19

 困ったな。どうしよう。


 ……『これ』。


 船内は、宴中の賑やかさが嘘のようにひっそりとしている。


 周りを見回すと、床に転がったまま眠っている海賊たち。


 隙だらけだ。海賊なのに。


 そして、この人も。


 そう思いながら隣に目を向けると、すやすやと寝息を立てているエースがいる。


 ……かわいい。かわいいけど……


『宴が終わったらゆっくり話さねェか、二人で』


 って、言ってませんでしたっけ、エースさん。


 むにゃむにゃと口を動かしながら、幸せそうに口元がへらりと笑っている。


 ううん……許す。


「でもこのままじゃ風邪引いちゃうよね、エース……」


 私だけ部屋に戻るわけにもいかず、途方に暮れていると、


「なんだ、エースは寝ちまったのかァ?」


 その声にカオを上げると、そこには綺麗に化粧を施している美しい男性が立っていた。


 その容貌が、日本人である私に安心感を与える。


 この人も確か隊長さんだ。


 ええっと、お名前は確か、


「……イゾウ」

「えっ」

「十六番隊隊長のイゾウ……よろしく」

「あ、すっ、すみません」


 失礼なことしちゃった。名前覚えてないなんて。


「ふっ。無理もねェさ。人数が多すぎる。今日は緊張もしていただろうしな」


 私の考えていることを悟って、イゾウさんは綺麗に笑った。


「あ、ありがとうございます……」

「それにしても」


 イゾウさんは、エースのカオを覗き込んだ。


「ずいぶん幸せそうなカオして寝てるなァ。」

「……そうですね、ほんと」


 私も同じようにエースのカオを覗き込む。


 思わず笑みがこぼれた。


「一時はどうなるかと思ったんだ」

「え?」

「エースさ」


 イゾウさんはそう言うと、エースの頬を軽くつねった。


 エースの眉間に窮屈そうにしわが寄る。


「いつもぼうっとしながら海を見てた。声を掛けても上の空だったしな」

「あ……皆さんもおっしゃってました。エース、元気がなかったって」

「あァ。エースは知らないけど、隊長会議までやったんだ。それほど深刻だった」

「た、隊長会議……」


 そんなにひどかったんだ……。


「何があったんでしょうか……?」

「……あ?」


 私のその問い掛けに、イゾウさんは目をまるくした。


「驚いた。***、もしかして鈍感か?」

「……へ?」


 な、なぜ。


「くくっ、これは弱ったなァ。エースも苦労するわけだ」


 イゾウさんは眉をハの字にして高らかに笑った。


「? あの」


 そう言いかけたところで、身体に感じるずしりとした重み。


 驚いてその方向に視線を向けると、


「ちょっ、ちょっとエース……!」


 エースがぐったりと私に寄りかかってきている。


 そして、そのままずるずると倒れ込んできた。


 こっ、これは……!


 世に言う……


 膝枕……!


「おやおや……」


 イゾウさんが、くっくと笑いながら、楽しげにその光景を見つめている。


「あ、あの、部屋に運ぶの手伝っては頂けないでしょうかっ」

「いいじゃねェか。そのまま寝かせてやれば」

「いやっ、でも」

「ここ1ヶ月くらい満足に寝てなかったみたいだからな、エースのヤツ」

「えっ、そ……そうなんですか?」


 い、1ヶ月も……。


 そんなに長い間、一体何を悩んで……


 ……ん? ……1ヶ月?


「アンタが倒れたときも、つきっきりで看病してた」

「エースが……」


 膝の上にあるエースのカオを見た。


 ずっと、ついててくれたんだ。


「じゃあ、おれは邪魔みたいだな」

「えっ、あ……! イゾウさ」

「***」


 動きを止めたイゾウさんが、ゆっくりと振り向く。


 その動きがあまりに滑らかで、思わず言葉を失ってしまった。


「おれたちの大切な弟だからよ。よろしく頼む」


 じゃあな、とふわりとほほえむと、そのまま船内へと歩いていった。


「う、ん……」


 エースが唸りながら身を捩る。


「***……」

「……へ?」


 むにゃむにゃと口元を緩めながら、エースは続けた。


「***……チャーハン」

「……」

「チャーハン……食いてェ……」


 そう言いながら、口からよだれを垂らしている。


 思わず、笑ってしまった。


 周りを見回して誰も見ていないことを確認すると、私はエースの頭をふわりと撫でた。


 心なしか、エースの表情がより和らいだように見える。


 1ヶ月。ってことは。


 ちょうどエースと私が別れたくらいの時だ。


 もしかして、エースが元気なかったのって……


「私のこと、少しは考えてくれてたのかな」


 寂しいって、思ってくれてたのかな、エースも。


 私と、同じように。


「***……ハンバーグも」


 あとスパゲッティ、と呟いてへらりと笑う。


「……はいはい。全部、作りますよ。エース」


 そうエースに向けて言うと、エースはとても穏やかに笑った。


 エース。


 またいつ離れてしまうか、分からないけど。


 この想いは、伝えられないけど。


 ……それでも、大切にするよ。


 エースとの、限られた時間を。


 エースの、大切な人たちと過ごせる、貴重な時間を。


「よろしくね、エース」


 空を見上げると、まんまるの月が暖かく私たちを照らしていた。


[ 19/56 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -