23

「一番隊」

「いいや、二番隊だ」

「悪いが、三番隊で頼む」

「……」


 ……どうしよう。困ったことになっちゃったな。


 私は心の中でそう呟くと、睨み合っている三人の男性たちをそろりと見上げた。


 すると突然、そのうちの一人が勢いよくテーブルを叩く。エースである。


 驚きで、私の身体は揺れた。


「どう考えてもおかしいじゃねェか! ***はおれの恩人だぞ! おれの隊で面倒みるのが筋ってモンじゃねェか!」


 そう叫ぶように言いながら、エースは相対している二人の男性を交互に見た。


「エースの言っていることは正しい」

「そうだろ、ジョズ! だったらっ」

「だが、それは今も***が『エースの恩人』というだけだったらの話だ」

「どっ、どういう意味だよ」


 ジョズさんのその一言に、エースは眉を寄せた。


「今は『エースの恩人』だけじゃねェ。『白ひげ海賊団の一隊員』だろうよい」


 そんなエースを一瞥しながら、ジョズさんの代わりにマルコさんがそう答える。


「そっ、それはっ、まァ……そうだけどよ……けどっ」


 そう苦々しく口にすると、エースはちらりと私を見た。


 と、思ったらすぐにそらして、頭を左右に大きく振る。


「やっぱダメだ! ***はおれが面倒みる!」

「三番隊は今人手が足りないんだ。あきらめてくれ、エース」

「それは一番隊も同じだよい。どっちもあきらめろい」


 そう言い合いながら、また睨み合う三人。


 このやりとりが始まってから、かれこれもう1時間になる。


「まったくおまえら……いい加減にしろよなァ。***ちゃんが困ってるだろうが!」

「サッチさん……」


 なぜか一緒にやりとりを見ていたサッチさんが、睨み合う三人に向かってそう言った。


「むさっ苦しいおまえらに囲まれて小さくなっちまってる***ちゃんの身にもなれ!」

「あ、わ、私は大丈夫です。ありがとうございます……」


 サッチさんの助言に遠慮がちにお礼を言うと、サッチさんの大きな瞳がうるうると輝く。


「なんってイイ子なんだ***ちゃん! もうこうなったら間を取って、***ちゃんはおれの四番隊で面倒みるということで」


 そう言いながら、サッチさんは私の肩に手を置いた。


「おまえは黙ってろ!」

「おまえは黙ってろい」

「おまえは黙ってろ」


 見事に三人が声を合わせると、サッチさんは「ひどい……」と肩をしゅんと落とした。


 いつも怒られて、かわいそうに。


 私がサッチさんの肩に手を掛けようとしたとき、その手をぐいっと掴まれた。


「こんな変態に触るな***。変態が感染る」

「なにすんだエース! せっかく***ちゃんからのボディタッチのチャンスだったのによォ!」

「黙れ変態! それから***に触んなつっただろうが!」

「だから話が進まねェんだよい」


 そう冷ややかに言いながら、マルコさんが二人にゲンコツを落とした。


「とーにーかーく!」


 エースが叫びながらまたテーブルを叩いた。


「***は二番隊だ!」

「一番隊」

「三番隊で頼む」


 そう言ってまた睨み合う。


 ……何回目だっけ。


「ったく……ほんとにラチあかねェだろが、これじゃあ」


 サッチさんはあきれたようにため息をつくと、こう続けた。


「それにおまえら、肝心なこと忘れてねェか?」


 サッチさんのその問い掛けに、三人が眉をしかめた。


「なんだよ、肝心なことって……」


 エースがそう口にすると、サッチさんは私の頭をぽんぽんと優しく叩いた。


「肝心な***ちゃんの気持ちを聞いてねェだろうが」

「……へ?」


 突然自分に振られて、私はなんとも情けない声を上げてしまった。


「確かに***ちゃんはいま『一隊員』だが、それ以前に『エースの大恩人』だ」


 そう言いながら、サッチさんは私に向かって白い歯を見せた。


「他の隊員にゃそんなこといちいち聞いてらんねェけどよ! ***ちゃんにならそのくらいの考慮、してやってもいいだろ?」

「サッチさん……」


 なんて優しい!


