20
「う、ん……」
焼きつけるような日の光に、エースは眉をしかめた。
頬を伝う風が爽やかで気持ちがいい。
……ん? おれなんで外で寝てんだ?
昨日は確か宴やって……あァ、またそのまま寝ちまったのか。
それにしても……久しぶりにすげェ寝たな。
なんか、すげェいい夢見た気がする。
なんの夢だったか…
「***ー! 悪いけどこれも頼む!」
「あ、はーい」
あァ、そうだそうだ。***の夢見たんだ。
***の作った飯食う夢。
また食いてェな。特にあのチャーハン。すげェうまかったからな。
……そんなこと考えてたら腹減ったな。
まァ朝だしな。腹も減るよな、そりゃ。
それにしても***は朝から元気だな。アイツ結構朝強いんだよな。
……。
……ん?
……朝?
ちょっと待てよ。おれ確か昨日***に……
『宴終わったらゆっくり話さねェか、二人で』
……。
「あああああっ!」
エースは叫びながら勢いよく身体を起こした。
「なっ、なんすかエース隊長! 突然っ」
近くにいた隊員が驚いたようにエースを見ている。
「***っ、アイツどこ行ったっ? 今ここにいただろっ」
「あ、あァ。***ちゃんならあっちで片付けしてもらってますよ……ってエース隊長っ」
隊長も手伝ってくださいよォ! と、叫ぶ隊員の声は、もはやエースの耳には届いていない。
やっちまった……! おれのバカ!
「***! どこだっ」
「なんだエース、朝から騒々しいな。頭いてェんだからでけェ声出すんじゃねェよ……」
ラクヨウが頭を抑えながらしかめっ面をする。自慢のドレッドヘアーも少し元気がなさそうだ。
「ラクヨウ! ***見なかったかっ?」
「うるせ……***ならキッチンで洗い物してたぞ」
「キッチンか! ありがとう!」
「あっ、おいエース!」
ラクヨウがエースの耳に口を寄せた。
「ショートパンツにフリル付きのエプロン」
「……は?」
「今の***の格好」
「なっ」
エースはそれを想像してカオを蒼くした。
「せいぜいどっかのバカに食われねェように見張っとくんだなァ」
がははっ、と豪快に笑ってラクヨウは去っていった。
あんのバカ……!
エースは光の速さでキッチンへ向かった。
*
「***っ」
勢いよくキッチンのドアを開くと、全員の視線がエースに向く。
そしてその中には……
「あれっ、エース。 おはよう」
ラクヨウが言っていた通りの***の姿がそこにあった。
フリル付きのエプロン……!
いい……! すげェいい……!
……って違う!
「おっ、おまえっ、みっ、み……!」
「へ? 耳?」
エースのその様子に、***は眉を寄せた。
「短ェ!」
「……あ、これ? やっぱり短い?」
そう言いながら、***は手元にあったタオルを手に取った。
「さっきワイン片付けてたらこれにこぼしちゃって……汚れたところだけ切って使ってみたんだけど、やっぱりこれじゃあ使いにくいか。短くて」
そう言って、困ったように眉をしかめた。
何を言ってんだ、コイツは。
「タオルなんてどうでもいいんだよ、バカ。おれが言ってんのはそれだそれっ」
そう叫びながら、エースはフリル付きのエプロンから辛うじて見えている***のショートパンツを指さした。
「あ、こっちか! これね、ナースさんにもらったの。洋服ないでしょって声掛けてくれて。ここのナースさんみんなスタイルいいよね。ウエストキツくってさー」
あははっ、と困ったように笑う***に、エースは軽く苛立ちを覚えた。
「おまえな……おれが言ってた警戒心はどうしたんだよ。警戒心はっ」
「警戒心? あ、これじゃ敵が来たとき動きにくいかな」
そうじゃねェよ。 誰かこの鈍感女なんとかしてくれ。
「だからあのな、女がそんな格好してたらどっかのバカが」
「あああああっ! ***ちゅわァァァん!」
朝とは思えないほどのハイテンションなそのバカは、目をハートにしながら***の元へ走ってきた。
「朝から何その刺激的な格好はっ」
「あ、サッチさん。おはようございます」
***が笑って挨拶をすれば、サッチは口を抑えながら目に涙を浮かべた。
「いい……! すごくいい……! おれに優しくしてくれるのは***ちゃんだけ……!」
そう言いながら、サッチは***の肩に手を掛ける。
エースの眉がひくりと上がった。
「***ちゃん……今からおれと熱い夜……いや、朝を過ご……ぐはっ!」
「***に触んじゃねェ! この変態リーゼント!」
エースの見事な蹴りが、サッチに炸裂した。
「てんめェ! 何すんだエース!」
「うるせェ! おれの恩人に手ェ出すんじゃねェよ!」
