24

「朝起きたら、すぐにコックの手伝い」

「はいっ」

「隊員の食事が終わったら洗いもの、その後は隊員全員分の洗濯」

「はっ、はい」

「それから昼までに甲板をモップで磨いて、昼飯を食べ終わったら書類整理」

「はい……」

「それからその後は……」


 ……どうしよう。


 まだ内容を聞いてるだけなのに……


 すでに気が遠くなりそう。


 あのジャンケン大会から、わずか五分後。


 私は、これから自分の『上司』となるその男性に連れ出され、船内を歩きながら一日の流れを教えてもらっていた。


 あまりのハードな内容に放心している私を知ってか知らずか、その男性はすらすらとつまづくことなくしゃべり続けている。


 ……なんとなく。ほんとになんとなくなんだけど……


 『この人』になるような予感がしてたんだよね。


 私は、その後ろ姿をちろりと見上げた。


 すると、それとほぼ同時にくるりとその身が翻される。


「おい……聞いてんのかよい」

「あっ、はっ、はいっ。すみません、マルコさん」

「……」


 マルコさんはじとりと私を睨み付けると、また歩き出した。


 こ、こわ……。


「言っておくが、おれはエースやサッチみてェに甘くねェ」

「は、はいっ」

「女だろうが男だろうが、関係ない。そのつもりでいろよい」

「わかりましたっ」

「それから」

「は、はい?」


 マルコさんは私を一瞥して、こう続けた。


「『さん』、じゃなくて、『隊長』」

「……あ」

「返事」

「はっ、はいっ。マ、マルコ……隊長」


 マルコ隊長は満足したのか、それ以上何も言わない。


 隊長、か。『あっちの世界』じゃ、絶対に使わない敬称だ。


 なんだかちょっと、照れくさい。


「さっそくだが」


 そう言いながら、マルコ隊長はある一室のドアに手を掛けた。


 開かれたその中の様子を見て、嫌な予感が走る。


「ずっとほったらかしになってたこの書庫の整理、頼むよい」


 マルコ隊長は、それはそれは涼やかな表情でさらっと私にそう告げた。


「あ、あの」

「なんだ」

「これ……まさか、私一人で?」

「あァ」

「……」


 私は、再び床を埋めつくしているその大量の本やらなんやらに視線を落とした。


 ……あ、目眩。


「あんまり時間掛けるなよい。まだまだやることあるんだからな」

「マ、マルコさ……隊長。お、お言葉ですが、これはとても一日で終わる量では」

「終わるか終わらねェかは、やってみねェとわかんねェだろうよい。やってもいねェのに、弱音吐くな。やってみてから言え」


 お、おおっ……カッコいい。その通り……


 って、違う!


「じゃあ頼んだよい」

「あっ、ちょっ、待っ」


 ばたんっと、ドアが閉められて、私は一人放心した。


 ……。


 やっぱり、思ってた通り。


 マルコ隊長……ドSなんですね。


 だってカオに出てるもんね、ドS感が。


 『おれはドSだよい』って書いてあるもんね、カオに。


「はあ……」


 考えてても仕方がない。こうなったら、やるしかないんだし。


「……」


『やってもいねェのに、弱音吐くなよい。やってみてから言え』


「……はい」


 記憶の中のマルコ隊長に返事をすると、さっそく仕事に取り掛かった。





 お、


 終わっ


 たー!


 五時間後。


 一心不乱に身体を動かしていたら、ようやくゴールが見えてきた。


 最後の一冊を本棚にしまうと、私は糸が切れたマリオネットのように、へたへたと床に座り込んだ。


「お、お腹空いた……」


 窓の外を見ると、綺麗な夕焼けが海をきらきらと光らせている。


 お昼、食べ損ねちゃった。


 ぐう、と空しく主張する、私のかわいそうなお腹。


「ご飯……」


 と、言えば。


「エースはちゃんとご飯食べたかな……」


 ジャンケン大会が終わってから、エースに会ってない。


 っていっても五時間だけだけど。


「……会いたいな」


 会いに行っていいかな。ちらっとカオ見るだけでも。きっとまだ、いじけてるだろうし。


『あんまり時間掛けるなよい。まだまだやることあるんだからな』


 ……はい。ですよね。


 私は深いため息をつきながら重い腰を上げた。





「どこにいるんだろ、マルコ隊長……」


 歩きながら右往左往視線を泳がせてみるものの、目立つあのパイナップルヘアは見当たらない。


 誰かに聞いてみようかな。


 先日の宴がきっかけで、この白ひげ海賊団の皆さんへの恐怖感はまったくと言っていいほどなくなった。


 よし、次に鉢合わせた人に聞いてみ、


「あれ、***ちゃん?」


 思いがけず後ろから声を掛けられて、私はそちらへ振り返った。


「……あっ」


 この人は! ええっと、確か、


「もしかして、ぼくの名前忘れちゃった? ハルタだよ、ハルタ!」

「あっ、そうだそうだハルタさん!」

「ははっ、やっぱり忘れられてた」

「す、すみません……」

「いいよいいよ、そんなこと。それよりこんなところで何してるの?」


 ハルタさんはからりと笑うと、私にそう訊ねた。


 ナイスタイミング!


「あ、実は、マルコさ……じゃなくて。マルコ隊長を探してまして」

「マルコ? エースじゃなくて?」


 私の答えを聞いて、ハルタさんは目をまるくする。


「実は私、一番隊でお世話になることになりまして……」

「ええ? そうなの? てっきり二番隊だと思ってた!」

「いろいろと紆余曲折ありまして……」

「ははっ、何それ! おもしろい展開! エースは納得したの?」


 そう言って、ハルタさんはとても楽しそうに笑った。


「着いておいでよ! マルコのとこ、案内するから」

「ほんとですか! ありがとうございます!」


 よかった! 助かった!


 ほっと胸を撫で下ろして、一歩進んだ瞬間だった。


 ぐうー……。


「……」

「……」


 ハルタさんが、ぴたっと足を止めて、私の方へ振り返った。


 ぎゃあああああっ! 腹鳴っちゃった! はっ、恥ずかしい!


「ちっ、違うんですっ。今のはっ、ええっと」


 あたふたと喚いていると、ハルタさんが身体を捩って大笑いした。


「あははっ、ぐうって! すっごいベタな音!」

「す、すみません。お昼食べ損ねちゃって……」

「ええ? ご飯食べてないの? ダメだよ、ちゃんと食べないと。食堂行こ!」

「……へ? あっ、ちょ……! ハルタさっ」


 戸惑う私をよそに、ハルタさんは私の手を取ってずんずんと歩き出した。


 かわいいカオして力強……!


「ハっ、ハルタさん! ご飯は大丈夫なので、マルコ隊長のところっ」

「ええ、ダメだよー。ご飯はちゃんと食べないと」

「で、でも、マルコ隊長に怒られ」

「大丈夫! ぼくが味方になってあげるから!」


 ねっ? と、なんともかわいらしい笑顔で言われてしまっては、よもや何も言えまい。


 心の中でマルコ隊長に土下座しながら、私は食堂へと引きずられて行った。


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