18

「それではっ! 新しい家族に……」


 カンパーイっ!


 その掛け声と共に、木樽のぶつかる音があちこちで鳴る。


「おっ! よろしくな、***ちゃん!」

「はっ、はいっ。よろしくお願いします」

「はっはっは! そう固くなるな!」

「あ、はは……」

「おっ! おまえか! 異世界から来たとかいう女は!」

「あ、は、はいっ」

「ステキ! ロマンがあるわ! ねェ、あなたの世界はどんな世界なの?」

「あっ、えっ、ええっとですね」


 止めどもなくいろんな人に声を掛けられて、頭の中がパニックになっている。


『宴の用意ができたぞ』


 手伝いが一段落して部屋で休んでいるところへエースがそう訪ねてきたのは、今から30分程前のことだった。


 突然宴なんて、なんかおめでたいことでもあったのだろうか。


 そう思いエースに訊ねてみれば、「なに言ってんだ。おまえがうちのクルーになったからだろ」と言われた。


 ……恐縮すぎる。


 だって、


 私はあらためて、船全体を見回した。


 千人以上はいるであろう、人、人、人。


 私一人のために、どう考えても大規模すぎる。


「おまえらそんないっきに聞かれたって答えらんねェだろ。なァ、***!」


 私の傍にずっとついてくれているエースが助け船を出してくれた。


「なんだよエース隊長! 元気じゃねェか! ついこの前まで生きた屍みたいだったのによォ!」

「ほんとよ。何訊いても上の空だったし……」


 その二人の言葉に、周りの人たちも、そうだそうだ、と相槌を打っている。


「そうなんですか?」

「ほんとだぜ***ちゃん! そりゃあもう今にもほんとに屍になるんじゃねェかっていうくらい重症で」

「もっ、もういいだろっ。おれのことは」


 エースが、なぜかカオを赤くしてその話題に割って入った。


「それがいつのまにやら元通り……」

「いや、なんならいつもより元気だな!」

「いったいなにがあったのかしらねェ? ねっ、エース隊長!」


 なぜか皆がにやにやと笑いながら私を見る。


「うっ、うるせェおまえらっ! おい***っ、もう行くぞっ」

「へっ、あっ……! ちょっ」


 力任せにエースに手を引かれて、私はエースのあとに続いた。


「エース、なんかあったの?」

「なっ、なんのことだよっ」

「だってエースが元気ないなんてよっぽど」

「よっ、よしっ! 次行くぞっ! 次っ!」

「……」


 ……ごまかしてる。


 でも、今は元気そうだし……。


 ま、いっか。


「次は誰に挨拶に行くの?」


 乾杯の後、エースに付き添ってもらいながら挨拶をしに回っていた。


 人数が多すぎて正直誰が誰やら分からないけど……


「あァ、隊長クラスの奴らんとこだ」

「たっ、隊長クラス……」

「ははっ、そんな緊張すんなよ! みんないいヤツばっかりだから」

「うっ、うん……」


 そうは言われても……


 ただでさえ今の時点で緊張しっぱなしなんだけど。


「おお、いたいた。おい、邪魔するぜ!」


 エースの視線の先には……


 うっ、わ。すごい迫力……。


 そこには、今まで感じたことのないような、オーラがある男性たち。


 そしてその中には……


「おお! ***ちゃんじゃないのォ!」

「サ、サッチさん!」


 先程助けてくれた素敵リーゼントのサッチさんがいた。


「さっきはゴメンねェ? 話の途中でいなくなっちゃったりして」

「あ、いえっ。こちらこそ。声を掛けて頂いたのにお礼も言えずにすみませんでした」

「あァ、いいのいいの! あれくらい!」


 サッチさんは私の肩をぽんぽんと叩いて豪快に笑った。


「なっ、なんだよおまえら。いつのまに……」


 私たちのそのやりとりに、エースが驚いたように目をまるくしている。


「うっせェ、エース! おれと***ちゃんの秘密だっ。 ねー、***ちゃん!」

「あ、は、はい」


 よほどエースに恨みでもあるのか、サッチさんは意地悪く舌を出しながらそう言った。


「なっ、なんだよ、***。おれは聞いてねェぞ」

「あ、いや、別に大したことじゃ」

「大したことじゃなくても言えよ」

「男の嫉妬はみっともないよォ、エースくん!」


 そうからかうように言ったサッチさんに、エースは先程よりもさらにカオを真っ赤にした。


「なっ、だっ、誰が嫉妬なんてっ」

「うるせェよい、サッチ。話が進まねェよい」

「……あ」


 そのヘアスタイルを見るのは、本日3回目だ。


 やっぱり。


 この人が隊長って、すごく納得。


「エースを探してたんだよい」

「おれを?」


 あああああっ! しまった! 口止めするの忘れてた!


