15
……暇です。とにかく、暇。
私は部屋で一人、ぼんやりと海を見つめていた。
あの後ここに辿り着くまで、エースはひっきりなしにいろんな人に声を掛けられていた。
そのたびに、聞かれたことに即座に答えるエースを見て、ほんとに隊長さんなんだと実感した。ついでに、ときめいた。
『悪いな、***。宴の用意ができたら呼びに来るから』
それまでおとなしくしてろよ、とふわりと笑いながら、私の頭をぽんぽんして去って行った。
……殺される。このままじゃ私、エースにキュン死にさせられる。
命の危機にさらされながら、しばらく身悶えていたが……。
「暇だ……」
私はごろんとベッドに寝転がった。
エース……。
やっぱり、考えてしまうのはエースのことだ。
ゆっくり話したいな。でも、忙しいかな。隊長さんだしな。
さっきの、てきぱき指示してるエース。カッコ良かったな。
エースのことを想うと、胸がきゅうと悲鳴を上げる。
やっぱり私、エースのこと……。
……。
……ん? あれ?
一つの疑問が頭をよぎり、私はむくりと身体を起こした。
そういえば、私……
エースに好きだって言ったっけ。
……。
あら? ちょっと待って。
言わなきゃって思っただけだったような……
ちょっ、ちょっ、落ち着いて思い出そう。
ええっと、確か……
『あんなこと言って、困らせてごめんね』
これは言った。確かギリ言えた。
その後。その後は……
……。
……言ってない。
言ってないわ、私。全っ然、覚えがない。
考えてみたら、エースだって全然普通だったし……。
「……」
私は勢いよく立ち上がって、靴を履いた。
言わなきゃ。せっかく会えたのに。
今を逃したら、もう伝えられなくなってしまう。
あんなふうに後悔するのは、もう嫌だ。
私は靴を履き終えると、慌ててドアまで走った。
が、ドアノブに手を掛けて、立ち止まる。
……タイミングおかしいか。おかしいよね。
さっきまで普通に話してたのに、なんでいきなりって感じだよね。
しかもやっぱりなんか……緊張する……!
そりゃそうだよね。今から告白しに行こうっていうんだから。
ドアノブから手を離す。
やっぱり後にしよう。心の準備もできてないし。
せめて夜にでも二人で会って、その時に……
『帰りも、迎えにくるからな』
「……」
『後で』なんて、ないかもしれない。
エースだって、ほんとはあの日、帰るつもりじゃなかったんだから。
私だって、いつ元の世界に帰ることになるかわからない。
エースは何日かいられたけど、
私は、今日……もしかしたら、『今』かもしれないんだ。
「……よしっ!」
私は両手で頬を叩いて、思いっきりドアノブを回した。
*
ひっ、広すぎる……!
私は走っていた足を止めて、端の方に座り込んだ。
探せども探せども、エースの姿は見当たらない。
甘くみてた……モビーディック……。
大きくため息をついて、深く項垂れる。
どうしよう。このままの勢いで言っちゃいたいところなんだけど……。当の本人に会えないんじゃ、話にならない。
かといって……
そおっとカオを上げる。
強面の男性とばちっと目が合って、慌てて目をそらした。
やっぱり、まだちょっと怖い。
とてもじゃないけどエースの居所なんて訊けない。
しゃがみながらグルグルと考えこんでいたら、突然頭の上から声が降ってきた。
「こんなところで何してるの?」
……。
……へ? 私?
ぱっとカオを上げると、何よりも先に目についたのは、もっさりとした何か。
でかっ! リーゼントでかっ!
「おーい、大丈夫か?」
「へ、あっ、はっ、はいっ。すみません」
しまった。リーゼントが素晴らしすぎてつい。
「キミ、***ちゃん……だろ?」
「あ、は、はい」
「やっぱり! オヤジから聞いてるよ! あっ、おれはサッチってんだ! よろしくな!」
「サ、サッチ、さん……」
差し出された手をおそるおそる握る。
「かーわいいねェ! 震えちゃって! あっ、おれは怖くないからね! どっかのパイナップルと一緒にしないで!」
「パ、パイナップル?」
「あれ、まだ会ってない?」
……もしかして。
先程、病室にいたファンキーな男性の頭を思い出す。
いやいやいやいや。
なんて失礼なことを。
違う違う。きっとあの人じゃない。
あれはどっちかっていうとパイナップルじゃなくて台湾バナ……
……どっちにしても失礼か。
「ところで***ちゃん、こんなところでなにしてるの?」
もう、ちゃん付けだ。でも、話しやすそうな人で良かった。サッチさんに訊いてみよう。
「あの、エース……隊長を探してまして」
「エースゥ?」
ぎょろっと目をするどくして眉を寄せるサッチさん。
こっ、こわっ。え、聞いちゃダメな感じかな、これ。仲悪いの?
「なんでアイツばっかり女が寄ってくるんだ! アイツなんてただちょっとだけ身長が高くてちょっとだけカッコよくてちょっとだけそばかすがあるだけじゃねェか!」
「そ、そばかすは関係ないのでは」
「聞いてくれよ***ちゃん! アイツはひでェヤツなんだ! この前だってあの野郎……! おれが狙ってたかわいいナースちゃんを……! ナースちゃんをォォォォ!」
そこまでまくし立てるように叫ぶと、サッチさんは泣き崩れてしまった。
どうしよう。もっと困ったことになった。
なんかよく分からないけど、とりあえず慰めてあげたほうが良さそうだ。
そう思い、サッチさんの肩に手を掛けようとしたときだった。
「アイツならここまっすぐ行った突き当たりにいるよい」
「え?」
後方からしたその声に振り向くと、そこには……
「げっ、マルコ!」
「サッチてめェ……なにこんなところで油売ってるんだよい……」
剥き出しにした額に青筋を立てて、サッチさんを睨みつける一人の男性。
あ、この人……。
「ちっ、違うんだマルコ……! サボってたわけじゃなくてっ」
「いいからさっさと戻れよい!」
そう怒鳴ってサッチさんに蹴りを入れた。
あまりにも遠慮のないそれに、思わず身体がびくりと揺れた。
「いってェなっ! おまえらみてェなモテる男なんて嫌いだっ!」
人でなしー! とか泣き叫びながら、サッチさんは走り去っていった。
「……」
嵐のような人だ。お礼も言えなかった。
そして寂しく浮く私の右手……。
「何ぼうっと突っ立ってんだよい」
「えっ、あ、はいっ。すみませ」
「エースにもサボってんじゃねェって伝えといてくれい」
「は、はァ……」
なんとかそう返事をすると、マルコさんは私を一瞥してすたすたと去っていった。
……。
……はっ。
なんかいろいろありすぎて放心してしまった。
私何しにきたんだっけ。あ、そうそう。告白告白。エースエース。
「まっすぐ行って突き当たり……」
私は、口の中で小さく復唱すると、その方向へ走っていった。[ 15/56 ][*prev] [next#]
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