 私はサッチさんのそのお心遣いに感激して、心の中で拍手を贈った。


「そうだよな……おう! 確かにそうだ! サッチの言う通りだ! たまには良いこと言うじゃねェか!」

「はははっ、だろ? エース! おれってこういうとこあんだよなァ!」

「あァ、ほんとたまにな! それから***に触んな!」

「しつこいなおまえ、それ」

「よーし! こうなったらもう」


 エースはそう言うと、私に向かって親指を立てた。


「おまえが選べ! ***!」

「え……ええっ?」


 白羽の矢が自分に立てられて、私は思わずそう叫んだ。


「文句ねェな? マルコ、ジョズ!」

「……」

「……」


 先程のサッチさんの意見に否定ができないのか、二人は押し黙ってしまった。


「よし、***! 選べ!」

「え、選べって……」


 そう言われましても……。


 私はそおっとエース以外の二人を見上げた。


 ぎょろりと、大きな四つの瞳が私をとらえている。


 に、荷が重い……!


 エースは自分が選ばれると思っているのだろう。勝利を確信して、うれしそうに笑っている。


 そして、マルコさんとジョズさんもそう思っているのか、エースのそれとは正反対の表情を浮かべていた。


「わ、私は……」

「おう! はっきり言えよ、***!」


 エースは上機嫌な様子で私の答えを促す。


「……ど」

「ど?」

「どちらの隊でも構いません。その……面倒みて頂けるなら」

「な……!」


 私のその答えに、エースは目を大きく見開いた。


「なに言ってんだよ***!」

「ご、ごめんね。エース」


 正直、私だってエースがいい。


 知ってる人だから安心だし緊張しないし……


 何より、好きな人だから、できるだけ一緒にいたいし。


 でも……


 私はちらっとマルコさんとジョズさんを見た。


 やっぱり不公平ですよね、それじゃ。


「また振り出しだなァ、エース」


 マルコさんが口の端をくいっと上げながら、意地悪くそう言った。


「ぐ……! ***! 今からでも遅くねェ! 考え直せっ」

「いい加減あきらめろエース。恩人がそう言うんだ。気持ちを汲んでやるべきだ」


 ジョズさんが宥めるようにそう言うと、エースはぎろっと私を睨んだ。


 だ、だからごめんって。


「んじゃどうすんだよ」


 エースが拗ねたように唇を尖らせて誰にともなく言った。


「あ、あのー……」


 私はおそるおそる遠慮がちに小さく手を上げた。


 四人がいっせいに私を見る。


「ジャンケンで決めたらどうでしょうか?」


 平和的で、とてもポピュラーな方法だ。当然、私はすぐに賛同してもらえると思っていた。


 ……が。


「じゃんけん……」

「じゃんけんって……」

「……なんだ?」

「……へ?」


 ……ええっ! ジャンケン知らないのっ?


「あっ、あのっ、グーチョキパーで勝敗を決められる有名なアレなんですけどっ」


 まさか、ジャンケンを知らないはずがない。私は何かの間違いだと思い、身振り手振りで伝えた。


「ぐーちょきぱー? なんだよそれ」

「なんかの呪文みてェだな」

「呪文で勝敗がきまるわけねェだろい」

「***の世界ではそういう呪文が存在するのか」

「……」


 エース、サッチさん、マルコさん、ジョズさんの順に一人一人感想(?)を述べてくれた。


 ……すごい。世界が違うって、すごい。


 まさか、ジャンケンを知らない大人がこんなにいるなんて。


「その『ぐーちょきぱー』という呪文を使えば勝敗がすぐにつくのか? ***」


 ジョズさんが至って真面目な表情で私にそう言った。


 ……ダメ。笑っちゃダメ。


「あ、は、はい。十秒もあれば……」

「十秒でか! すげェな、ぐーちょきぱー!」


 エースがきらきらした瞳で私を見る。


「さっそく教えてくれよ***ちゃん!」

「あ、は、はい。え、えっとまず。これがグーで、これがパー、チョキ。パーがグーより強くて……」


 サッチさんに促されて、私は四人にジャンケンを教えた。


『ジャンケンを教える』なんて初めてのことで、しどろもどろになってしまう。


 四人は真剣に私の手元を見ながら、熱心に練習している。


 こんなに屈強そうな男の人たちが、ジャンケンの練習。


 ……ダメ。笑っちゃダメ。


「よし、覚えたな」

「これなら公平だ。誰が勝っても文句なしだ。わかったかよい、エース」

「わかってる! ぜってェおれが勝つ!」


 三人が立ち上がって対面する。


「***ちゃん、掛け声頼むぜ」

「あ、はい。こほんっ。それでは」


 ジャーンケーン、と恥ずかしながら口にすると、三人が教えた通りに動き出す。


「ポンっ」


 勝敗は、今までの時間はなんだったんだろうと思うくらいにあっけなくついた。


 パーが二人に、チョキが一人。


 私は、チョキの手をした男性をゆっくりと見上げた。


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