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困ったな。どうしよう。
……『これ』。
船内は、宴中の賑やかさが嘘のようにひっそりとしている。
周りを見回すと、床に転がったまま眠っている海賊たち。
隙だらけだ。海賊なのに。
そして、この人も。
そう思いながら隣に目を向けると、すやすやと寝息を立てているエースがいる。
……かわいい。かわいいけど……
『宴が終わったらゆっくり話さねェか、二人で』
って、言ってませんでしたっけ、エースさん。
むにゃむにゃと口を動かしながら、幸せそうに口元がへらりと笑っている。
ううん……許す。
「でもこのままじゃ風邪引いちゃうよね、エース……」
私だけ部屋に戻るわけにもいかず、途方に暮れていると、
「なんだ、エースは寝ちまったのかァ?」
その声にカオを上げると、そこには綺麗に化粧を施している美しい男性が立っていた。
その容貌が、日本人である私に安心感を与える。
この人も確か隊長さんだ。
ええっと、お名前は確か、
「……イゾウ」
「えっ」
「十六番隊隊長のイゾウ……よろしく」
「あ、すっ、すみません」
失礼なことしちゃった。名前覚えてないなんて。
「ふっ。無理もねェさ。人数が多すぎる。今日は緊張もしていただろうしな」
私の考えていることを悟って、イゾウさんは綺麗に笑った。
「あ、ありがとうございます……」
「それにしても」
イゾウさんは、エースのカオを覗き込んだ。
「ずいぶん幸せそうなカオして寝てるなァ。」
「……そうですね、ほんと」
私も同じようにエースのカオを覗き込む。
思わず笑みがこぼれた。
「一時はどうなるかと思ったんだ」
「え?」
「エースさ」
イゾウさんはそう言うと、エースの頬を軽くつねった。
エースの眉間に窮屈そうにしわが寄る。
「いつもぼうっとしながら海を見てた。声を掛けても上の空だったしな」
「あ……皆さんもおっしゃってました。エース、元気がなかったって」
「あァ。エースは知らないけど、隊長会議までやったんだ。それほど深刻だった」
「た、隊長会議……」
そんなにひどかったんだ……。
「何があったんでしょうか……?」
「……あ?」
私のその問い掛けに、イゾウさんは目をまるくした。
「驚いた。***、もしかして鈍感か?」
「……へ?」
な、なぜ。
「くくっ、これは弱ったなァ。エースも苦労するわけだ」
イゾウさんは眉をハの字にして高らかに笑った。
「? あの」
そう言いかけたところで、身体に感じるずしりとした重み。
驚いてその方向に視線を向けると、
「ちょっ、ちょっとエース……!」
エースがぐったりと私に寄りかかってきている。
そして、そのままずるずると倒れ込んできた。
こっ、これは……!
世に言う……
膝枕……!
「おやおや……」
イゾウさんが、くっくと笑いながら、楽しげにその光景を見つめている。
「あ、あの、部屋に運ぶの手伝っては頂けないでしょうかっ」
「いいじゃねェか。そのまま寝かせてやれば」
「いやっ、でも」
「ここ1ヶ月くらい満足に寝てなかったみたいだからな、エースのヤツ」
「えっ、そ……そうなんですか?」
い、1ヶ月も……。
そんなに長い間、一体何を悩んで……
……ん? ……1ヶ月?
「アンタが倒れたときも、つきっきりで看病してた」
「エースが……」
膝の上にあるエースのカオを見た。
ずっと、ついててくれたんだ。
「じゃあ、おれは邪魔みたいだな」
「えっ、あ……! イゾウさ」
「***」
動きを止めたイゾウさんが、ゆっくりと振り向く。
その動きがあまりに滑らかで、思わず言葉を失ってしまった。
「おれたちの大切な弟だからよ。よろしく頼む」
じゃあな、とふわりとほほえむと、そのまま船内へと歩いていった。
「う、ん……」
エースが唸りながら身を捩る。
「***……」
「……へ?」
むにゃむにゃと口元を緩めながら、エースは続けた。
「***……チャーハン」
「……」
「チャーハン……食いてェ……」
そう言いながら、口からよだれを垂らしている。
思わず、笑ってしまった。
周りを見回して誰も見ていないことを確認すると、私はエースの頭をふわりと撫でた。
心なしか、エースの表情がより和らいだように見える。
1ヶ月。ってことは。
ちょうどエースと私が別れたくらいの時だ。
もしかして、エースが元気なかったのって……
「私のこと、少しは考えてくれてたのかな」
寂しいって、思ってくれてたのかな、エースも。
私と、同じように。
「***……ハンバーグも」
あとスパゲッティ、と呟いてへらりと笑う。
「……はいはい。全部、作りますよ。エース」
そうエースに向けて言うと、エースはとても穏やかに笑った。
エース。
またいつ離れてしまうか、分からないけど。
この想いは、伝えられないけど。
……それでも、大切にするよ。
エースとの、限られた時間を。
エースの、大切な人たちと過ごせる、貴重な時間を。
「よろしくね、エース」
空を見上げると、まんまるの月が暖かく私たちを照らしていた。[ 19/56 ][*prev] [next#]
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