「なんだよ、***。おれになんか用だったのか?」

「いっ、いやっ、別に用ってほどじゃ……!」


 まさか告白しに行こうとしてましたなんて言えない……!


「なんだよ、言えよ」

「な、なんでもないって」

「そのへんにしておけ、エース。困っているだろう」


 そう救いの手を差しのべてくれたのは、とても大きな身体の男性だった。


「ジョズ」

「知られたくないことなのだろう」


 紳士的! ……カオはちょっと怖いけど。


「それよりエース! 早く紹介してよ! ***ちゃん……だっけ?」


 小柄なかわいらしい男の子が、にこりと笑ってそう言った。


 この子も隊長なんだ。


「悪ィ、ハルタ。そうだったな。……***、挨拶できるか?」

「あ、うん」


 きっ、緊張する。


 オーラのある強面の男性陣に囲まれながら、私はやっとの思いで口を開いた。


「あ、は、はじめまして。***と申します。あの、不束者ですが、よろっ、よろしくお願いします」


 そう早口でまくしたてるように言うと、私は勢いよく頭を下げた。


「はははっ、ふつつかものって!」

「お嫁さんにでもいくつもり?」

「エースに異世界の嫁か。なかなかおもしろいな」


 サッチさん、ハルタさん、ジョズさんが続けざまにそう言うと、皆が一緒になって笑った。


「いっ、いやっ。あのっ、そういう意味ではなくてですね」

「おっ、おれの嫁って、何言って」


 二人でカオを真っ赤にしながら必死に反論した。


 思わず周りを見回す。エースの恋人が近くにいたら嫌な思いをさせてしまうと思ったからだ。


「***? 誰か探してんのか?」

「えっ、いっ、いや。別に」

「おいエース! おれたちのことも早く紹介しろよ!」


 お酒を豪快に煽りながらそう言ったのは、ドレッドヘアーが印象的な、いかにも海賊らしい男性。


「あァ、そうだな。***、今しゃべったのがラクヨウ。七番隊隊長だ」

「ラクヨウさん」

「よろしく!」


 そう白い歯を見せて、大きな手を差し伸べてくれた。


 おずおずとその手を握る。


「そしてこのでっけェのがジョズ。三番隊隊長」

「ジョズさん」


 先程の紳士的な男性だ。


「そしてコイツがハルタ。コイツは十二番隊隊長だ」

「ハルタさん」


 あ、このかわいい感じの男の子。


「そしてその隣にいるのが五番隊隊長ビスタだ」

「ビスタさん」


 ヒゲが印象的だな。


 紹介されながら一人一人握手をした。


 正直、一人紹介されるごとに、一人忘れてしまいそう。メモ帳持ってくればよかった。


「そしてこのふざけたリーゼントが、四番隊隊長のサッチだ」

「てめっ、誰がふざけたリーゼントだっ」


 サッチさんは四番隊の隊長さんか。サッチさんだけは完璧に覚えたな、もう。


 あ。それと、あともう一人。


「で、さっき病室にいたコイツが一番隊隊長のマルコだ」

「マルコさん」


 ずっと思ってたけど……


 男性で『マルコ』って、ちょっとかわいいな。なんて。


「……」


 そんなことを考えていたら、マルコさんがじとっとした視線を私に向けていた。


 こ、こわ。


「よ、よろしくお願いします……」

「……あァ」


 マルコさんはふいっとカオをそらして、ぶっきらぼうにそう答えた。


 き、嫌われてる。


「悪いな***。こういうヤツなんだ」


 エースが困ったように眉を上げて笑った。


「ま、なにはともあれ……***!」


 エースが、私にまっすぐな視線を向ける。


「何か困ったことがあったら、コイツらを頼ってくれ。きっとおまえの力になってくれる」

「う、うん。分かった」


 よろしくお願いします、とまた深く頭を下げた。


「よし! 堅苦しい挨拶はこれくらいにして、今夜は楽しもうぜ! ***ちゃん!」


 サッチさんがにかりと笑って、グラスを掲げた。


「それでは、エースの大恩人、***ちゃんの乗船を祝って……」


 カンパーイ!


 こうして、楽しげな海賊たちの笑い声は夜空に融けていった。


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