、慌てて身体を動かし始める。


『恩人には、手を出さない』


 ……っていうことは。


 私は、はなっからエースに女の子として見てもらえてなかったわけか。


 どうりで一つ屋根の下で一緒に暮らしてても何もないわけだ。


 ずうううううんという効果音が聞こえてきそうになるくらいに落ち込みながら、私はまたもそもそと仕事を始めた。


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