「ちょっ、エース。今の痛そう……」
「おまえは黙ってろ! そして着替えてこい!」
「ええ……やだよ。せっかくナースさんがくれたのに」
「ごちゃごちゃ言うな! 隊長命令だ!」
「ええっ! 理不尽!」
「そうだそうだ! 横暴だぞ! エース!」
「朝からうるせェよい」
その冷めたセリフとともに、エースとサッチの頭にゲンコツが落ちた。
「いってェェェ!」
「なんでおれまでっ」
「どうせ元凶はおまえだろい。サッチ」
マルコはそう吐き捨てながらすたすたと歩いていった。
「あっ、あの」
***が突然、マルコに声を掛けた。
マルコが眉を寄せて振り向く。
「おっ、おはようございます……」
***はそう言うと、丁寧にお辞儀をした。
「……あァ」
マルコは一瞬目をまるくしたが、すぐにそう答えてまたすたすたと歩き出した。
「き、緊張した……」
***が一人言のつもりでそう呟くと、サッチがいつのまにか隣に立っていた。
「許してやって? ***ちゃん。アイツああみえて意外と人見知りなのよ」
「そうなんですか……」
***はそう呟きながら、マルコの姿を見つめている。
「……」
エースはその様子を眉をしかめながら見ていた。
……なんだよ。いつまで見てんだよ。
なんか、あれだ。
……おもしろくねェ。
「***っ、いいからメシ食うぞ! メシ!」
「えっ、あっ、ちょっ……! エースっ」
エースはわざと強めにその腕を引いた。
「エース、先に食べてていいよ? 私まだ片付けが」
「後にしろよ」
「いや、でも……」
反論を続ける***に、エースは足を止めた。
「……おまえと食いたい」
「……へ?」
「朝メシ。おまえと食うの、久しぶりだから」
「エース……」
「……いいだろ?」
「……うん、そうだね」
エースのその言葉に、***はうれしそうに笑ってそう答えた。
……かわいいヤツ。
……。
そういえば……
おれ何しにきたんだっけ。
なんか大切なこと忘れてる気が、
「……あっ」
「何っ? 敵襲っ?」
突然叫び出したエースに、***が驚いたように目をまるくした。
「***っ」
「はっ、はい」
自分の名前を呼ばれて、反射的に***も姿勢を正す。
「昨日は悪かった! おれ、寝ちまって……」
「え? ……あァ」
一瞬、なんのことかと思案したようだったが、***はすぐにエースの言わんとしていることを悟った。
「謝らなくていいよ、エース」
「け、けどよ」
「イゾウさんに聞いたよ。エース、私が倒れてからずっとつきっきりで看病してくれてたんでしょ?」
「へ? ……あ、いや、まァ」
エースは少し照れたように視線を下げた。
「疲れてたんだよ、きっと。だから気にしないで? 看病してくれて、ありがとうね。エース」
そう言ってふわりと笑う***に、エースの胸が変な音で高鳴る。
……まただ。なんかおれ、***が笑うと、なんかこう……
息苦しくなる。
……なんだろう、これ。
「ああっ」
「うおっ、なっ、なんだよ***……」
今度は***が、何かを思い出したように突然叫んだ。
「船長さん……!」
「は?」
「エース! 船長さんはっ?」
「オヤジか? オヤジなら」
「違うのエース、オヤジさんじゃなくて、私が乗ってきた船のっ」
「あ、あァ……」
傘下である船の、紳士的な船長のカオがエースの脳裏に浮かんだ。
「アイツらとはおまえが倒れた翌日に別れたぞ」
「そ、そんな……」
「どうしたんだよ」
がっくりと項垂れた***に、エースが訊ねる。
「お礼、言えなかった」
「礼?」
「すごくお世話になったのに……」
眉を寄せながら、***は今にも泣き出してしまいそうになった。
このカオもかわいい。
……けど、
「大丈夫だ、***」
「え?」
***がエースのその言葉に、勢いよくカオを上げた。
「あとで子電伝虫で繋いでやるよ」
「こ、こでんでんむし?」
「この世界にはそういうのがあんだよ。ほら、おまえの世界にもあったろ? んっと……け、けいた」
「……携帯電話!」
「おう! それそれ!」
それを聞いた***の表情に、また笑みが戻る。
うん。やっぱり***はこっちのほうがかわいい。
「よかった! ありがとう、エース!」
「おう!」
「よしっ、いっぱい食べよう!」
そう言いながらうれしそうに料理を選び出した***の姿から、エースはなぜか目が離せないでいた。[ 20/56 ][*prev] [next#]
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