25

 なんだよ。


 ……***のバカ。


 エースは甲板の手すりに頬杖をつきながら、一人ふてくされていた。


 なんだよ。なんだよ、なんだよ。


 一言、おれのところがいいって。そう言ってくれりゃ、良かったのに……。


 そしたら、今だって。一緒にいられたのに。


 マルコに手を引かれて連れ去られていった***の姿を思い出して、エースは言い様のない感情に苛まれた。


 なんなんだ。この、イライラするようなモヤモヤするようなハラハラするような……


 ごちゃ混ぜな感じは。


「はァ……***、どこいんだよ……」


 ***がどこにいるのか、まるでわからない。


 ついさっき、ばったり出くわしたマルコに問い質してみたら、『アイツの仕事の邪魔になるから教えねェよい』と言われた。


 おれが知らねェのに、マルコが知ってるっていうのが、なんか、こう。


 なんか、なんか……


 ……おもしろくねェ。


 ……なんでだ。


「会いてェなー……」


 ***といる、一分、一秒が大切だ。


 ***がいつまでこっちの世界にいられるか、分からないのだから。


 おれは片時も離れたくねェってのに。***は、そう思ってねェのかな。


「……だァ! くそっ」


 エースは頭を掻きむしると、くるりとその身を翻した。


「こうなったら、***に直接文句言ってやる!」


 とは言っても、心当たりはしらみ潰しに探した。どこへ行っても、***の姿が見当たらないのだ。


 他の隊員に聞いても、マルコに口止めされているのか、誰も口を割らない。


 こうなったら、モビーの中を隅から隅まで探して、


「あら、エース隊長? こんなところで何を?」


 声のした方へ視線をやると、そこには一人のナースがいた。


「なんだおまえか」

「なんだはないじゃないですか。言っておきますけど、私まだ怒ってるんですからねっ」


 そう言って、ナースはその感情を表すように頬を膨らませる。


「なんだよ。おれが何したって」

「まあ! 忘れたっていうんですか! 昨日のことですよ!」

「昨日? ……あァ」


 ……アレか。


 エースは、昨日交わしたキスのことを思い出していた。


「キスだけでいいっつたの、おまえだろ?」

「まさかエース隊長がキスだけでおさまるとは思わなかったんです! そんな腑抜けだったなんてっ」

「腑抜けって言うな! 昨日はいろいろと事情がっ」

「ふうん。昨日は、ねェ? ……じゃあ」


 そう言葉を切ると、ナースはエースを上目遣いで見上げた。


「『今日』は、大丈夫ですよね?」

「へ? ……あ、いや、あー。今日は、ちょっと」


 今日こそ、***とゆっくり話したい。


 そう思っていたエースは、勢いを失って口ごもった。


 そんなエースに、ナースは追い討ちをかけるようにこう囁いた。


「もし今日相手してくれたら、エース隊長が今一番知りたいコト、教えてあげますよ?」

「おれが一番知りたいこと?」


 目をまるくしたエースに、ナースはかわいらしくウィンクした。


「かわいいかわいい恩人ちゃんの居場所、知りたいんでしょう?」

「! 知ってんのかっ?」


 エースは大きく目を見開いて、ナースの身体をゆさゆさと揺さぶった。


「ちょっ、エース隊長痛い!」

「教えてくれ! ずっと探してるけど見当たらねェんだ!」

「おっ、教えます! 教えますけど約束っ」

「わかった! 今日だな! 約束する!」

「やったァ!」


 約束ですよ! と、そう付け足して、ナースはエースの唇に軽く口付けた。


「***ちゃん、さっきハルタ隊長と食堂に入っていくの、見たんです」

「ハルタ?」


 なんでハルタ?


「しかも」


 ナースは楽しそうに笑うと、エースの耳元に口を寄せた。


「仲良くお手手つないでましたよ?」

「……は」


 はァっ?


「ほんと二人ともかわいいったら……ってあらっ? エース隊長?」


 エースはナースの言葉を最後まで聞くことなく、すでに走り出していた。


 今日約束ですよォ! とナースは叫びながら、光の速さで走っていくエースを見送った。





「***っ」


 壊しそうな勢いでドアを開けると、今まさにスパゲッティを頬張ろうとして口をあんぐりと開けていた***と目が合った。


「エース!」


 ***が驚いたようにエースの名を呼ぶ。


 いた! ***いた! やっと見つけた!


