22

「おう、終わったか」


 部屋から出ると、廊下で待っていたエースが私を出迎えてくれた。


「ごめんねエース、待たせちゃって」

「そんなこと気にすんな」


そう言ってにかりと笑うエースに、つられて私も笑うと、なぜかエースは慌てて目をそらした。


「よっ、よかったな! アイツらとまた話できて」

「うん、エースのおかげだよ。ほんとにありがとうね」

「! ……お、おう」


 エースのカオを覗き込むようにして屈んだら、なぜかぷいっとカオごとそらされてしまった。


 お、おや?


「エ、エース? どうしたの?」

「なっ、なにがだよ」

「なんかさっきから目そらしてない? それになんかエース、カオあ」

「赤くねェ!」

「……まだ、『あ』までしか言ってないんだけど」

「いっ、いいだろもうっ! そんなことっ」


 そう言いながらますますカオを赤くして、ずかずかと長い足で先に歩いていく。


 どうしたんだろう。反抗期かな。男の子って難し、


「***」

「ん?」


 いつのまにかスピードを緩めて私の隣に並んだエースが、ふと私の名前を呼んだ。


「……何話してたんだ?」

「え? ……ああ、船長さんと?」

「あ、あァ。いやっ、ほらっ、ほぼ1日くらいしか一緒にいなかったのに、そんな話すことあんのかなって思ってよ!」

「やっぱり話してるの長かった? もしかしてあれ、お金すごいかかるとかっ?」


 道理で高性能だと……!


「ちっ、ちげェよ! そういうんじゃなくてっ」

「あ、違うの?」

「な、なんか」

「?」

「な……泣いてるみてェな声、聞こえたから」

「えっ」

「きっ、聞こえたんだ! たまたま! 別にドアに耳とかつけてねェ!」


 慌てふためきながら叫ぶエースに、私は必死に首を振った。


「なっ、泣いてないよ! 大丈夫! もう全然! からっから!」

「そっ、そうか。なら、いいんだけどよ……」


 よかった……エースが鈍感でよかった……。セーフ。


 泣き言言わないってオヤジさんの前で約束しといて、うっかり泣いちゃいましたなんて言えない。


「ありがとうございましたって、伝えたんだよ」

「そうか……」

「ほんとによくしてもらったからさ」

「そ、そうか……」

「ほんとに素敵な人だよね、あの船長さん」

「……」

「なんか器が大きいっていうかさ。言わなくてもわかってくれるっていうか」

「……」

「懐が深くて、暖かくて。一緒にいると安心するよね」

「……」

「あんな人に、私もなりた……ってあれ? エース?」


 隣を歩いていたであろうはずのエースが突然視界からいなくなったので、不思議に思って振り向くと、エースが俯いたまま立ち止まっている。


「エース? どうしたの?」

「……別に」


 なぜか、エースは目をそらしたまま口を尖らせていた。


 全然「別に」っていうカオじゃないんだけど。


 あれ、私なんかまずいこと言った?


「……おれだって」

「え?」

「おれだって……器がでかいってよく隊員に言われるぞ」

「……へ?」

「そっ、それにっ、おまえが腹減ってそうなタイミングわかるぞ! 言われなくても!」

「あ、そ、そうなの?」

「あとっ、あっ、あれだっ! おれが船にいると安心しますってこのあいだナースに言われたし!」

「よ、よかったね」

「あとはっ、だからっ、そのっ……」


 まくし立てるようにそう叫んだかと思うと、エースはまた俯いて小さく呟くように続けた。


「お、おれだって……結構いいとこあんだぞ」


 なんだよ、アイツばっかり褒めやがって、と、エースは拗ねたようにそう口にした。


 な……なんなのこの子。かわいすぎる……!


「エースのいいところなんて、もっといっぱいあるよ」

「……へ?」


 目をまるくしてカオを上げたエースに、私は続けて口にした。


「ご飯をいつもおいしそうにたくさん食べるところでしょ。あと、面倒見がよくて思いやりがあって」

「……」

「素直でまっすぐなところとか、私もうらやましいなって思うし」

「……」

「あっ、あと向こうじゃわからなかったけど、こっちでいろんな人に頼りにされててカッコいいなって思ったし、あとは」

「もっ、もういいっ」

「へ?」


 見ると、エースがトマトのように首まで赤くしている。


「悪かった、***。ガキみてェに拗ねたりして……」

「あ、いや、謝ることは……」

「……」

「……」


 なんか、今になって恥ずかしくなってきた。


 思うままエースの好きなところをあげつらねてしまった。


「あ、ありがとな、***……」

「う、うん……」


 エースは早足で私の隣まで来ると、またゆっくりと歩き出した。私もそれに続いて歩き出す。


 ちらりと、エースを見上げた。


 うれしそうに、口元が緩んでいる。


 褒められたの、そんなにうれしかったのかな。


 ……ああ、かわいいな。


 やっぱり、好きだなァ、私。エースのこと。


『エース隊長はきっと、受け止めてくれる』


 先程、船長さんに言われたことが脳裏によぎる。


 ……ごめんなさい、船長さん。


 私はやっぱり、エースの困ったカオは見たくないんです。


 だから、この気持ちは、伝えられません。


 エースから目をそらすと、私は腫れていたはずの頬にそっと手を添えた。


『エース隊長がずっと冷やしていた』


「……エース」

「ん?」


 私の呼びかけに、エースは少し眉を上げて私を見た。


「ほっぺた、ありがとう。冷やしてくれて」

「へ?」

「さっき船長さんに聞いたの。エースがずっと冷やしてくれてたんだって。おかげで腫れが引いたよ」


 そう伝えると、エースは眉間にしわを寄せて辛そうな表情を見せた。


「そのことは、おれも謝らなきゃならねェと思ってたんだ。おれたちの傘下がほんととんでもねェことしちまって」

「エースが謝ることじゃないよ。それに、確かに私怪しかったしね。はははっ」

「それにしたって、女殴るなんて最低だ。ほんとに、悪かったな。怖い思いさせちまって……」


 そう言いながら、エースは手の甲で私の頬に触れる。


 わわ……! 手、手が……!


「ちゃんとおれが仕置きしといたから、勘弁してやってくれ」

「し、仕置き?」

「あァ」

「……」


 な、何この嫌な予感。


「仕置きって……エース、な、何したの?」

「燃やした」

「……え」


 も、燃や……


「もっ、もももっ……燃やしちゃったのっ?」

「言っとくけど殺してねェぞ。ちょっと炙っただけだ」


 エースはそう言って爽やかに笑った。


 噛み合ってない。セリフの恐ろしさと爽やかな表情が全然噛み合ってない。


「そ、そっか。まァ、炙ったくらいなら大丈夫か!」

「おう、大丈夫だ」


 なんだか逆に、ごめんなさい。


 炙られたという船員さんに、心の中で手を合わせたとき、ばたばたと一人の男性が走ってきた。


「いたいた! エース隊長ォ!」


 エースの名を呼びながら走ってきたその男性は、私たちの前まで来ると膝に手をついて苦しそうに呼吸をした。よほどエースを探し回っていたらしい。


「どうしたんだよ、そんな慌てて」

「マっ、マルコ隊長がお呼びですっ」

「マルコが?」


 エースは目をまるくした。


「わかった、すぐ行く……***、悪ィけど一人で部屋に戻って」

「あっ、エース隊長! ***ちゃんもですっ」

「……は?」

「私、もですか?」


 その隊員さんの言葉にエース、そして私も驚きの声を上げた。


「は、はい……マルコ隊長がお二人にお話があると」


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