 エースは***の姿を見て、ようやくほっと息を吐きかけたが……


 すぐさま、***の隣に座ってかわいらしく頬杖をつくハルタが目についた。


「……」


 エースは眉をしかめると、ずかずかと二人の元へ向かった。


「どうしたの、エース。そんな怖いカオし」


 ***はエースの行動に、目をまるくして、あっけに取られた。


「……エース」

「……なんだよ」

「……狭くない?」


 エースは、無理矢理***とハルタの間に椅子を持ち込んで、割って入るように座った。


「……全然」

「いや、絶対狭いでしょ。だってそんな肩幅狭めて」


 すると、ハルタがくっくと楽しそうに笑い出した。


「なァんだ、そういうことか!」

「なんだよ、ハルタ。おまえ、***に気安く触るんじゃねェよ。おれの大事な恩人に」

「ははっ、うんうん! わかったわかった!」


 ハルタはとても楽しそうに笑うと、少しだけ横にずれてエースのために空間を作った。


「なんか、久しぶりだね。エース」


 ***はスパゲティを頬張りながら、うれしそうに笑った。


「……五時間だけだろ、大袈裟だな」

「ま、まァそうなんだけど」

「おまえがおれを選んどきゃ、こんなことにならなかったんだぞ」

「あ、あれ。もしかしてエース、まだ根に持ってる?」


 エースのその様子に、***は不安げに眉を寄せてエースを見上げた。


 か、かわいい。


 ……って、バカ! 負けるな、おれ!


「……別に」

「ごめんね、エース。あれはさ」

「だから怒ってねェよ」

「……」


***は、困ったように眉尻を下げた。


「あれはさ、エース。エースのところが嫌だとかそういうんじゃなくて」

「なんだよ」

「だ、だから、その」

「もう、エースやめてあげなよォ。困ってるじゃん、***ちゃん」


 二人のそのやりとりを見ていたハルタが、見かねたように口を挟む。


「おまえは黙ってろ、ハルタ」

「そんなわからず屋だと***ちゃんに嫌われちゃうよ、エース!」

「そうだぞ、エース! 嫌われちゃうぞ!」

「なんでおまえもいるんだよ、サッチ……」


 いつのまにか会話に参加していたサッチに、エースがあきれたような声を出した。


「サッチさん」

「おう、***ちゃん。腹いっぱいになった?」

「はい、おかげさまで。私のためにご飯とっておいて下さって、ほんとにありがとうございました」


 そうお礼を言ってうれしそうに笑った***に、サッチはなぜか困ったように笑った。


「あァ、いや……そいつは」

「?」

「……まァ、いいか。どういたしまして」


 サッチが笑って答えたのと同時に、***の座っている椅子が、がたたっ、と音を立てて動き出した。


「うわっ、ちょ……! エースっ」

「***は今おれと話してんだろっ」


 ますます不機嫌になったエースの手によって、***の座っている椅子はエースと対面できる位置に移動させられた。


 ***は、また先ほどと同じように困ったカオをした。


 ……違う。こんなカオ、させてェんじゃねェのに。


「あのな、***。おれは」


 先ほどよりもいくらか柔らかな表情で話し始めた、その時、


「おい、何してんだよい」


 聞き慣れた口癖がキッチンのドアの方から聞こえてきて、皆が一斉にそちらを見た。


「マっ、マルコ隊長っ」


 ***が、慌てたように椅子から立ち上がって叫んだ。


「すっ、すみません! お腹が空いてしまってついっ」

「あ、ぼくが無理矢理連れてきたんだよ、マルコ。怒らないであげて?」


 ねっ? とかわいらしく首を傾げるハルタに、マルコは眉間にしわを寄せた。


「……食い終わったのかよい」

「えっ、あっ、はっ、はい」

「じゃあ早く来い」

「わかりましたっ」


 そう答えながら、***はわたわたと食器の片付けを始めた。


「***ちゃん、ここはおれがやっとくから」

「えっ、でも」

「いいからいいから……な?」

「……ありがとうございます!」


 そう答えたサッチに、***は勢いよく頭を下げてマルコに続いて走り出した。


「あっ、おい***! 話はまだ終わってな」

「ごめんね、エース! 夜! 夜聞くからっ」


 走りながら答えた***の後ろ姿を、エースはあぜんとして見送ったのだった。


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